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【5000PV感謝】フリーダム・フロント   作者: ボナンザ・ソバイユ
日本選抜

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第49話 マセガキィ vs しろっぷ②

 深化したクリサリス・ヴァリアントが、廃工場の薄暗い空間に浮かび上がった。

 

 その姿は、通常時のものとは別次元の異形だった。

 

 上半身は、トロンとした表情の少女。

 眠っているような、それでいてどこか恍惚としたような半開きの目。漆黒の長い髪が、無重力のように緩く広がっている。

 その背中から、左右対称に4枚の蝶の翼が広がっていた。翼脈は獣の血管のように脈動し、内側にはステンドグラスのような光のブロックに分かれる。

 

 下半身は、まったく違う生物。

 

 馬のような胴体。だが、脚は6本。蹄ではなく節のある尖った先端。透けるような半透明の外殻の中で、複数の眼に見えるものや、心臓のような赤い塊が、ゆっくりと脈動している。

 走るための器官ではない。何か、別のものを孕んでいる胴体。

 

 その胴体の後方から、3本の鞭状の尾が伸びていた。各先端の形状が異なり、刃、結晶、鞭。

 脚を動かすたびに、馬の胴体から蝶の鱗粉のような光の粒子が零れ落ちる。

 

 優雅と、凶暴と、気持ち悪さが、同居していた。

 

 

 控室。

 

「……うわ」

 

 さくせすTが、思わず声を漏らした。

 

「え、すごい見た目すね。……というか、しろっぷさんの機体って、上半身女の子なんすか? モンスター型じゃないんすか?」

 

 凪が、画面から目を離さずに答えた。

 

『……モンスター型ですよ。上半身は人の姿ですが、本体は下半身の異形のほうです』

 

「えー、それアリなんすね。人型じゃないですか」

 

『……人間だって、広く言えばモンスターみたいなものでしょう?』

 

 凪の声は、いつもの平坦さだったが、僅かに何かが滲んでいた。

 さくせすTは、その答えに少しだけ目を瞬かせて、それから笑った。

「凪さん、すごいこと言うんですね」

 

 画面の中で、深化したイマーゴが、ゆっくりと翼を広げた。

 漆黒の翼の内側から、光の模様が広がっていく。

 

 その姿を見ていた凪が、一瞬だけ、息を止めた。

 

 深化したクリサリスは、何度も見てきた。

 調整も、何度もしてきた。

 

 なのに。

 

 今、フィールドの照明を受けて翼を広げた異形は、これまで見たどの姿よりも、生きていた。

 

(……綺麗だな)

 

 その一瞬の感慨を、凪はすぐに飲み込んだ。

 画面に視線を戻し、コンソールに指を置く。

 数秒前と同じ、いつもの凪に戻っていた。

 

 ラブマクスが、その横顔を、ちらりと見ていた。

 何も言わなかった。

 

                ◇

 

『……これは、すごい姿ですね、マイクさん』

『あの、ちょっと、迫力雀士さん。あれ本当に機体なんですか?』

『ええ。あれで一応、ゲームの中の機体ですよ。……いや、本当に「一応」って言いたくなる見た目してますね、これ』

『なんていうか……生き物にしか見えないんですけど』

『見えないんですよ。あれだけ想像上の生物みたいな姿してるのに、ちゃんと機体として成立してる。設計したビルダー、本当に化け物ですよ。普通、こんなの組もうとしても破綻して動かなくなるんですけど、しっかり動いてる』

 

 実況解説席が、明らかに気圧されていた。

 

 

 フィールド。

 

 マセガキィの《サイコダイバー》が、目の前のイマーゴを見上げていた。

 

「……は」

 

 短剣を構えたまま、しばらく動けなかった。

 

(読みで……勝つ……?)

 

 目の前の存在は、もはや読みの対象ではなかった。

 動き方が、人間の発想の外にある。馬のように走るかと思えば、蝶のように滞空する。副腕が薙ぐかと思えば、尾の3本がそれぞれ別の軌道で襲ってくる。

 パターンが見えない。

 いや、パターンを認識する前に、攻撃が来る。

 

(……いや、まだだ。どんな見た目でも、動きはある。フレームを読めば、必ず――)

 

 マセガキィが、自分を奮い立たせた。

 短剣を構え直し、加速能力を起動して飛び込む。

 

 深化したイマーゴが、ふっと、消えた。

 

(……!?)

