凪vs戦神覇王②
巨大な蛇龍が、低く沈み込んだ姿勢から、解き放たれた。
2度目の突進。
だが、1度目とは違った。直線ではない。炎の残る大地を縫うように、不規則にうねりながら迫ってくる。
凪は糸を放った。右の氷柱へ。
だが、糸が氷柱に絡む前に、戦神覇王のゴッドブレイカーは、すでにその氷柱のほうへ頭を向けていた。
(……読まれている!?)
凪が糸で移動するより速く、蛇龍の尾が、氷柱を薙ぎ払った。
移動先を、潰された。
凪は空中で糸を切り、別の方向へ落下する。着地が乱れる。
その隙に、蛇龍の顎が迫った。
ギリギリで、ピラリスを盾にして受ける。
衝撃で、機体ごと吹き飛ばされた。雪の大地を転がり、氷塊にぶつかって止まる。
HP8割。
『凪選手、防戦一方ですッ!! 戦神覇王選手、凪選手の移動先を完全に読んでいます!!』
『これ、不気味ですよ。凪選手の糸が向かう先に、先回りしてる。普通、糸が伸びてから反応するものなんですけど、伸びる前に動いてる』
凪は、氷塊の影で、戦神覇王の動きを観察していた。
(……どうやって、移動先を読んでいる? 僕の糸の射出を見てから動いているんじゃない。撃つ前に、もう動いている)
戦神覇王のゴッドブレイカーが、ちろりと舌を出した。
縦長の瞳孔は、必ずしも凪のほうを向いていない。なのに、凪の動きには正確に反応する。
『あんた、避けるの上手いね』
戦神覇王の声には、本気の感心と、年下らしい遠慮のなさが滲んでいた。
『でもさ、無駄だよ。あんたがどこ行くか、なんとなく分かるんだよね。俺、難しいことは分かんないけど』
なんとなく。
その一言に、凪は、僅かな引っかかりを覚えた。
理屈ではなく、感覚で読んでくる。それは、最も対処しにくいタイプの相手だ。
凪は、もう一度、糸を放った。
今度は、わざと大きな弧を描く軌道で。蛇龍の反応を、観察するために。
戦神覇王のゴッドブレイカーは、糸が伸びきる前に、すでに着地点へ向かって動き出していた。
その時、凪は気づいた。
蛇龍の鼻先――顎の上の、左右一対の窪み。
糸の移動に合わせて、その窪みが、微かに開閉している。
(……あの窪み。目じゃない。あれで、何かを感じ取っている)
凪の記憶が、一つの知識を手繰り寄せた。
(蛇は、ピット器官を持つ。熱を感知する器官。赤外線で、獲物の体温を「見る」。……ニーズヘッグの完成度の高さゆえに、その器官まで再現されているのか)
凪は、試しに、機体の出力を一瞬だけ絞った。熱源を、わずかに抑える。
すると、蛇龍の反応が、ほんの一拍、遅れた。
(……やはり。あいつは、僕の機体の熱を追っている)
『あれ?』
戦神覇王が、首を傾げた。
『なんか、あんたの動き、急に分かりにくくなった』
戦神覇王自身は、自分が熱を感知していることを、理解していない。
ただ、感覚として「分かる」のだ。蛇龍の本能が伝えてくる情報を、そのまま反射に変えている。
◇
観客には見えない場所。
シモーネは、自分のタブレットを睨んでいた。
弟は、何も理解していない。
ピット器官のことも、熱感知のことも、自分がなぜ相手の動きを読めるのかも。
だが、それでいい。
弟は、操縦する。
兄は、盤面を読む。
弟の本能が捉えた情報を、兄の頭脳が意味に変える。獣の勘と、人の知略。その2つが重なった時、ゴッドブレイカーは、設計値を超えた1匹の生き物になる。
シモーネは、通信で短く伝えた。
「覇王。相手、お前が熱を読んでることに気づき始めてる。熱源を絞られると、追いきれなくなるぞ。動きを散らして、相手が熱を絞れない状況に持ち込め」
『りょーかい。よく分かんないけど』
弟の返事は、軽い。
だが、その軽さの裏で、兄の指示が、確実に弟の戦いを支えていた。
ただ、シモーネの胸には、一つだけ、拭えない懸念があった。
このフィールド。氷と雪の地。
(……ハズレを引いた)
ニーズヘッグは、神話の再現度が高いがゆえに、生物としての特性も色濃く受け継いでいる。蛇は、変温動物だ。
寒冷地のフィールドは、ゴッドブレイカーにとって、相性が悪い。
だからこそ、覇王には毒霧と引火で炎を撒かせ、フィールドの温度を保たせていた。
それは攻撃であると同時に、自分たちの機体を温めるための、生命線でもあった。
(炎を絶やすな。温度を保て。……この戦い、長引かせるほど、こちらが不利になる)
シモーネは、それを、まだ凪が気づいていないことを、祈っていた。
◇
フィールド。
戦神覇王の動きが、変わった。
突進を止め、フィールドを大きくうねりながら旋回し始める。凪との距離を一定に保ち、攻撃の起点を散らしていく。
毒霧と引火を、断続的に続けながら。
凪は、その変化に気づいた。
(……攻め方を変えた。さっきまでの直線的な攻撃が消えた。僕が熱感知に気づいたことを、向こうも察したのか)
いや、違う。
戦神覇王本人は、そこまで考えていない。
(……後ろに、誰かいる。あの動きの変化は、本人の判断じゃない。あの子の感覚を、誰かが読んで、支えている)
凪の脳裏に、控室で見たもう一人の姿が浮かんだ。
《ゴッドブレイカー》のビルダー。戦神覇王の兄。
(感覚で動く弟と、それを読んで動かす兄。……2人で1匹の蛇龍を操っているのか)
厄介な組み合わせだった。
本能の反射と、理論の補正。どちらか片方なら対処できる。だが、両方が噛み合うと、穴がない。
『あんた、また何か考えてるでしょ』
戦神覇王の声が、炎の向こうから聞こえた。
『考えるの好きだね。俺、そういうの苦手だからさ。考えるより、動いたほうが早いじゃん』
『……そうですね。でも、僕は、考えるしかできないので』
凪は、ピラリスを握りながら、頭の中で、戦神覇王という相手の全体像を組み上げていた。
巨体なのに速い。鱗でビームを弾く。毒を引火させて範囲を作る。熱で動きを感知する。背後に、それを支える兄がいる。
穴の、ない布陣。
だが。
凪の視界の端に、炎の熱で溶けていく氷が映っていた。
広がっていく、水たまり。
そして、もう一つ。
凪は、気づいていた。
戦神覇王のゴッドブレイカーが、炎を絶やさないこと。毒霧と引火を、攻撃が必要ない場面でも、断続的に続けていること。
(……なぜ、炎を撒き続ける? 攻撃のためだけなら、もっと効率的な使い方があるはずだ。なのに、常に自分の周りに、熱を保とうとしている)
その違和感が、凪の思考に、小さな引っかかりを残した。
(……まるで、自分自身を、温めているみたいに)
まだ、確信ではない。
だが、糸口の一つになるかもしれない。
凪は、その引っかかりを、胸の奥に留めた。
炎が、フィールドを照らし続ける。
その熱で、氷は溶け、水たまりは、少しずつ、広がっていった。




