第50話 マセガキィ vs しろっぷ③
マセガキィの全身が、青く光った。
加速能力の全開発動。今まで細切れに使ってきた残り時間を、一気に注ぎ込んでいる。残量を気にしない、最後の賭け。
《サイコダイバー》が、消えた。
文字通り、視認できない速度で、廃工場の床を蹴る。
短剣の青いエネルギーブレードが、空気を切り裂いて深化したイマーゴに迫る。
「――《ハイパー》・スラッシュ」
最速の二刀流。左右の短剣が、別々の軌道で同時に襲いかかる。一撃ごとに加速のスキを潰し、回避の硬直を消し、息継ぎすら許さない連撃。
『マセガキィ選手の加速、全開です!! これは速い、見えない!!』
『フレーム単位の連撃ですね。格ゲーで言うところの「永久コンボ」みたいな、隙のない連携。これだけ繋がれたら、普通は対処不能ですよ』
短剣が、イマーゴの副腕を弾く。
もう片方の短剣が、イマーゴの胴体を浅く斬る。
HPが、微かに削れた。
「やった――」
マセガキィの口元に、笑みが浮かびかけた。
その瞬間。
「それ、迅の劣化版だね」
しろっぷの声が、頭上から落ちてきた。
マセガキィの目が、見開かれた。
いつの間にか、深化したイマーゴが空中に浮かんでいた。蝶の翼が、ゆったりと羽ばたいている。マセガキィの連撃を、最後の1撃で受け流して、滞空に逃げていた。
「あいつのほうが、もっと速いし、もっと無駄がないよ」
しろっぷの声は、平坦だった。挑発でも侮蔑でもなく、ただ、事実の確認として。
「……は?」
マセガキィの呼吸が、止まった。
迅・ソニックの劣化版。
その言葉が、マセガキィの心に深く刺さった。
自分のすべてを注ぎ込んだ全開の加速。フレーム単位の二刀流連撃。プロとしての矜持を懸けた最後の攻め。
それが、「劣化版」。
「……上等だ」
マセガキィが、再び地面を蹴った。
怒りではない。プライドの問題でもなかった。ただ、ここで諦めたら、自分が自分でなくなる気がした。
もう一度、加速。今度はもっと深く、もっと鋭く。
短剣を、イマーゴの胴体めがけて突き出す。
その瞬間。
深化したイマーゴの4枚の翼が、大きく羽ばたいた。
蝶の鱗粉のような光の粒子が、廃工場の空間に一斉に放出された。
最初は、ただの光の粉に見えた。
マセガキィの加速の前に、無防備に漂う、ふわふわとした粒子。
マセガキィの短剣が、その粒子の雲を切り裂いた瞬間。
爆ぜた。
ドォンッ!!
無数の小爆発が、マセガキィの周囲で連鎖した。
空気そのものが、爆発に変わっていた。
ラブマクスの宝石爆発とは違う。あれは個別の爆弾だった。
これは違う。空間そのものが、敵地になっている。
「がっ……!」
マセガキィの体勢が、衝撃で崩れた。
加速の制御を失う。短剣を握る両手が、震える。
空中に、一瞬だけ、無防備に晒される。
その一瞬を、深化したイマーゴは逃さなかった。
6本の脚が、地面を蹴った。
巨大な異形の胴体が、信じられない瞬発力で空中のマセガキィに飛びかかる。
副腕の鎌が、マセガキィの右腕を掴んだ。
もう1本の副腕が、左腕を掴んだ。
翼から伸びた手と、3本の鞭尾の1本が、両脚をそれぞれ拘束した。
マセガキィの機体が、空中で大の字に固定された。
四肢を、それぞれ別の部位に掴まれている。
深化したイマーゴが、ゆっくりと、力を込めた。
ミシ、と。
マセガキィの右腕の関節から、嫌な音が漏れた。
左腕。両脚。
しろっぷの上半身の少女の顔が、トロンとした表情のまま、マセガキィを見ていた。
「楽しんでね」
次の瞬間。
4方向に、引き裂かれた。
ブチィッ。