 

 次の瞬間、マセガキィの真上にイマーゴがいた。

 馬の6本脚で天井のクレーンを掴み、巨大な体格に似合わない瞬発力で頭上を取っている。

 

 副腕の鎌が、振り下ろされた。

 マセガキィが、加速で横に跳ぶ。鎌が床に深い亀裂を刻む。

 

 着地と同時に、3本の尾が襲ってきた。

 刃の尾が右から、結晶の尾が左から、鞭の尾が下から。

 完全な3方向同時攻撃。

 

 マセガキィは、短剣で刃の尾を弾き、加速で結晶の尾を躱した。

 だが、鞭の尾が、足元から絡みつく。

 

「っ!?」

 

 鞭が、マセガキィの右脚を掴んだ。

 次の瞬間、引き上げられる。

 空中に放り出されたマセガキィの胸部に、別の副腕の鎌が突き刺さった。

 

 ガキィッ!!

 

「ぐっ……!」

 

 短剣で受けた。だが、深化後の出力は別格だった。マセガキィの腕が、衝撃で痺れる。

 

 HP9割。8割。

 

『直撃!! マセガキィ選手、HPがガリッと削れました!!』

『さっきまでとは全然違う出力ですね……。あれだけ大きい機体なのに、動きが速い。完成度が高いから、見た目通りの大きさで動かしてるはずなのに、動作のロスが少ない』

 

 マセガキィが、床に転がり込みながら、距離を取った。

 息が、上がっていた。

 

(……読めない。動きの起点が、6本脚の上に乗ってるからなのか? いや、副腕も、尾も、翼も、全部独立して動いてる。どこを見ればいいんだ)

 

 マセガキィが、自分の中で軸を立て直そうとした。

 副腕の硬直時間。0.3秒のインターバル。あれを起点に読み直せば――。

 

 イマーゴの副腕が、振り抜かれた。

 マセガキィが、振り終わりの硬直に合わせて、加速で接近する。

 

 短剣を、振り下ろした。

 

 空を、切った。

 

(……え?)

 

 マセガキィの目が、見開かれた。

 副腕は、まだ振り終わっていなかった。

 0.3秒の硬直に入っているはずだった副腕が、なぜか、まだ動いていた。

 

 いや、振り終わっていた。

 だが、振り終わった瞬間に、次の動きへの移行が早すぎた。

 0.3秒ではなく、0.2秒もなかった。

 

 その副腕が、マセガキィの胴体に直撃した。

 

 ガギッ!!

 

「ぐっ……!」

 

 HP7割。

 

(……読みが、ズレた)

 

 マセガキィの心の中に、初めて、戸惑いが滲んだ。

 

                ◇

 

 控室。

 

「……あ、副腕の硬直がズレたわね」

 

 ラブマクスが、画面を指差した。

 

『……ええ。さっきは0.3秒だった硬直が、深化後は固定されていません。0.2秒、時には0.25秒。負荷の状況によって、微妙に揺らいでいる』

 

 凪が、淡々と分析する。

 

『深化後の機体は、出力の余裕が増します。その余裕が、各部位の動作インターバルを短縮できる。ただし、短縮できる幅は、状況によって変動する。……だから、固定値で読めない』

 

「読みで攻略できないってこと?」

 

『ええ。完全には』

 

「えげつないわね」

 

 ラブマクスが、感心したように呟いた。

 

                ◇

 

 廃工場。

 

 マセガキィは、距離を取って、深化したイマーゴを見上げていた。

 

「……君の機体、なんだよ、それ」

 

 声に、初めて余裕がなかった。

 

 しろっぷは、トロンとした少女の顔のまま、答えた。

 

「フリーダム・フロントの機体だよ。あんたと、同じ」

「同じじゃないだろ。なんで、フレームが揺らぐんだよ」

「揺らがせてるんだよ」

 

 しろっぷの声は、いつものフラットさを保っていた。

 

「あんたが0.3秒で読んでくるって、最初の攻撃で気づいたから。じゃあ、0.3秒じゃないタイミングで動けばいいかなって」

「……感覚でやってるのかよ」

「うん」

 

 マセガキィが、短剣を握り直した。

 

 目の前の存在は、フレームで読める相手ではなかった。

 数字に置き換えられない。パターンに収まらない。

 

 ゲームを、舐めていた。

 いや、舐めていたわけではない。

 ただ、フリーダム・フロントというゲームの「自由度」を、心の底では侮っていた。

 

 

「……認める」

 

 マセガキィが、呟いた。

 

「君の機体は、本物だ。……読めないし、勝てる気もしない」

 

 短剣を、強く握り直す。

 

「でも、ここで降りるのは違うよな。プロが暇つぶしで負けるなんて、笑えないし」

 

 マセガキィの全身に、加速の光が満ちた。

 今までの「細切れに使う」運用とは違う。能力時間の残りを、一気に注ぎ込む全開発動。

 

「もう一回、行くよ」

 

 深化したイマーゴが、ゆっくりと首を傾けた。

 

「うん。来な」

 

 マセガキィが、地面を蹴った。

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