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【5000PV感謝】フリーダム・フロント   作者: ボナンザ・ソバイユ
日本選抜

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54/72

 凪vs戦神覇王③

 凪は、水たまりの広がるフィールドを、糸で飛び移りながら、思考を巡らせていた。


 


 熱感知。それを支える兄。炎を撒き続ける違和感。


 


 すべての情報が、頭の中で、一つの形に組み上がっていく。


 


(……熱で感知してくるなら、その熱を、逆に使う)


 (ここで、仕留める)




 凪の視線が、フィールド中央の水場へ向いた。


 炎の熱で溶けた氷が、広い水たまりになっている。


 


 凪は、水場の中央へ、あえて降り立った。


 足首まで、水に浸かる。


 


 戦神覇王のゴッドブレイカーが、その熱源を追って、水場へ突進してきた。


 


『え、自分から真ん中に来た?』


 


 戦神覇王の声に、純粋な驚きが混じった。


 馬鹿にした響きはない。むしろ、何かを警戒する、戦士の勘のようなもの。


 


 凪は、答えなかった。


 左腕のスリットを、足元の水面に向ける。


 


『――照射』


 


 ビームを、水面に撃ち込んだ。


 


 高出力のエネルギーが、水場を一瞬で沸騰させた。


 水面が爆発的に蒸発し、大量の水蒸気が、フィールド全体に噴き上がる。


 


『うわっ、水蒸気ッ!!』


『ビームを水に撃った……! 水場を沸騰させて、辺り一面を蒸気で覆いました!』


 


 白い水蒸気が、フィールドを覆い尽くす。


 戦神覇王の蛇龍の視界が、真っ白に染まった。


 


 そして、それだけではなかった。


 


『……あれ』


 


 戦神覇王の声に、戸惑いが滲んだ。


 


『敵が……どこにいるか、分かんない』


 


 熱い水蒸気が、フィールド全体を、均一な温度で包んでいた。


 


『これは……! 戦神覇王選手、動きが止まりました!!』


『そういうことか……! ゴッドブレイカーは熱で相手を感知してたんですよ。蛇のピット器官、温度の差で獲物を捉える。それを、フィールド全体を同じ熱で満たすことで、潰したんです……! 視界も、熱感知も、両方奪った……!』


 


 白い霧の中。


 凪は、蛇龍の位置を正確に把握したまま、静かに側面へ回り込んでいた。


 糸の感触、足音の反響、巨体が動かす空気の流れ。すべてが、凪の頭の中で、相手の位置を描き出している。


 


                ◇


 


 観客には見えない場所。


 


 シモーネが、タブレットを睨んで、鋭く通信を飛ばした。


 


「覇王、熱感知が効かない! 闇雲に動くな! その場で防御を固めろ! 視界が戻るまで耐えるんだ!」


『えー、でも、なんか、こっちな気がする』


「待て、根拠がない! 動くな――」


 


 だが。


 


 弟の「気がする」は、しばしば、兄の理論を超える。


 


 戦神覇王のゴッドブレイカーの尾が、霧の中で、真横へ薙ぎ払われた。


 


(……!?)


 


 凪は、咄嗟に糸を背後の氷柱へ放ち、体を引いた。


 尾が、凪のいた空間を薙ぐ。風圧で、水蒸気が渦を巻いた。


 


 熱感知が効かないはずなのに、戦神覇王は、凪のいた方向へ、ほぼ正確に攻撃を放っていた。


 


『……今のは、勘ですか』


 


『うん。空気の動きが、なんか変だった。だから、そこにいる気がした』』


 


 戦神覇王の声は、無邪気だった。


 熱でも、目でもない。


 ただ、戦いの中で研ぎ澄まされた、純粋な勘。


 


(……感知を潰しても、勘で動く。本当に、理屈で読めない子だ)


 


 だが、凪は、慌てなかった。


 尾の薙ぎ払いは、勘で当ててきた。だが、それは大きく踏み込んだ「攻撃」だ。巨体には、振り終わりの硬直が生まれている。


 そして、水蒸気は、まだ晴れていない。


 


 凪は、糸で引き戻る勢いを利用して、もう一度、側面へ踏み込んだ。


 今度は、勘で薙いだ尾とは、逆側。


 


 鱗の隙間。関節の継ぎ目。ビームを弾く装甲の、わずかな空隙。


 


 ピラリスの先端が、そこへ突き立った。


 


 ガキッ。


 


『ギッ……!』


 


 蛇龍の巨体が、震えた。


 HPが、削れる。今までで、初めての、深い有効打。


 


