第41話 迅vs周李龍④
3つの大岩が、迅の軌道上に浮かんだ。
G流G流で加速された巨大な岩塊が、壁のように迅の前に立ちはだかる。
迅が、急停止した。
スラスター全開の直線加速を、一瞬で止めた。荒野の地面に深い轍が刻まれ、土煙が噴き上がる。
(……止まった?)
周李龍の目が、一瞬だけ揺れた。
衝突ダメージを狙っていた。あの速度で岩に突っ込めば、迅のHPを一気に削り切れるはずだった。
だが、止まった。あの速度から、一瞬で。
(いい。問題ない。止まったなら、回り込んで来るしかない)
周李龍は、3つの大岩の向こう側で身構えた。
岩の隙間から迅が頭を出した瞬間に、G流G流で叩き落とす。この距離なら、反応が間に合う。
(来い。どこから来ても、仕留める――)
その時。
岩の向こう側で、微かな光が灯った。
(……光?)
迅の右手に、背部からライフルが展開されていた。
シュトゥルム・ファルコンのビームライフル。速度に全振りした機体の、普段は使われない補助武装。リキャストタイムが長すぎて、実戦ではほぼ死に武装とされているそれが、迅の片腕に構えられていた。
銃口が、3つの岩の先――周李龍に向けられる。
(まさか……岩ごと撃つ気か!?)
撃った。
閃光。
ビームが、1つ目の大岩を貫通した。
2つ目の大岩を、貫通した。
3つ目の大岩を、貫通した。
そのまま、周李龍の胴体に直撃した。
ドォォンッ!!!
『うわああああ!!! 岩を3つ貫通してなお直撃!!! 迫力雀士さん!!!』
『ビームライフル……! 迅選手の機体は攻撃とスピードに極振りしてる。余剰コストも多い。だから、たった1発のビームでもこの威力になる……! 岩3枚ぶち抜くなんて、普通のライフルじゃ絶対にできない……!』
迅の右手で、ビームライフルが崩壊した。銃身が赤熱し、内部からフレームが弾け飛ぶ。1発で壊れる。元からそういう武装だった。
だが、1発で十分だった。
岩の残骸が崩れ落ちる。
その向こうで、周李龍のG・フォールが、よろめいていた。
左脚の外殻が裂け、内側から赤い血のようなエフェクトがだらだらと流れ出している
HPゲージが、急速に減少していく。
3割。2割。1割。
そして。
『――システム規定値到達。パッシブスキル《底力》、起動』
『底力!! 周李龍選手、底力が発動しました!!』
『ヒューマン型のパッシブスキル……! HP10%以下で全能力が爆発的に上昇する! ここから逆転があり得るのか!?』
周李龍の全身から、赤黒いオーラが溢れ出した。
残った右腕に、サーベルを握り直す。
底力。全能力が爆発的に上昇する。
だが、周李龍は冷静だった。
(……元のステータスが低い。攻撃30の底力強化では、迅の装甲を一撃で貫くのは厳しい)
分かっていた。この機体は、迅を仕留めるために攻撃を捨てた設計だ。G流G流に300を振り、HP・防御に厚く割いた代わりに、攻撃コストを極限まで切り詰めた。
底力が乗っても、火力の天井が低い。
それでも。
『……勝つ理論は、揃ったはずだった』
(――どこで、ズレた?)
周李龍は、呟いた。
『対策も、準備も、覚悟も。全部、揃えてきた。……なのに、お前は、その全部を超えてくる』
右腕のサーベルを構える。底力の赤黒いオーラが刃に宿り、僅かだが、確かに重い一撃が振れる手応えがあった。
『だが、まだ立っている。まだ、剣が振れる。……なら、最後まで戦う』
周李龍が、踏み込んだ。
底力で強化された脚が、荒野を蹴る。先ほどまでとは段違いの加速。
サーベルが、迅の胴体に迫る。
迅は、残った右腕のサーベルで受けた。
ガギィンッ!!
(……重い。底力が乗ってる。加えて、G流G流の精度も変わらない。……さすがです。だけど)
底力の恩恵で切り結びの重さは増し、重力操作も健在だった。だが、元のステータスが低い分、上昇幅にも限界がある。
迅は、受けながら、冷静に相手の出力を計測していた。
切り結ぶ。
周李龍のサーベルが、迅の右肩を掠める。
迅のサーベルが、周李龍の胸部を浅く斬る。
互いに削り合う。だが、迅のHPはまだ2割台。周李龍のHPは、底力発動後で1割を切っている。
1合。2合。3合。
底力で上がった出力を、周李龍は最後の一滴まで使い切ろうとしていた。
右腕だけで、サーベルを振り続ける。左半身がない分、バランスが崩れる。それを、底力の出力で無理やり補正する。
(まだだ。まだ、剣が振れる。まだ――)
迅のサーベルが、周李龍の右腕のサーベルを弾いた。
サーベルが、手から離れた。
宙を舞う刃。
周李龍の手が、空になる。
「……終わりだ、周さん」
迅の声は、静かだった。
周李龍は、動かなかった。
いや、動けなかった。
「最高の試合でした」
サーベルが、G・フォールのコアを、真っ直ぐに貫いた。
『――Winner, 迅・ソニック』
荒野に、光の粒子が舞い散った。
会場が、爆発した。
『決着ーーーっ!! 迅・ソニック選手、勝利!!! HP2割台まで追い詰められながらも、最後は底力を発動した周李龍選手をも振り切っての勝利です!!!』
『いやー……すごい試合でしたね。周李龍選手、本当にいい勝負だった。底力まで出して、最後まで剣を振り続けた。……あれで勝てないんだから、迅選手が異常なんですよ』
◇
リザルト画面。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
やがて、周李龍の声が聞こえた。
『……8回目も、負けたな』
「ええ。でも、今日が一番きつかったです。本当に」
『……お世辞はいい』
「お世辞じゃないですよ。HP2割まで削られたの、鬼道破邪選手以来ですから……僕をここまで追い込める人は、日本でも数えるほどしかいません」
周李龍は、少しだけ黙った。
『……迅。お前は、まだ強くなるのか?』
「なりますよ。今日、周さんのおかげで一つ掴めたから。……重力を味方にするって感覚、忘れません」
周李龍は、小さく笑った。
『……そうか。なら、次はもっといいものを用意して来る。9回目は、負けないぞ』
「楽しみにしてます。……ありがとうございました、周さん」
通信が切れた。
迅は、コックピットの中で、静かに天井を見上げた。
シュトゥルム・ファルコンは、ボロボロだった。左腕はもげ、右脚は半壊し、装甲の大半が剥がれている。HP2割。予選を含めても、ここまで削られたのは2回目だ。
だが、得たものがある。
重力の中で加速する感覚。あの鳥かごを抜け出した瞬間の、全身が軽くなるような感覚。
あれを、自分のものにできれば。
「……次は、もっと速くなれる」
迅は、小さく笑った。
それから、端末を取り出して、どこかに短いメッセージを送った。




