第40話 迅vs周李龍③
ぼろぼろの白い機体が、再び地面を蹴った。
左腕はもげかけたまま。装甲の半分が剥がれ、内部フレームが露出している。それでも、スラスターの出力は落ちていなかった。
迅が、三度目の突撃を仕掛ける。
周李龍は、即座にG流G流を発動した。
迅の進行方向の重力を、斜め下にねじ曲げる。
白い機体が、地面に引きずり込まれる。きりもみ回転。
だが。
今度は、回転が浅かった。
(……立て直しが、早くなっている)
周李龍の目が、鋭くなった。
1回目は地面に激突した。2回目も叩きつけられた。だが3回目の今、迅はきりもみの途中でスラスターの方向を微調整し、回転を半分ほど解消してから着地していた。
着地の衝撃が、先ほどの半分以下。
『迫力雀士さん、今のダメージ、明らかに減ってませんか!?』
『……慣れ始めてますね。重力が変わる瞬間に合わせて、スラスターの噴射角を調整してる。まだ完全じゃないけど、あと何回かやったら……』
(やはり、慣れるか――)
周李龍は、歯を噛みしめた。
分かっていた。迅・ソニックという男が、適応の化け物であることは。7回の敗北で、嫌というほど思い知らされてきた。
(だが、その前に削りきる)
周李龍の意識が、周囲のフィールドへ広がった。
荒野に点在する岩場。大小さまざまな岩塊が、フィールドのあちこちに転がっている。
G流G流を、地面の岩に向けた。
ゴゴゴ、と低い振動が響く。
岩が、浮き上がった。
1つ。2つ。3つ。大小合わせて十数個の岩塊が、周李龍の周囲に浮遊し始めた。
『なっ……!? 岩が浮いてる!! マイクさん!!』
『重力操作で岩を持ち上げて……まさか、これを飛ばすのか!?』
周李龍が、腕を振った。
浮遊する岩塊が、迅に向かって一斉に射出された。
巨大な岩が、弾丸のように飛ぶ。重力で加速された岩塊の壁が、迅の逃げ場を塞いでいく。
「……これは、厳しいなあ」
迅の声は、苦しそうだったが、どこか柔らかかった。
横に跳ぶ。岩が背後の地面を砕く。上に跳ぶ。別の岩が頭上から落ちてくる。スラスターで急旋回。だが旋回の途中で重力方向が変わり、軌道がねじ曲げられる。
起伏の激しい岩山に叩きつけられる。岩肌に機体がめり込み、装甲が砕ける。重力の方向が切り替わり、別の岩山の斜面へ。尖った岩壁が、右脚の装甲を削り取った。
HP4割。
『周李龍選手、岩による遠距離飽和攻撃!! 迅選手、かわしきれていません!!』
『攻撃コストが低い分、地形そのものを武器にする。岩山に叩きつけて、接触ダメージで削っていく戦法ですね。考えてますねえ……』
岩の嵐の中を、迅は走り続けていた。
避けて、弾いて、すり抜けて。だが、一発ごとに装甲が削れていく。
「ねえ、周さん」
岩を右腕で弾きながら、迅が声を上げた。
「今、楽しいですか?」
場違いな問いかけ。
周李龍は、一瞬だけ手を止めかけた。
『……何を言っている。勝負の最中だぞ』
「答えてくださいよ。僕、気になるんです」
岩を避けながら、迅は笑っていた。ボロボロの機体で、HPを削られながら。
『……ああ、楽しいよ』
周李龍は、自分でも驚くほど素直に、そう答えていた。
『3ヶ月間、お前を倒すことだけを考えてきた。毎日ログを見て、毎日構成を組み直して、毎日シミュレーションを回した。……その全部が、今、形になっている。楽しくないわけがない』
「ですよね」
迅が、岩の隙間から姿を見せた。
左腕はもうぶら下がっているだけ。右脚の装甲も半壊している。
それでも、声は弾んでいた。
「僕もね、今、すごく楽しいんですよ」
岩が飛んでくる。迅はスラスターを噴かして横に跳んだ。
「こんなに全力で戦ってくれる人と、こんなフィールドで殴り合えるなんて。本選に来て、本当によかった」
