第42話 第2試合
1回戦第1試合、迅・ソニックの勝利。
会場の興奮が、まだ冷めきっていなかった。
観客席のあちこちで、今の試合の熱狂が飛び交っている。「重力操作を攻略した」「片腕もげてたのに勝った」「あいつ本当に人間か」。
周李龍はダイブポッドから出てきた後、しばらく自分の控室の天井を見上げていたが、やがて立ち上がり、凪としろっぷの控室の扉をノックした。
「……邪魔するよ。自分の控室に1人でいると、反省会が止まらなくなりそうだから」
少しだけ間を置いて。
「……それに、次の勝者が誰かも、見ておきたい」
凪が扉を開けた。
『どうぞ。……お疲れ様でした、周さん』
「ありがとう。……いい試合だったとは思うけど、負けは負けだからね」
周李龍は、ソファの端に座り、モニターに視線を向けた。
メインステージでは、次の試合の準備が進んでいる。
『――1回戦第2試合、まもなく開始です! さくせすT選手とラブマクス選手は、ダイブポッドへお進みください!』
MCの声が、会場に響く。
◇
さくせすTの控室。
さくせすTは、楽屋弁当の最後の一口を飲み込んで、立ち上がった。
「……ごちそうさまでした」
端末を取り出して、グループチャットにメッセージを打つ。
『これから試合です。いってきます』
即座に返信が並んだ。
『がんばれー キリンちゃんより』
『さくTなら大丈夫っしょ。楽しんでこい たっくん』
『まじで応援してる 俺らの代表頼んだぞ!』
北海道の仲間たち。いつもフリーバトルで殴り合っている、地元の友達。
本選に出場しているのは、自分だけだ。キリンちゃんは予選80位で惜しくも届かなかった。たっくんは大会に興味がなくてそもそもエントリーしていない。
でも、みんなが見ている。
(代表して、楽しんでくるよ)
ダイブポッドに向かう。
◇
ラブマクスの控室。
ラブマクスは、鏡の前でウィッグの位置を直していた。
「……よし」
端末に、クランのチャットが流れている。
『マスター、がんばって!!』
『ラブリィちゃんの雄姿、見届けます!!』
『かわいいは最強って証明してきてください!!』
ラブマクスは、その一つ一つに、丁寧に返信を打った。
『ありがとう。見てなさい。今日はアタシの最高のステージにするから』
鏡の中の自分を、もう一度見つめる。
のど仏が出た、ウィッグの長身。
この世界で、アタシが一番かわいいと思うものを作って、それで勝つ。
それが、クラン「⤴⤴れぼりゅうしょん」のリーダーとしての矜持だった。
(かわいいを突き詰めたら、最強になれる。……それを、今日証明する)
(そして、負けるくらいなら――全部壊してでも、勝つ)
ダイブポッドに向かう。
◇
北海道。
画面の前に、2人の男が缶ビールを開けて座っていた。
オンラインのプライベートラウンジに接続し、本選のライブ配信を映している。
「……さくT、本選出てんのマジでウケるんだけど」
真摯なキリンが、缶ビールを傾けながら笑った。予選80位。自分はここで終わったが、地元の仲間が本選のステージに立っている。それだけで、悪くない気分だった。
「いやー、でもさくTだからなあ」
隣に座ったTuck――たっくんが、画面を見ながら頷いた。
「あいつ、ハマるとえぐい連勝するじゃん。最終日も多分あれだろ、仕事終わって夜から一気に回したら止まんなくなったパターン」
「それで圏外から4位はおかしいだろ」
「まあ、さくTだし」
「いや、さくTだしじゃなくてさ……」
キリンはため息をつきながらも、口元は笑っていた。
「……相手、ラブマクスか。あのクランのリーダーだろ。結構やるって聞くぞ」
「うん。でもさくTの射撃に対応できるかだよな。あいつ、"見てから当てる"タイプじゃないからさ」
「置き撃ち全部当ててくるやつな。あれマジでズルい」
「……あ、始まる」
画面の中で、フィールドがロードされていく。
「楽しんでこいよ、さくT」
キリンは、缶ビールを掲げた。
◇
凪としろっぷの控室。
モニターに、フィールドがロードされていく。
「この2人、どう見ますか」
周李龍が、腕を組みながら凪に尋ねた。
『さくせすTは、中距離の制圧型ロボットです。ログを見た限り、射撃の精度が異常に高い。あの命中率は、相当な場数を踏んでいないと出ません』
「ラブマクスのほうは?」
凪は、少しだけ間を置いた。
『……正直、読めません。機体のログは見ましたが、あのヒューマン型の設計思想が、僕の理解の外にある』
「理解の外?」
『装飾に、ステータスに影響しないレベルのディティールが詰め込まれています。宝石の一つ一つに、微細なテクスチャが設定されている。普通、そこまでやる意味がない。……なのに、それが何かの能力を発現させているようなんです。……理屈で組んだ構成じゃない。完成度で、理屈を上書きしている』
周李龍が、僅かに目を細めた。
「完成度ボーナスの、極限型か」
『ええ。……僕とは違うアプローチですが、あれもビルダーとしては相当な腕です』
真白が、ソファの上であぐらをかきながら呟いた。
「で、どっちが勝つの?」
凪と周李龍が、同時に黙った。
「……分からないですね」
「同感だ」
フィールドのロードが完了した。
スクリーンに、2つの機体が映し出される。
左側。堅牢な中量級ロボット型。両肩にT字型のエネルギーブレードが収納され、背部に大型のビームユニットが装備されている。スーパーロボットを思わせる、力強く直線的なフォルム。
《レグルス・マークII》。
右側。小柄な幼女体型のヒューマン型。全身をゴスロリの衣装が覆い、ティアラ、指輪、ピアス、ブレスレット、至るところに宝石が散りばめられている。その宝石の一つ一つが、照明を受けて異常な輝きを放っていた。右手には、装飾過多の小さな銃。
《ラブリィ・エクスプロージョン》。
『さあ、1回戦第2試合!! ダークホースさくせすT選手と、華麗なるクラン長ラブマクス選手!! どんな戦いが待っているのか!!』
フィールドは、都市部の広場。噴水と街路樹が点在する、中距離戦に適したステージ。
2つの機体が、広場の両端に向かい合った。
「よろしくお願いします、ラブマクスさん」
さくせすTの声は、緊張しているようで、どこか楽しそうだった。
「あら、礼儀正しいのね。……アタシもよろしく。手加減はしないから、覚悟しなさい」
ラブマクスの声は、いつも通りの華やかさだった。だが、構えたラブリィ・エクスプロージョンの佇まいには、一切の隙がなかった。
試合開始のカウントダウン。
3。2。1。
都市の噴水が、わずかに揺れた。
風が止まる。
ゼロ。




