第46話 さくせすT vs ラブマクス④
T字の刃が、振り下ろされた。
ラブリィが、磔を破った。
T字型のエネルギー拘束を、両腕の力で引きちぎる。攻撃力に振ったヒューマン型の腕力が、バインドの出力を上回った。
(……一瞬で外した!?)
だが、さくせすTの剣は、すでにラブリィの頭上に迫っている。
ラブマクスは、剣を見た。
白熱するT字の刃。オーバーブーストの全出力を注ぎ込んだ一撃。
あれを食らったら、終わる。
白い手袋で対ビームコーティング受けを構えた。上段ガード。剣を受け止める体勢。
振り下ろされる剣を、ラブマクスの目が追っていた。
刃が、頭上1メートルに達した瞬間。
さくせすTが、剣を手放した。オーバーブーストが切れている。もうこの技を撃つだけの余剰エネルギーはない
だから、手放した。最初から、当てるつもりはなかった。
(……え?)
T字ブレードが、宙に放り出された。白熱した刃が空中で回転しながら、ラブリィの頭上を通過していく。
剣を見上げていたラブマクスの意識が、一瞬だけ上に釘付けになった。
その瞬間。
さくせすTの右脚が、ラブリィの腹部に叩き込まれた。
ドゴッ!!
渾身の蹴り。オーバーブーストはもう切れている。だが、さくせすT自身の読みが乗った、この試合で最も正確な一撃。
ラブリィの小さな体が、くの字に折れた。
衝撃で、ゴスロリの装飾から宝石がばらばらと零れ落ちた。ブレスレットのサファイア、指輪のルビー、ピアスのアメジスト。きらきらと輝く欠片が、ラブリィの周囲に散らばっていく。
ラブリィの体が、蹴りの衝撃で宙に浮いた。
その一瞬を、さくせすTは逃さなかった。
「――T」
ビームユニットが火を噴いた。
ラブリィの周囲、上下左右に、T字バリアが一斉に展開される。鳥かごのように、全方向を光の壁で囲い込む。
宙に浮いたラブリィと、散らばった宝石の欠片が、バリアの内側に閉じ込められた。
「ごめん、ラブマクスさん」
さくせすTが、静かに呟いた。
「あんたの宝石、めちゃくちゃ綺麗だ。……でも、綺麗なものほど、よく爆発するんだよね」
鳥かごの中で、最初の一つが爆発した。
ドンッ。
宝石の欠片が、密閉されたバリアの中で炸裂する。
爆風が逃げ場を失い、内側で跳ね返る。跳ね返った衝撃波が、まだ爆発していない宝石を叩く。
連鎖が、始まった。
ドドドドドォォォンッ!!!!
鳥かごの内側で、宝石が次々と誘爆していく。サファイアが弾け、ルビーが炸裂し、アメジストが爆ぜる。一つの爆発が次の爆発を呼び、密閉空間の中で衝撃が幾重にも増幅される。
『大爆発!! バリアの中で宝石が連鎖爆発しています!!!』
『鳥かごだ……! バリアで閉じ込めて、ラブマクス選手自身の宝石を誘爆させた! あの宝石、完成度が高いから爆発する。つまり、ラブマクス選手のビルドが精密であればあるほど、爆発の威力も上がる。……自分の強みが、そのまま弱みになってる』
爆発が収まった。
鳥かごのバリアが、ゆっくりと消滅していく。
煙の中から、ラブリィの姿が現れた。
ゴスロリの衣装は半壊していた。ティアラは消し飛び、ブレスレットも指輪もなくなっている。残っているのは、左耳のピアスに嵌まった宝石が1つだけ。
HPゲージが、急速に減少していた。
3割。2割。
1割5分で、止まった。
(……底力ラインの、ギリギリ手前)
さくせすTは、その数字を見て、冷や汗をかいた。
あと数パーセント削れていたら、底力が発動していた。ヒューマン型のパッシブスキル。HP10%以下で全能力爆発上昇。あの攻撃力にさらにバフが乗ったら、勝てる気がしない。
(……ここからは、削りすぎないように戦う。底力を踏まずに、倒す)
