第45話 さくせすT vs ラブマクス③
――ラブマクス。
本職は、宝石細工職人。
リアルで宝石を磨き、宝石を削り、宝石に命を吹き込む。それが、この男の生業だった。
フリーダム・フロントを始めたきっかけは、単純だった。
好きなものを、好きなように作れるゲーム。ならば、アタシが一番好きなものを、一番の精度で作ってやろう。
宝石だ。
ティアラに嵌めるダイヤモンド。指輪に添えるサファイア。ピアスに揺れるルビー。一つ一つの宝石に、現実の職人技術で培ったディティールを、限界まで注ぎ込んだ。
カット面の角度。光の屈折率。内部のインクルージョン。現実では不可能な完璧さを、仮想空間なら実現できる。
ラブマクスは、そうやって、現実以上に美しい宝石を作り上げた。
そうしたら、なぜか、爆発した。
◇
飛び散ったティアラの宝石が、さくせすTの足元で炸裂した。
ドォンッ!!
「うわっ!!」
爆風がレグルスの脚部を叩き、バランスが崩れる。
HPがさらに削られた。
「ちょ……え!? 宝石が爆発した!?」
さくせすTが、目を見開いた。
「ヒューマン型の能力って1人1つじゃないの!? 愛・ずっきゅんと爆発、2つあるのはずるくない!?」
『おおっと!! 宝石が爆発しています!! 迫力雀士さん、これは!!』
『いや、あれは能力じゃないですよ。完成度ボーナスです。……宝石のディティールを極限まで作り込んだ結果、システムが勝手に付与した特殊効果。能力枠を使ってない。あれは純粋にビルドの精度から生まれたものです』
『つまり、ラブマクス選手の宝石が美しすぎて爆発した、と?』
『……そういうことになりますね。とんでもないビルダーですよ、あの人は』
リングの中。
ラブマクスの瞳は、先ほどまでの華やかさが消えていた。
冷たく、鋭い。
「アタシの宝石を砕いたわね」
声のトーンが、一段下がっていた。
「あれは、一つ一つに24時間かけて作ったのよ。クランのみんなに見せるために、最高のかわいいを詰め込んだの」
ラブリィの右拳が、さくせすTの腹部に叩き込まれた。
ドゴッ!!
インパクトの瞬間、拳に付着していた指輪の宝石が零れ落ちた。
さくせすTの足元で、炸裂。
ドォンッ!!
「がっ……!」
打撃と爆発の二重ダメージ。
ラブマクスの攻撃は、もはや拳だけではなかった。殴るたびに宝石の欠片が飛び散り、それが時間差で爆発する。接近戦そのものが、爆撃になっている。
さらに、デコ銃が構えられる。
「――愛・ずっきゅん」
至近距離。ハート弾が、さくせすTの左肩に直撃。
1秒の操作不能。
その間に、右フック、左ボディ、右アッパー。
殴った箇所から、宝石の欠片が飛び散り、連鎖的に爆発。
ドドドォンッ!!
レグルスが、リングのバリア壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!!」
さくせすTのHPが、6割を切った。
オーバーブーストの青白い光が、不安定に明滅している。
(やばい……! 殴られるたびに爆発する、しかもずっきゅんで動き止められる……!)
もう1発、愛・ずっきゅんが飛んでくる。
さくせすTは横に躱した。だが、バリアの壁が背中にある。逃げ場が、ない。
リングが、自分を縛っている。
(……自分で作ったリングに閉じ込められてるの、ちょっと笑えるな)
笑い事ではないが、笑ってしまった。
ラブリィの拳が迫る。爆発を纏った、ピンク色の暴力。
さくせすTは、判断した。
「――T、全解除!」
リングのバリアが、消滅した。
同時に、さくせすTはスラスターを全開にして後方へ離脱。ラブリィの拳が空を切った。
広場から飛び出し、街路を走る。
大通りの向こうに並ぶビル群の影に、身を滑り込ませた。
(……一回落ち着こう。あの爆発と愛・ずっきゅんのコンボ、正面から食らい続けたら持たない)
ビルの壁に背を預けて、呼吸を整える。
HP5割5分。オーバーブーストの出力は安定しているが、フレームの軋みが増している。あまり長引かせると、代償で先に壊れる。
(考えろ。……あの子の近接は強い。爆発も厄介。ずっきゅんで動きも止めてくる。正面から殴り合ったら、たぶん負ける)
(でも、射撃で引いても手袋で逸らされる。中距離も近距離も不利。……どうする?)