周李龍は、迅の言葉を聞きながら、次の岩を射出した。
(……この男は、いつもこうだ。追い詰められているはずなのに、楽しんでいる。勝敗の向こう側に、いつも何かを見ている)
(だが、今日だけは――今日だけは、俺が勝つ)
岩の飽和攻撃をさらに強める。フィールドの岩を片端から浮かせ、迅に叩きつけていく。
迅のHP。3割5分。3割。
『迅選手、HP3割!! これは相当追い込まれています!!』
だが、解説席の迫力雀士は、別のものを見ていた。
『……マイクさん、迅選手の動き、見てください。さっきと変わってきてる』
『え? どこがですか?』
『きりもみ。最初は完全に制御不能だったのが、さっきは半分解消してた。で、今……』
迅の機体が、重力の変化を受けて軌道をねじ曲げられた。
だが、今度はきりもみにならなかった。
重力が横に引っ張った瞬間、迅はスラスターを逆方向ではなく、重力と直角に噴射した。ねじ曲げられた力を、そのまま旋回の加速に変換している。
『……重力を利用して、加速した……?』
『嘘でしょ……あれ、わざとやってますよね?』
周李龍の目が、見開かれた。
(……まさか。重力変化を、推進力に変換しているのか……!?)
もう一度、岩を飛ばす。迅が横に弾かれる。だが弾かれた方向にスラスターを合わせ、弾かれた勢いごと加速に変える。
速い。
先ほどまでより、明らかに速い。
(こいつ……重力に逆らうのをやめた。重力を、乗りこなし始めている……!)
迅は、走りながら呟いていた。
「……そうか。そういうことか」
機体に語りかけるように、独り言が漏れる。
「今までの僕たちの世界とは、違うんだ」
重力が変わる。方向が変わる。上下左右の概念が、一瞬ごとに塗り替えられる。
普通なら混乱する。普通なら制御不能になる。
だが、迅はもう混乱していなかった。
「新しいデバイスの時もそうだった。最初は違和感だらけだったけど、慣れたら……もう、前には戻れなかった」
重力が変わるたびに、スラスターの角度が変わる。変化に合わせるのではなく、変化を利用して、人間の反射では到達できない軌道を描いていく。
「G流G流の重力変化も、同じだ。慣れれば、これは足枷じゃない。……新しい翼だ」
迅の機体が、重力の中を舞い始めた。
上下左右に揺さぶられるたびに加速する。重力操作の範囲内にいるほうが、範囲外よりも速い。
周李龍の能力が、迅のスピードを殺すために作られたはずの能力が、迅をさらに加速させている。
「シュトゥルム・ファルコン」
迅は、自分の機体の名前を呼んだ。
「今まで僕たちを縛ってきた、重力っていう鳥かごから……抜け出す時が来たみたいだ」
『迅選手の速度が上がっています!! 重力操作の範囲内で、むしろ加速している!! 迫力雀士さん、これは一体!!』
『……重力変化を推進力に変換してる。落とされる力を、全部、前に進む力に変えてるんだ。……とんでもないな。こんなの、見たことない』
周李龍は、岩を飛ばし続けた。
だが、岩が届かない。迅の軌道が、重力のたびに予測不能な方向に跳ねる。
自分の能力が、自分の攻撃を無効化している。
(くそ……っ! 慣れるのが、早すぎる……!)
歯を食いしばる。
岩では止められない。
だが。
荒野の土煙の向こうから、白い機体が、真っ直ぐに突っ込んできた。
片腕を失い、装甲の大半が剥がれた、ボロボロの白い鷹。
だが、その速度は、この試合で最も速かった。
重力を味方につけた、かつてない加速。
周李龍は、能力パネルに指を置いた。
(……来るか。読んでいた。お前が慣れることも、こうして突っ込んでくることも)
迅の軌道を読む。重力を味方にした直線加速。速い。だが、直線だ。
G流G流。この試合で最後の発動を、周李龍は静かに待っていた。
迅が、笑っていた。
周李龍も、笑っていた。




