第39話 迅vs周李龍②
土煙の中から立ち上がった迅は、機体の状態を確認した。
装甲の凹み。HPの微減。致命的ではないが、開幕で無傷のまま攻撃に移れなかったのは、予選を通じて初めてのことだった。
「重力操作か……。なるほど、僕の速度を殺しにきたわけだ」
迅は、スラスターの出力を落とした。
全速で突っ込めば、また地面に叩きつけられる。ならば、距離を詰めるアプローチを変える。
中速で、慎重に、間合いを詰めていく。
周李龍も動いた。
G・フォールが、地面を蹴って前に出る。右手にサーベルを構え、自ら接近戦を仕掛けてきた。
『行くぞ、迅……!』
サーベルが、迅の胴体に向かって振り下ろされる。
迅はシュトゥルム・ファルコンのサーベルで受けた。
ガギィンッ!!
(……重い!?)
迅の腕が、想定以上の衝撃で弾かれかけた。
G流G流のコストは300。能力にそれだけ振っている以上、攻撃に割けるコストは少ないはずだ。なのに、この一撃は迅のサーベルと拮抗している。
(振り下ろしの瞬間だけ、刃にかかる重力を跳ね上げている……!)
重力操作の応用。剣を振る動作の中で、インパクトの瞬間だけ重力を増幅する。タイミング制御の精度が尋常ではない。低い攻撃コストを、能力の技術で補っている。
『迫力雀士さん! 互角です! 切り結んでますが、周李龍選手が押されていません!!』
『これは驚きましたね。周李龍選手の近接がどうこうっていうより……迅選手がここまで詰められてるのが異常なんですよ。あの速度の機体を乗りこなしてる時点で動体視力が常人じゃないですから、近接でも普通は手がつけられない。それに食らいついてるってことは、周李龍選手、相当仕上げてきてますね』
サーベルの応酬。
迅が横薙ぎに振る。周李龍がサーベルで受け流し、カウンターの突きを返す。迅が半身で躱し、蹴りを合わせる。
切り結びが続くにつれて、周李龍の重力操作の精度が増していった。
迅の右腕にかかる重力が、ほんの僅かだけ上がる。サーベルの振りが、0.05秒だけ遅くなる。
次の瞬間、迅の左脚の重力を横方向にずらす。踏み込みの軸が、微かにブレる。
(……戦闘中に、部位ごとの重力を細かくいじっている……!?)
迅は、自分の機体に生じる不自然な「ズレ」を感じ取っていた。
右腕が重い。左脚が滑る。身体の各部位が、微妙にバラバラの力で引っ張られている。
『これは……! マイクさん、見えますか? 周李龍選手、切り結びながら迅選手の各部位に個別に重力干渉を入れてますよ!』
『切り結びながら!? 同時にですか!?』
『普通はできないですよ、こんなの。テンプレの戦い方を完璧に体に入れてるから、剣を振りながら能力操作に意識を回せる。日本大会に選ばれるだけのことはある。……実力、折り紙つきです』
迅の動きが、目に見えて鈍り始めていた。
重力干渉が、迅の最大の武器である速度を、少しずつ削いでいく。
周李龍のサーベルが、迅の左肩を浅く切った。
迅は、距離を取ろうとした。
腹に蹴りを入れて、後方へ弾き飛ばす。
だが、周李龍は吹き飛ばされなかった。
蹴られた瞬間、自分自身にかかる重力の方向を前方に切り替え、吹き飛ぶ力を相殺していた。
(……重力で、ノックバックを消した!?)
距離が、開かない。
周李龍が、再びサーベルを振る。重力を乗せた一撃が、迅の装甲を削る。
HP8割。7割。
迅は、歯を食いしばりながらも、口元の笑みを消さなかった。
「……すごいな、周さん。本当に、全部用意してきたんですね」
『当然だ。お前のために、この3ヶ月を使った』
周李龍が、さらに踏み込む。
迅を壁際に追い込むように、重力を調整しながら、一歩ずつ圧力をかけていく。
(ここまで削った。ここで終わらせる――!)