思考を巡らせていたその時。
背後のビルの向こうから、異様な音が聞こえた。
ギギギギギ……
金属が軋む音。何かが持ち上がる音。
さくせすTが振り返った瞬間、ビルの角から、車が飛んできた。
車だ。
フィールドに配置されていた路上駐車の乗用車が、丸ごと宙を舞い、さくせすTの頭上に落ちてくる。
「は!?」
横に跳んで回避。車がビルの壁面に激突し、瓦礫が降り注ぐ。
粉塵の向こうから、ラブマクスが歩いてきた。
小さな幼女体型が、別の車のバンパーを片手で掴んでいる。
「隠れても無駄よ。出てきなさい」
2台目の車が、放物線を描いて飛んできた。
「マジか……!!」
さくせすTは走った。ビルの影を縫い、路地を曲がり、別のビルの裏手に飛び込む。
車が背後で爆散する。
『車を投げている!! ラブマクス選手、車を素手で投げています!!!』
『あの攻撃力ステータスなら、まあ、できますね……。あの見た目でやるから衝撃がすごいですけど』
(……追われてる場合じゃない。反撃の手を打たないと)
さくせすTは、走りながらビームユニットを展開した。
だが、ラブマクスに向けてではない。
「――T・セット」
路地の壁に。交差点の角に。ビルの入口に。
小さなT字バリアを、次々と設置していく。
見た目は、ただのバリア。だが、さくせすTはその配置に、もう一つの意図を込めていた。
ラブマクスが、路地を曲がってきた。
3台目の車を担いでいる。
「まだ逃げるの?」
「逃げてないよ。準備してただけ」
さくせすTが、足を止めた。
ラブマクスと、正面から向き合う。
ラブリィが、車を投げ捨てて拳を構えた。
踏み込む。
白い手袋の拳が、さくせすTの顔面に迫る。
さくせすTは、半歩だけ後退した。
ラブリィの拳が、空を切る。
その足が、路地の床に設置されたT字バリアのラインを踏んだ。
「――T・バインド」
床面のバリアが、一斉に起動した。
T字型のエネルギーが、ラブリィの両腕と両脚に巻きつく。
壁面のバリアから伸びた光の帯が、ラブリィの体をT字の形に磔にした。
「なっ……!?」
両腕が左右に引かれ、両脚が固定される。T字の形に、宙吊り。
「……ごめんね。罠だったんだ」
さくせすTが、息を切らしながら、ラブリィの前に立った。
「逃げ回ってる間に、ずっとバリアを仕込んでた。あんたが追いかけてくるルートに、全部」
ラブリィが、磔の状態で、ぎりぎりと拘束を引っ張った。
「……こんなもん、一瞬で外せるわよ」
「うん。知ってる」
さくせすTが、両拳を構えた。
オーバーブーストの青白い光が、再び両拳にT字の形を象る。
「でも、その一瞬があれば十分なんだ」
さくせすTの右手が、肩のT字エネルギーブレードを引き抜いた。
青白い光が、刀身に流れ込んでいく。T字の刃が、通常の倍以上の長さに伸長し、白熱する。
レグルス・マークIIの全身が、青白く輝いた。
「――全出力、剣に集中」
さくせすTの目が、磔になったラブリィを真っ直ぐに見据えた。
「――T・クロス」
T字の刃が、振り上げられた。




