第58話 準決勝①
『――皆さん、大変長らくお待たせしました!! いよいよ、準決勝の開始ですッ!!』
実況のマイク富岡の声が、会場を震わせた。
1回戦を勝ち抜いた、4人の選手。その中から、決勝に進む2人を決める戦い。
『準決勝・第一試合は、こちらのカード!! 予選全勝の絶対王者、迅・ソニック選手ッ!! 対するは、予選最終日のダークホース、さくせすT選手ッ!!』
会場が沸く。
◇
迅の控室。
迅は、ソファに座って、端末の画面を眺めていた。
そこに表示されているのは、機体の製作状況。
進捗を示すゲージは、まだ、完成には程遠い。
「……さすがに、まだか」
ぽつりと、呟いた。
画面を閉じて、立ち上がる。
「ま、いいや。今日は、いつものシュトゥルム・ファルコンで行こう」
迅は、軽く首を回して、控室を出た。
その表情は、いつも通りの爽やかな笑みだった。
◇
さくせすTの控室。
さくせすTは、端末のグループチャットを開いていた。
『準決勝、いよいよだな!』
『相手、迅・ソニックって、あの予選全勝の人だろ?』
『さくT、勝てんのか?』
『勝てるっしょ。なあ、たっくん』
北海道の仲間たち。
画面の向こうで、キリンとたっくんが、また集まって観戦しているらしい。
さくせすTは、笑いながら返信を打った。
『正直、相手やばいよ。予選全勝とか、化け物じゃん』
『でも、やるからには勝ちにいくわ。みんなのT・キット、しっかり使ってくる』
T・キット。
北海道の仲間たちで、共同開発したトラップ装備。
ロボット型に組み込める、汎用のギミックキット。設置式のトラップ、バリア、各種ガジェット。「T」の名を冠した装備の数々は、すべて、ここから生まれている。
真摯なキリンも、同じT・キットを使っている。やれることが多くて、組み合わせ次第でいくらでも戦い方が広がる。それが楽しくて、北海道の仲間たちは、みんなこれを使っていた。
『おう、T・キットの本領、全国に見せてやれ!』
『キリンの分も頼んだぞ!』
さくせすTは、その返信を見て、少しだけ笑った。
(……みんなのキットだ。しっかり、使わせてもらうよ)
ダイブポッドへ向かう。
◇
北海道。
画面の前に、キリンとたっくんが、缶ジュースを片手に座っていた。今日は、まだ酒は開けていない。
「さくT、相手やばいぞ。迅・ソニックって、予選で一回も負けてないんだろ」
キリンが、唸った。
「速度特化の機体に、あの動体視力。近接でも射撃でも、隙がない。……正直、分が悪いよな」
「でもさ」
たっくんが、画面を見ながら言った。
「さくT、こういう格上相手のほうが、燃えるタイプじゃん。ラブマクス戦も、わざわざリング作って近接やってたしさ」
「それな。あいつ、相手の土俵で勝ちたがるんだよなあ」
キリンが、苦笑する。
「迅相手に、どう来るかね」
「いつものT・キットだろ。中距離で、置き撃ちと配置。……あの読み、迅にどこまで通用するか」
二人は、画面の中の、入場するさくせすTを見つめた。
「……勝ってこいよ、さくT」
◇
メインステージ。
大歓声の中、二人の選手が、ダイブポッドへ向かって歩いていく。
迅・ソニック。爽やかな笑みを浮かべた、予選全勝の絶対王者。
さくせすT。緊張した面持ちの中に、楽しさを滲ませた、ダークホース。
二人が、すれ違う。
「さくせすTさん、でしたよね。1回戦、見てましたよ」
迅が、にこやかに話しかけた。
「リング作って近接やるの、面白かったです。あんな戦い方する人、初めて見ました」
「あー、あれね。なんか、近接でやりたくなっちゃって」
さくせすTが、照れたように笑った。
「迅さんこそ、周李龍戦すごかったっす。重力操作、攻略しちゃうんだもんなあ」
「いやあ、あれは運が良かっただけですよ」
迅は、爽やかに笑った。
だが、その笑みのどこかが、ほんの少しだけ、上の空だった。
視線が、一瞬、遠くを見るように、揺れる。
「……迅さん?」
「あ、すみません。ちょっと、考え事を」
迅は、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「準決勝、楽しみましょうね。さくせすTさん」
「……はい。お手柔らかに」
二人は、それぞれのダイブポッドへ。
◇
凪としろっぷ、周李龍、ラブマクスの控室。
モニターに、準決勝・第一試合のフィールドがロードされていく。
「迅、優勝候補筆頭よね」
ラブマクスが、頬杖をついた。
「さくТちゃん、勝てるのかしら」
『……難しいでしょうね』
周李龍が、静かに言った。
「迅は、本当に穴がない。速度、近接、射撃、適応力。すべてが高い水準で揃ってる。さくТの中距離制圧は強力だが、迅の速度の前では、距離を保つこと自体が難しい」
「じゃあ、迅の勝ち?」
『……分かりません。さくТは、1回戦でも、不利を覆してきた。あの読みの精度は、本物です』
しろっぷは、モニターを眺めながら、ぽつりと言った。
「……迅、ちょっと変じゃない?」
『変?』
「うん。なんか、上の空っぽい。集中してない感じ」
周李龍が、僅かに目を細めた。
「……言われてみれば。何か、別のことを考えているような」
モニターの中で、迅のシュトゥルム・ファルコンが、フィールドに降り立った。
白い鷹のような、優美なフォルム。予選全勝を支えた、速度特化の機体。
◇
フィールド。
ステージは、市街地。
高層ビルが立ち並び、複雑に入り組んだ街路。中距離戦にも、高速戦闘にも対応する、立体的な戦場。
白いシュトゥルム・ファルコンと、堅牢なレグルス・マークIIが、街路の両端で向かい合った。
『さあ、準決勝・第一試合ッ!! 迅・ソニック選手対さくせすT選手ッ!! 絶対王者か、ダークホースか!!』
『さくТ選手、中距離をどう作るかですね。迅選手の速度に距離を詰められたら、一気に不利になる。逆に、距離を保って配置撃ちのパターンに持ち込めれば、勝機はあります』
さくせすTは、ビームユニットを構えながら、迅を見据えた。
「迅さん」
「はい?」
「俺、あんたみたいな速いの、相手にすんの、初めてなんすよ」
さくせすTの声には、緊張と、それを上回る楽しさが滲んでいた。
「でも、だからこそ、燃えるっていうか。……全力で、行かせてもらいます」
「ええ。どうぞ」
迅は、爽やかに笑った。
「僕も、全力で。……まあ、今日の僕は、いつもの僕ですけどね」
その一言の意味を、さくせすTは、まだ知らなかった。
試合開始のカウントダウン。
3。2。1。
ゼロ。
――だが。
迅が、動かなかった。
いつもの迅なら、開幕と同時に、最高速で距離を詰めているはずだった。誰よりも速く、誰よりも先に、相手の懐へ。それが、予選全勝を支えた、迅・ソニックの戦い方だった。
なのに、白いシュトゥルム・ファルコンは、街路の端で、静止したままだった。
『……あれ? 迅選手、動きません!?』
『おかしいですね。いつもなら、開幕ダッシュで仕掛ける選手なのに……』
さくせすTも、その異変に、戸惑っていた。
「……迅くん?」
返事は、なかった。
白い鷹は、何かに気を取られているかのように、ただ、その場に佇んでいた。