さくせすTのHPも、5割を切っていた。オーバーブーストのフレーム損壊が進んでいる。右腕の関節が軋み、ビームユニットの出力が不安定になり始めていた。
互いに、限界が近い。
ラブマクスが、煙の中から一歩を踏み出した。
「……やってくれたわね」
声は、震えていなかった。
「アタシの宝石、ほとんど全部壊したわね」
残った左耳のピアスに、手を触れた。
「でも、まだ1つ残ってる。……これだけあれば、十分よ」
ラブリィが、拳を構えた。
宝石の爆発はもう使えない。愛・ずっきゅんの弾は残っている。だが、この残りHPで無茶はできない。
さくせすTも、拳を構えた。
T字ブレードは空中に放り出したまま回収していない。ビームユニットの出力も不安定。残っているのは、オーバーブーストが辛うじて灯る両拳だけ。
(……ここからが本番だ。一発一発、慎重に。削りすぎず、削られすぎず)
広場の中央で、2つの機体が間合いを詰めた。
ラブリィの右フック。さくせすTが、頭を下げて躱す。
カウンターの左ストレート。ラブリィが、白い手袋で弾く。
互いの拳が、紙一重で交差する。
さくせすTは、一発一発の打点を慎重に選んでいた。
装甲の厚い部分を狙う。ダメージは小さいが、HPの減少も小さい。底力ラインを踏まないように、じわじわと、しかし確実に削っていく。
ラブマクスは、その意図に気づいていた。
(……この子、底力を踏ませないように打ってるわね)
分かっている。底力が発動すれば、逆転できるかもしれない。だが、それはHPが10%以下になるということ。紙一重の博打だ。
(それに、この子は読みがいい。底力を狙って自分からHPを削るような真似をしたら、その瞬間を読まれて仕留められる)
ならば、今ある力で戦うしかない。
拳が交差する。
ラブリィのボディが、レグルスの脇腹に入る。
レグルスの右が、ラブリィの肩を打つ。
HP1割5分。HP4割5分。
HP1割3分。HP4割。
じりじりと、互いに削り合っていく。
だが、ラブマクスのほうが削れる速度が速い。HP差がある。そして、さくせすTが意図的に小さなダメージを積み重ねている分、ラブマクスの反撃は通っているのに致命傷にならない。
(……くやしいわね。読み合いで、負けてる)
ラブリィの愛・ずっきゅんを放つ。
さくせすTが横に躱す。読まれている。
もう1発。フェイントを混ぜて。
さくせすTが、フェイントの方向を読んで逆に動いた。当たらない。
(……この子の読み、異常だわ。近接でも、射撃と同じ思想で「次」を置いてくる)
ラブリィの拳が、レグルスの胸部を叩いた。
レグルスの拳が、ラブリィの腹部を打った。
HP1割1分。HP3割5分。
ラブマクスの動きが、僅かに鈍った。
ダメージの蓄積。装甲の半壊。フレームの歪み。
さくせすTは、その鈍りを見逃さなかった。
レグルスの右拳が、ラブリィの胸部を正確に打ち抜いた。
ドゴッ。
小さいが、深い一撃。
ラブリィが、半歩、後退した。
HP。
10.1%。
底力ラインの、0.1%上。
『ラブマクス選手、HP10.1%!! 底力発動ラインまであと0.1%!!! ギリギリです!!!』
『これは……さくせすT選手、意図的にコントロールしてますね。底力を踏ませないまま、あと一撃で仕留められる距離に追い込んだ。……恐ろしい精度だ』
ラブマクスは、後退した半歩を、踏みとどまった。
「……あんた、本当にすごいわね」
声は、かすれていた。
「アタシの宝石を壊して、鳥かごで焼いて、底力を踏まないようにチクチク削って。……全部、計算ずくでしょ」
「半分くらいはノリだよ」
さくせすTが、息を切らしながら笑った。
「でも、ラブマクスさん。この試合、マジで楽しい。……だから、最後まで本気でいかせてもらう」
