第63話 凪VSしろっぷ①
『さあ準決勝・第二試合ッ!! 凪選手対しろっぷ選手ォォッ!!』
『しろっぷ選手のあの異形――クリサリス・ヴァリアント。あれを組み上げたの、他でもない凪選手なんですよ』
『手塩にかけて育てた我が子と、本気の殺し合いッ!! 燃えないわけがないでしょう!!』
◇
フィールドは、深い森。
絡み合う根と、無数の死角。木漏れ日が、戦場に斑の影を落とす。
凪のアルカナ・オブスキュアと、しろっぷのクリサリス・ヴァリアントが、木々を挟んで向かい合った。
3。2。1。ゼロ。
凪が、動いた。
右手のピラリス、左の糸。しろっぷの右側面へ回り込み、副腕の付け根を、糸で搦め捕ろうとする。
(――右副腕を、封じる)
「脚で来る、って読んでるでしょ」
しろっぷが、先に、口を開いた。
(……ええ。読んでいます)
凪は、糸を、あえて空へ逃がした。
しろっぷの脚が地を蹴る、その動きを、先読みしている。
だが、脚は、動かなかった。
代わりに、尾が来た。
(――そこも、読んでいます)
凪は、ピラリスで尾を受け流し、後方へ跳んだ。
二人とも、驚いていなかった。
仕掛ける側も、受ける側も、次の一手を、当然のように置いている。
『……これは、すごい』
迫力雀士の声が、上ずった。
『お互い、相手の手を、全部、読んでる。……二人とも、怖いですよ、これは』
◇
読み合いは、幾重にも、折り重なっていった。
凪が、こう動くと考える。
しろっぷが、そう読むと思って、動く。
凪が、そこまで読むと思って、裏をかく。
しろっぷが、その裏を、感覚で捉える。
HPが、少しずつ、削れていく。凪、6割。しろっぷ、6割5分。
拮抗。
膠着。
互いを知り尽くしているがゆえに、決定打が、生まれない。
◇
その膠着を、破ろうと。
凪が、一つの詰みを、組み立て始めた。
しろっぷの副腕を、糸で誘導する。払おうと動いた反動で、重心が右に傾く。傾いた先へ、ビームを撃つ。しろっぷは、左へ跳ぶしかない。その着地点に、ピラリスを構えて、待つ。
◇
――クリサリスの中。
しろっぷは、凪の糸が副腕に触れた瞬間、その意図を、察していた。
(……来た)
凪が、詰みを組んでいる。糸で誘って、重心を傾けて、ビームで左に追い込んで、着地点を獲る。
(あんたなら、絶対、そうする)
しろっぷは、笑った。
(だって、その組み立ての癖――あたし、誰よりも、知ってるから)
◇
しろっぷの動きが、凪の組んだ通りに、進んでいく。
副腕が糸を払う。重心が傾く。ビームが来る。しろっぷが、左へ跳ぶ。
その着地点に、凪の杭が、待っていた。
(……獲った)
凪が、ピラリスを、突き出そうとした。
その視界に。
四枚の、翼が、映った。
木漏れ日を透かして、輝く、蝶の翼。
――綺麗だ。
突きが、鈍った。
ほんの、コンマ数秒。
しろっぷだけが、笑っていた。
「あんたさ」
左へ跳んだ、その体が。
「そのルート」
着地の、寸前。
「あんたが、作ったんだよ」
クリサリスの脚が、着地の瞬間、もう一度、地を蹴った。
二段の跳躍。異形の脚を持つ、この機体だけの機動。
凪のピラリスが、空を、切った。
◇
そして、しろっぷは、最後の手を、明かした。
糸に絡め取られていた右副腕を、自ら、切り離す。
ガコンッ。
パージされた副腕を、尾が掴み、巨大な棍棒として、振り回した。
「これ」
凪の機体へ、横薙ぎに。
「説明書には、書いてなかったでしょ」
ドゴォンッ!!
凪の機体が、木々をなぎ倒しながら、吹き飛ばされた。
HP、4割。
実況席が、静まっていた。
『……今の、何が、起きたんですか』
『……理解度ですよ、マイクさん』
迫力雀士の声は、静かだった。
『あの機体を、どっちが深く分かってるか。……作った側を、乗ってる側が、上回ったんです』
◇
木々の間に倒れた凪が、ゆっくりと、立ち上がった。
その口元が、わずかに、笑っていた。
『……今の、翼を見て、手が止まったの、気づきましたか』
「うん。あんた、あたしの翼、綺麗だって思ったでしょ」
しろっぷの声は、優しかった。
「でも、それじゃ、勝てないよ」
『……ええ。分かっています』
凪の機体から、漆黒の光が、滲み始めた。
『だから――もう、躊躇いません』
黒い翼が、広がっていく。作り手の、底力。
しろっぷも、応えるように、全身に光を纏った。
四枚の翼が、開く。乗り手の、深化。
森が、静かになった。
実況が、黙る。
観客が、息を呑む。
堕天使と、イマーゴ。
どちらも、凪が生んだ、最も美しいもの。
その二つだけが、木漏れ日の中で、向かい合っていた。
「……じゃあ」
しろっぷが、笑った。
「行こ」
『……ええ』
二人が、地を蹴った。
ドンッ!!




