凪VS戦神覇王④
深化したゴッドブレイカーが、地を蹴った。
15メートルの巨体が、雪の大地を抉りながら突進してくる。だが、それは序の口に過ぎなかった。
背中から生えた無数の龍頭が、それぞれ独立して、凪に襲いかかってきた。
右から3本。左から2本。頭上から4本。
別々の軌道を描く龍頭の群れが、凪を四方八方から噛み砕こうとする。
「っ……!」
凪は、糸で氷柱に飛び移り、龍頭の包囲から逃れた。
だが、逃げた先に、別の龍頭が待ち構えている。
ガヂンッ!!
間一髪、ピラリスで受けた。衝撃で氷柱が砕け、凪は再び宙へ投げ出される。
『凄まじい猛攻ッ!! 無数の龍頭が、凪選手を逃しません!!』
『深化前と、攻撃の手数が桁違いですよ。本体の突進に加えて、龍頭が独立して動く。これ、捌ききるのは……無理がある』
凪は、水場の方向へ目をやった。
もう一度、水蒸気で熱感知を潰せれば――。
だが、戦神覇王のゴッドブレイカーは、水場との間に巨体を割り込ませていた。
『同じ手は、もう食わないよ』
戦神覇王の声は、楽しげだったが、確かな警戒を含んでいた。
水蒸気の一手を、すでに警戒している。あの水場に、凪を近づけない。
(……水を使えない。なら、近接で削るしかない。だが――)
龍頭の一本が、凪の右肩に食らいついた。
「ぐっ……!」
外装の装甲が、軋む。
振りほどこうとした凪に、別の龍頭が胴体を打つ。
ガキィッ!!
アルカナ・オブスキュアの外装が、ひび割れた。
HP6割。5割。
凪は、ピラリスで龍頭の一本を貫き、強引に距離を取った。
だが、深化したゴッドブレイカーの圧力は、止まらない。
四裂した顎が、毒霧を撒き、炎で引火させる。範囲の炎が、凪の退路を焼く。
炎を避ければ龍頭が来る。龍頭を捌けば本体の突進が来る。
穴が、ない。
HP4割。3割5分。
『凪選手、削られていきますッ!! 深化したゴッドブレイカー、止まりません!!』
『これは……厳しい。凪選手、ここまで完璧に組み立ててきたのに、深化の物量が、それを全部塗り潰してる』
◇
北海道。
画面を見ていた真摯なキリンが、缶ビールを置いた。
「……これ、凪やばくないか」
「あの蛇龍、えぐいなあ」
たっくんが、唸る。
「キリン、お前、予選であの凪に勝ったんだろ?」
「いや、あれは運だよ運。ワンパン入っただけ。まともにやってたら、絶対勝てなかった」
キリンは、画面の中の追い詰められたアルカナを見ながら、呟いた。
「……でも、あいつ、こんなもんじゃないと思うんだよな。なんか、まだ何か隠してる気がする」
◇
フィールド。
HP3割。
龍頭の群れが、一斉に凪に襲いかかった。
凪は、すべてを捌ききれなかった。
右腕の外装が、龍頭に噛み砕かれる。
左腕が、別の龍頭に潰される。
糸の射出機構が、破壊された。
もう、糸は使えない。
移動手段を失った凪に、本体の突進が迫る。
ドゴォンッ!!
アルカナ・オブスキュアが、氷の大地に叩きつけられた。
HP1割5分。
外装が、半壊していた。
あちこちの装甲が剥がれ、ひび割れ、火花を散らしている。
そして。
顔の黒いマスクに、亀裂が走った。
ピシ、と。
マスクが、割れた。
その下から、現れたのは。
人の、顔だった。
作り物めいた、中性的な美貌。
表情は、ない。
ただ、両の目だけが、淡く、きらめいていた。
『……え?』
戦神覇王の声が、止まった。
『なに、それ。中から、人の顔が……』
◇
控室。
周李龍が、椅子から腰を浮かせた。
「……今、マスクの下に、人の顔が見えた」
「えっ、何それ。ロボットじゃないの?」
さくせすTが、目を見開く。
ラブマクスも、画面に身を乗り出していた。
「……まさか」
その中で、しろっぷだけが、動じていなかった。
いつもの気怠げな表情のまま、画面を見つめている。
「……やっと出すんだ」
ぽつりと、呟いた。
「凪の、本当の姿」
◇
フィールド。
HP、1割を切った。
ゴッドブレイカーの龍頭が、とどめを刺そうと、半壊したアルカナに殺到する。
その瞬間。
凪の機体から、漆黒の光が、噴き上がった。
『――底力』
半壊した外装が、内側からの光に押し出され、一斉に剥離した。
ひび割れた装甲が、砕け散る。スラスターが、外殻が、ロボット型を装っていたすべての偽装が、剥がれ落ちていく。
その内側から、現れたのは。
人型だった。
中性的な、作り物めいた美貌。表情のない顔。きらめく両目。
漆黒のボディは、無駄のない、彫像のように完成された人の形。
手のひらの中央に、円い穴が穿たれている。
右手には、変わらず、巨大な杭・ピラリス。
そして。
背から、漆黒の翼が、左右に広がった。
天使のような、それでいて堕ちたような、黒い両翼。
完璧に作られた、意志を持つ堕天使の彫像。
それが、底力の漆黒のオーラを纏って、雪の大地に立っていた。
『ヒューマン型ッ!?』
『嘘でしょう……!? アルカナ・オブスキュアは、ロボット型じゃなかった……! ヒューマン型だったんですッ!!』
『ずっと、ロボット型に偽装していたのか……! 外装で人型を隠して……全然、分からなかった……!』
会場が、どよめいた。
観客席が、騒然となる。誰もが、ロボット型だと思っていた機体が、人型の異形へと変貌した。
ゴッドブレイカーの龍頭が、変貌した凪を、噛み砕こうと襲いかかった。
黒い翼が、一度、羽ばたいた。
凪の姿が、消えた。
糸も使わず、ただ、翼で。
深化したゴッドブレイカーの速度すら超える機動で、凪は龍頭の群れを、すり抜けていた。
次の瞬間、凪は蛇龍の頭上にいた。
右手のピラリスが、底力の漆黒のオーラを纏って、巨大化している。
『――』
無言。
表情のない顔のまま、凪は、杭を振り下ろした。
ゴッドブレイカーの、深化した鱗の上から。
ドゴォォォンッ!!!
鱗が、砕けた。
あれほど凪のビームを弾き、杭を弾いた、神話の鱗が。
底力で強化されたピラリスの一撃は、その鱗を、表面から叩き割っていた。
『ギャアアアッ!?』
ゴッドブレイカーが、初めて、悲鳴を上げた。
HPが、大きく削れる。深化してから、初めての、致命的な一撃。
雪の大地に着地した凪が、ゆっくりと、蛇龍を見上げた。
黒い翼を広げた、表情のない堕天使が。
きらめく目だけを、戦神覇王に向けていた。