周李龍が、迅の上半身にかかる重力を、一瞬だけ上方に切り替えた。
迅の身体が浮き上がる。足が地面から離れる。
空中に浮いた迅を、重力を戻して叩き落とす。その着地の隙に、サーベルを叩き込む。
これまで何度か成功したコンボだった。
だが。
上方に重力が切り替わった瞬間、迅は逆らわなかった。
むしろ、自らスラスターを噴かして、上昇に乗った。
(……!? 乗った!?)
考える前に、身体が反応していた。
散々叩き落とされてきた中で、重力が切り替わる瞬間の空気の微かな歪みを、迅の反射が捉えていた。思考を介さない、経験が生んだ純粋な反射。
上空に逃れた白い鷹が、荒野の空に舞い上がる。
周李龍の重力操作の有効範囲から、一気に離脱する。
『抜けた!! 迅選手、上空に離脱!! 周李龍選手の重力操作から逃れました!!』
『重力の切り替えタイミングを……体で覚えたのか。考えて読んだんじゃない、経験が反射を産んでる。あの短時間で。……化け物か、この人は』
◇
同時刻。凪としろっぷの控室。
モニターの前で、凪と真白が並んで試合を見ていた。
『……あの重力操作、厄介ですね。距離を詰めても近接でも機能する』
「うん。でも迅が慣れ始めてる」
『ええ。あの重力の切り替えに乗ったのは、もう対応し始めている証拠です。……あそこから、どう攻めるか』
◇
上空に逃れた迅は、旋回しながら、周李龍を見下ろしていた。
(範囲は広くない。離れれば干渉は切れる)
だが、距離を取るだけでは勝てない。迅の武器は速度と近接だ。ライフルは持っていない。
仕留めるには、もう一度、あの重力の中に飛び込まなければならない。
周李龍が、地上から迅を見上げていた。
『……降りてこないのか?』
「降りますよ。……もう少しだけ、待ってください」
迅は、呟いていた。
小さく、自分だけに聞こえる声で。
「あと少し……あと少しで、掴める」
何かを、手繰り寄せようとしている。
予選の数百戦で磨いてきた感覚の、さらにその先。新デバイスが伝える直感入力の精度を、もう一段だけ引き上げようとしている。
「掴めれば……僕は、もう一歩先へ行ける」
上空で、白い機体が、静かに加速した。
きりもみ回転。
スラスター全開で、地上に向かって急降下する。自ら重力操作の範囲に飛び込んでいく。
『来た!! 迅選手、急降下!! 自分から突っ込んでいく!!』
周李龍が、能力を全開にした。
『――G流G流!!』
急降下する迅に、横方向の重力がかかる。きりもみの軌道がねじ曲げられ、地面に叩きつけられる。
ドゴォンッ!!
荒野に2つ目のクレーターが刻まれた。
さらに周李龍は、倒れた迅を岩場に向かって横方向の重力で引きずっていく。
岩に激突。装甲が砕ける。
もう一度、別の岩場へ。接触ダメージを稼ぐ。
『ガンッ!! ガンッ!! 迅選手が岩場に叩きつけられています!! これは厳しい!!』
『地形と落下ダメージで削っていく戦法ですね。攻撃コストが低い分、能力で接触ダメージを稼ぐ。考えてますねえ……』
迅のHPが、6割を切った。5割。
左腕の装甲が、大きくひしゃげている。関節部が露出し、火花が散っていた。
周李龍が、追撃のためにサーベルを構えて走り寄る。
(ここだ。ここで仕留め――)
その時。
クレーターの底から、迅の声が聞こえた。
「……あと、少し」
ぼろぼろの白い機体が、ゆっくりと立ち上がる。
左腕が、もげかけていた。肩の接合部から千切れかけた左腕が、一本のケーブルだけでぶら下がっている。
「あと、少しで――」
迅の目が、周李龍を捉えた。
笑っていた。
片腕を失いかけ、HPを半分以上削られ、全身がボロボロの状態で。
この男は、まだ笑っていた。
その笑みは、先ほどまでのものと、どこか違っていた。
周李龍の足が、一瞬だけ止まった。
(……こいつは、何を狙っている?)
背筋に、冷たいものが走った。
機体名:G・フォール
タイプ:ヒューマン型
HP:300
攻撃:30
防御:200
スピード:100
能力:G流G流(300)
武器:小太刀(10)
余剰コスト:60
総コスト:1000 / 1000