ガコンッ、と。
マセガキィの機体の四肢が、それぞれ別の部位に握られたまま、胴体から千切れ落ちた。
胴体だけになった《サイコダイバー》が、廃工場の床に落ちる。
HPゲージが、ゼロに突き刺さった。
『――Winner, しろっぷ』
会場が、しんと静まり返っていた。
歓声よりも先に、観客の多くが、息を呑んでいた。
『……し、しろっぷ選手、勝利です!! 四肢を引き千切るという、なんとも……えげつない決着!!』
『……いやー、これは、すごいですね。何がすごいって、勝ち方じゃないですよ。あの異形の機体を、ちゃんと「使いこなしてる」のがすごい。あの大きさ、あの複雑さで、6つの部位を全部独立して制御してる。普通、人間にできる芸当じゃないですよ』
控室。
しばらく、5人が黙っていた。
「……えぐいわね」
ラブマクスが、ぽつりと呟いた。
「アタシ、しろっぷちゃんと当たらなくてよかったかも」
さくせすTが、無言で頷いた。
周李龍は、画面を見つめたまま、眼鏡を直していた。
『……勝ちましたね』
凪の声は、いつも通りだった。
いつも通りだったが、ほんの少しだけ、声のトーンが軽かった。
◇
フィールド。
リザルト画面。
深化が解け、通常時のクリサリス・ヴァリアントに戻ったしろっぷが、まだ床に転がっている《サイコダイバー》の胴体を見下ろしていた。
「……お疲れ」
しろっぷが、短く言った。
マセガキィの声が、通信越しに聞こえた。
『……いや、参った。本当に、参ったよ』
声に、悔しさはなかった。
ただ、純粋な、敗北の受容だけがあった。
『フリフロ、舐めてた。……謝るよ』
「ふーん」
『……君みたいな機体が組めるビルダーがいて、それを動かせるプレイヤーがいる。このゲームは、俺が思ってた何倍も奥が深いみたいだ』
「うん」
しろっぷは、それ以上は何も言わなかった。
マセガキィも、続けなかった。
通信が、静かに切れた。
◇
控室。
しろっぷが、ダイブポッドから出てきた。
いつもの気怠げな表情で、ソファの隅に座っていた凪のところに、ふらりと歩いてくる。
「ただいま」
『……お帰りなさい』
凪が、しろっぷを見上げた。
『お疲れ様でした。……完璧でした』
「ふーん。今日のは結構うまくいったかも」
しろっぷは、ソファに腰を下ろしながら、凪のほうを向いた。
退屈そうな目。だが、その奥に、いつもより少しだけ、明るい色があった。
「ねえ凪」
『はい』
「次、あんたの番」
『……ええ』
「勝ちなよ」
『……当然です』
しろっぷは、少しだけ間を置いてから、続けた。
「準決勝で、あんたと当たりたい」
『……ええ』
「世界大会、二人で行こうとか、そんなのは言わないよ。だって、二人とも行けるとは限らないし」
しろっぷの声は、いつもの平坦さだったが、わずかに違った。
「でも、準決勝の舞台で、あんたと戦いたい。ちゃんと、本気で」
凪は、しばらく黙ってしろっぷを見ていた。
『……ええ。僕も、あなたとあの舞台で戦いたいです』
「うん」
しろっぷが、軽く頷いた。
「だから、勝ってきてね」
その声に、いつもより少しだけ、感情があった。
ほんの僅かに、心配のようなものが滲んでいた。
凪は、それに気づいた。気づいたが、何も言わなかった。
ただ、立ち上がって、ダイブポッドのほうへ歩き出した。
『……行ってきます』
「うん」
控室の扉が、静かに閉まった。
『――1回戦第4試合、まもなく開始です! 凪選手と、戦神覇王選手は、ダイブポッドへお進みください!』
MCの声が、会場に響き渡った。