『入ったッ!! 水蒸気の中、凪選手、的確に鱗の隙間を突きました!!』


『見えない、感知できない状況を作って、勘で来る攻撃だけ凌いで、確実にダメージを通してる……! ビームは弾かれる、だから水に撃って蒸気を作る。熱感知を潰す。その上で、点で貫く杭を、鱗の継ぎ目に通す……! 全部、繋がってる!』


 


 HP表示。


 戦神覇王、8割5分。


 凪、7割5分。


 


 水蒸気が、ゆっくりと晴れていく。


 


 露わになったゴッドブレイカーの胴体に、鱗の隙間の、深い突き傷が刻まれていた。


 


 戦神覇王は、しばらく、無言だった。


 


『……あんた、マジで強いね』


 


 その声から、無邪気さが、少しだけ消えていた。


 


『俺さ、ここまでちゃんと削られたの、久しぶりなんだよね。予選も、こんなに苦戦すると思ってなかった』


 


 ゴッドブレイカーの巨体が、ゆっくりと、とぐろを巻いた。


 全身の鱗が、逆立つように、ざわめき始める。


 


『でもさ』


 


 戦神覇王の声に、これまでとは違う、熱が宿った。


 


『楽しくなってきた』


 


                ◇


 


 シモーネが、息を呑んだ。


 


「覇王、待て。深化は、まだ早い。このフィールドは寒すぎる。深化で出力を上げても、変温の鈍りが――」


『兄ちゃん』


 


 弟の声が、通信を遮った。


 


『大丈夫。俺、今、めちゃくちゃ調子いいから』


 


 シモーネは、言葉を飲み込んだ。


 


 弟が「調子いい」と言う時は、本当に調子がいい。


 理屈ではない。だが、その感覚が外れたことを、シモーネは、ほとんど見たことがなかった。


 


「……分かった。やれ」




(ここで止めても、どうせあいつは動く)


(なら、信じるしかない)


 兄は、弟の直感を信じる。


 


                ◇


 


 蛇龍の全身から、漆黒のオーラが、噴き上がった。


 


『――深化』


 


『深化ッ!! 戦神覇王選手、深化発動です!!!』


『来た……! モンスター型の覚醒! ただでさえあの完成度のゴッドブレイカーが、さらに変態する……!?』


 


 漆黒のオーラの中で、ゴッドブレイカーの巨体が、不気味な軋みを上げて変容していく。




 胴体が、伸長する。10メートルが、15メートルへ。鱗の隙間から、どす黒い粘液が滴り、雪の大地を溶かしていく。




 背中の鱗が裂け、内側から、無数の小さな龍頭が、ぬめりを帯びてせり出してきた。それぞれが意思を持つかのように蠢き、不揃いに歯を打ち鳴らす。




 上下に裂けた顎の割れた口腔の奥で、脈打ちながら暗緑色の光を漏らしている。




 眼が、増えていた。本来の双眸の周りに、いくつもの小さな眼が浮かび、ばらばらに別の方向を睨んでいる。


 シロップの深化とは別方向の、もはや生物としての原型をとっているかも怪しいもの。




 世界樹の根を喰らい、毒で大地を腐らせる、神話の災厄そのもの。




 シモーネの設計図には、ここまでの姿はなかった。


 深化が、設計を喰い破って、本来の禍々しさを剥き出しにしていた。


 


                ◇


 


 控室。


 


 しろっぷが、画面を見つめていた。


 いつもの気怠げな表情のまま。


 


「……でかくなったね」


 


 ぽつりと呟く。


 


 周李龍が、静かに答えた。


 


「ああ。あの深化、完成度が異常だ。……正直、楽な相手じゃない」


 


 しろっぷは、しばらく画面を見ていた。


 深化した蛇龍と、その前に立つ、小さなアルカナ・オブスキュア。


 


「……まあ、凪なら、勝つでしょ」


 


 いつもの、気怠げな声。


 


「あいつ、こういうの、得意だから。……面倒くさいの、ちゃんと潰すタイプだし」


 


 その口調は軽かったが、画面から目を離さなかった。


 


                ◇


 


 フィールド。


 


 深化を終えたゴッドブレイカーが、15メートルの威容で、凪を見下ろした。


 無数の龍頭が、それぞれ独立して、凪を睨んでいる。


 


『ここからは、俺の全部で行くよ』


 


 凪は、ピラリスを構え直した。


 組み立てた攻略が、深化によって、塗り替えられようとしていた。


 


(……ここからが、本番か)


 


 深化した蛇龍が、地を蹴った。


 


 先ほどまでとは、次元の違う速度で。

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