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【5000PV感謝】フリーダム・フロント   作者: ボナンザ・ソバイユ
日本選抜

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57/72

 19時27分 会場にて

 凪vs戦神覇王の試合が終わり、本選1回戦は、すべて幕を閉じた。


 


 準決勝までの、短い休憩時間。


 会場のボルテージは、まだ冷めきっていない。だが、選手たちは束の間の休息のために、それぞれの控室や休憩スペースへと散っていた。


 


 その合間の、静かな時間。


 


 凪は、会場の外れにある休憩スペースのベンチに、一人で座っていた。


 自販機の明かりだけが灯る、薄暗い空間。窓の外には、夜の街の灯りが広がっている。


 


「こんなとこにいたんだ」


 


 声に振り返ると、真白がいた。


 缶のお茶を二つ持って、気怠げに歩いてくる。


 


「ほら」


 


 一つを、凪に差し出した。


 


「……ありがとうございます」


 


 凪が受け取ると、真白は隣に、少し間を空けて腰を下ろした。


 


 しばらく、二人とも、何も言わなかった。


 自販機の低い駆動音と、遠くの会場のざわめきだけが、夜に溶けている。


 


 先に口を開いたのは、真白だった。


 


「やっと見せたね。底力」


 


「……ええ」


 


「会場、すごい騒ぎだったよ。みんな、あんたがロボット型だと思ってたから」


 


 凪は、缶のお茶を、両手で包んだ。


 


「……隠しているのも、これで終わりです。準決勝では、底力を警戒されるでしょうから」


 


「でしょうね」


 


 真白は、足をぶらぶらさせながら、夜の街を眺めていた。


 


「戦神覇王、強かったでしょ」


 


「……ええ。正直、底力を出さなければ、負けていました」


 


「ふーん。でも、勝った」


 


「……ええ。勝ちました」


 


 


 真白は、缶のお茶を、一口飲んだ。


 それから、夜空を見上げたまま、ぽつりと言った。


 


「……あたしさ。あんたの試合、見てて、ちょっと悔しかったんだよね」


 


「……悔しい?」


 


 意外な言葉に、凪が振り返った。


 


「うん。あんたが、あたしの知らないところで、あんなに必死に戦ってたの。底力出して、ボロボロになって、それでも勝ったの。……あたし、それ、隣で見てるだけだった」


 


 真白の声は、いつもの気怠げな調子のまま。


 だが、その奥に、普段は見せない熱が滲んでいた。


 


「あたしの機体、あんたが作ってくれた。あたしの戦い方も、あんたが引き出してくれた。なのに、あんたが一番輝いてる瞬間に、あたしは、ただの観客でさ」


 


「……」


 


「だから、悔しかった。……でも、それ以上に」


 


 真白が、缶を握る手に、少しだけ力を込めた。


 


「嬉しかったんだよ。あんたが、ちゃんと、強かったから」


 


 


 悔しさと、嬉しさ。


 相反する感情が、混ざり合って、真白の言葉になっていた。


 


 凪は、その言葉を、しばらく、噛みしめていた。


 


 


 それから、口を開いた。


 


「……あなたの深化、今日も、見ていました」


 


「ん?」


 


「マセガキィ戦の、イマーゴ。……あの姿が、僕は、好きなんです」


 


「……は?」


 


 真白の足が、止まった。


 


 凪は、夜の街の灯りを見つめたまま、言葉を続けた。


 口説くでも、気を引くでもなく。ただ、心に浮かんだことを、そのまま。


 


「翼が4枚に広がって、下半身の脚が地を駆けて。鱗粉が舞って。優雅で、凶暴で、不気味で。……誰も見たことのない、あなただけの異形だ」


 


 凪の声は、静かだった。


 


「僕は、たくさんの機体を作ってきました。でも、あなたのクリサリスほど、美しいと思った機体は、ない。……あれを動かすあなたを見ると、作ってよかったと、心から思うんです」


 


「……」


 


 真白は、答えなかった。


 


 いつも、何を言われても、フラットに「ふーん」で返す真白が。


 


 今は、夜の街のほうを向いて、黙っていた。


 その耳が、自販機の明かりに照らされて、ほんの少し、赤い。


 


「……なに、急に」


 


 真白の声が、わずかに、上ずっていた。


 


「気持ち悪いんだけど」


 


「……すみません。でも、本当のことなので」


 


 凪は、何が真白を動揺させているのか、まるで分かっていなかった。


 


 真白は、缶のお茶を、ぐっと飲んで、誤魔化した。


 


「……あんた、たまに、そういうこと言うよね。無自覚に。……ほんと、たちが悪い」


 


「そうですか?」


 


 凪は、本気で、首を傾げていた。


 


 


 真白が、立ち上がった。


 


「……ねえ、凪。準決勝、あたしと当たるね」


 


「……ええ」


 


「あたし、手加減しないよ」


 


 凪は、ベンチから、まっすぐ真白を見上げた。


 


「……しないでください」


 


「え?」


 


「あなたを、ちゃんと、倒したい」


 


 


 その言葉に、今度は、真白が黙った。


 


 いつも受け身で、感謝ばかりしている凪が。


 初めて、はっきりとした「欲」を、口にした。


 


「……あなたが作らせてくれた機体で。あなたが引き出してくれた力で。あなたを倒して、僕は、決勝へ行きます」




 凪の表情のない目に、確かな意志が宿っていた。




「それでしか、僕は、あなたに返せないので」


 


 真白は、しばらく、凪を見つめていた。


 


 それから、ふっと、笑った。


 


 いつもの気怠げな笑みではなく、もっと、獰猛で、嬉しそうな笑顔。


 


「……いいね、それ」


 


 真白の目が、きらりと光った。


 


「あたしも、全部使って、あんたを倒す。あんたの底力ごと、食い尽くしてあげる」


 


 


 戦う相手としての、宣戦布告。


 だが、その言葉には、戦いを超えた、別の熱も、確かに混ざっていた。


 


 


 真白は、出口へ向かって歩き出した。


 


 扉の前で、一度だけ、振り返る。




 何か言いかけて。




「……今言ったら、あんたに有利だから、やめとく」




 真白は、それだけ言って、口の端で笑った。


 そして、準決勝の舞台へと、歩いていった。


 


 


 一人残された凪は、缶のお茶を、両手で包んだまま、夜の街を見つめていた。


 


 


  さっきまで、隣に、彼女がいた。





 肩が触れそうな距離。お茶の缶の、わずかな熱。気怠げな横顔から、目が離せなかった。


 その同じ少女が、あの美しい異形を駆る。





 


(……あれを、自分で壊すのか)




 凪は、初めて、それを恐れていた。


 戦神覇王の深化よりも。会場の大歓声よりも。


 これから向き合う、あの少女に。


 負けることを。


 そして――勝ってしまうことを。


 


 凪は、ゆっくりと、立ち上がった。


 まだ、頬に残る熱を、振り払うように。


 夜の街の灯りが、窓の外で、静かに、瞬いていた

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