ラブマクスは、ぼろぼろのゴスロリ姿で、最後の拳を構えた。
左耳のピアスの宝石が、淡く光っている。
「……来なさい。アタシも、最後まで立ってるから」
2つの機体が、最後の一歩を踏み出した。
拳が、交差した。
会場から、音が消えた。
さくせすTの右が、ラブリィの顎を捉えた。
ラブリィの左が、レグルスの頬を捉えた。
同時着弾。
2つの機体が、拳を伸ばしたまま、静止していた。
1秒。
観客の誰もが、息を止めていた。
2秒。
先に膝をついたのは、ラブリィだった。
HP。
0%。
『――Winner, さくせすT』
ラブリィ・エクスプロージョンが、ゆっくりと崩れ落ちる。
ゴスロリの衣装が光の粒子に変わっていく。最後に残った左耳のピアスの宝石が、ぽろりと落ちて、地面で小さく輝いた。
爆発は、しなかった。
さくせすTのHPは、2割8分。
レグルス・マークIIは、立っているのがやっとだった。オーバーブーストの光はとっくに消え、右腕の関節は固まり、背部のビームユニットはひしゃげている。
さくせすTは、膝に手をついて、大きく息を吐いた。
「……勝った」
そう言った瞬間、膝の力が抜けそうになった。右腕が震えている。拳を握ろうとして、握れなかった。
立っている。まだ、立っている。それだけで、精一杯だった
◇
北海道。
キリンとたっくんが、画面の前で黙っていた。
数秒の沈黙。
「勝ったああああ!!」
たっくが、缶ビールを掲げて叫んだ。
「さくT!! お前マジで最高!!!」
「うるっせえ!! ビールこぼすな!!」
キリンが笑いながらたっくんの腕を押さえる。2人とも顔が赤い。缶ビールは3本目に突入している。
「いやー……でもマジで漢だったな。引き撃ちしてりゃもっと楽に勝てただろうに」
「それがさくTだろ!! あいつ昔っからそうじゃん!!」
「わかってるけどさ!! 大会でもやるかフツー!!」
2人で爆笑した。
「……次、準決勝だぞ。相手、迅だぞ」
「知ってるよ。……まあ、楽しんでくるでしょ、あいつは」
たっくが、空になったポテチの袋をくしゃっと丸めた。
「お疲れ、さくT。……最高だったぞ」
◇
リザルト画面。
ラブマクスの声が、通信越しに聞こえた。
「……負けたわ」
悔しさの滲む声。だが、折れてはいない。
「あんたの読み、本当にえげつなかったわよ。底力踏ませないまま削り切るなんて、普通できないから」
「ありがとうございます。……ラブマクスさんの拳、マジで重かった。何回死ぬかと思った」
「お世辞はいいわよ」
「お世辞じゃないって。あと、宝石。本当に綺麗だった」
ラブマクスが、少しだけ黙った。
「……ありがと。また作るわ。もっと綺麗なやつ」
「楽しみにしてます」
「勝ちなさいよ、次も。アタシを倒したんだから、そのまま行きなさい」
「……はい。頑張ります」
通信が切れた。
同時刻。クラン「⤴⤴れぼりゅうしょん」のチャット。
『マスター……!!』
『めちゃくちゃかっこよかったです……!!』
『泣きそう。ラブリィちゃん最後まで立ってた……』
『あの最後の同時パンチ、一生忘れません』
『かわいいは最強って、ちゃんと証明してくれました。マスター最高です!!』
ラブマクスは、控室で、メンバーのメッセージを一つ一つ読んでいた。
「……泣くな、バカ。アタシが泣きたいわよ」
目の端が、少しだけ赤かった。
端末に、返信を打つ。
『ありがとう。最高のステージだったわ。……次はもっとかわいく、もっと強くなるから。見ててね』
さくせすTは、コックピットの中で、静かに天井を見上げた。
(楽しかった。……めちゃくちゃ、楽しかった)
次の相手は、迅・ソニック。
予選全勝の化け物。
(……楽しみだな)
さくせすTは、笑った。




