第38話 迅vs|周李龍《ショウ・リーロン》①
1回戦、第1試合。
選手入場のアナウンスが流れる前に、控室の隅で、周李龍は静かに目を閉じていた。
(……挑戦しに来た)
この男との公式戦の戦績は、0勝7敗。
一度も、勝ったことがない。
初めて当たったのは2年前のオンライン大会。あの時は、開始3秒でコアを貫かれた。何が起きたのか、理解するのに3日かかった。
以来、何度機体を変えても、何度メタを張っても、迅・ソニックという壁は越えられなかった。
(だが、今日は違う)
周李龍は、目を開けた。
推薦枠を蹴って、予選に降りた男。「たくさん戦えるほうがいい」と笑って、招待を断った男。
尊敬している。
同時に、嫉妬している。
あの無邪気さが、あの純粋さが、あの圧倒的な才能の上に乗っていることが、どうしようもなく眩しい。
(俺には、ああはなれない。だから、俺のやり方で勝つ)
控室の扉が開いた。
スタッフが、入場の準備ができたことを告げる。
周李龍は立ち上がり、ダイブポッドへ向かった。
◇
メインステージ。
巨大なスクリーンの前に、実況席が設けられていた。
『――さあ、いよいよ日本選抜・本選トーナメント、1回戦第1試合が始まります! 実況は私、マイク富岡がお送りします!』
隣の席で、派手なヘッドセットをつけた男が片手を上げた。
『解説は、元プロプレイヤーの迫力雀士さんです。よろしくお願いします!』
『よろしくー。……いや、すごいカードですね、いきなり』
『ですよね!! 予選全勝の迅・ソニック選手と、招待枠の周李龍選手! 上位ランカー同士の激突です!』
『周李龍選手は、相手に合わせて機体を変えてくるプレイヤーとして有名ですからね。テンプレのフレームや能力を組み合わせて、対戦相手をメタる。対策の精度が光るプレイヤーです』
『今回は、どんな機体で来るんでしょうか!!』
『それが最大の注目ポイントですよ。愛機の《セオリー》で来るのか、それとも迅選手専用の対策機を組んできているのか』
フィールドがロードされていく。
広大な荒野。起伏のある大地に、岩場が点在する。遮蔽物は少なく、速度がそのまま戦力になるオープンフィールド。
(……この地形、迅に有利だ。だが)
周李龍は、自分の機体のコンソールを確認した。
今日、ここに持ち込んだのは、《セオリー》ではない。
ヒューマン型。HP・防御厚めの中量級。
見た目はテンプレに近い堅実なフレーム。だが、その内側に、迅を「落とす」ための能力が仕込まれている。
機体名、G・フォール。
『おおっと!! 周李龍選手、愛機の《セオリー》ではない機体で登場です!! 迫力雀士さん、これは!?』
『ヒューマン型ですね。……能力持ちだ。迅選手に対して、明確にメタを張ってきました。さすがですね』
フィールドの反対側に、白い機体が立っていた。
巨大なスラスターを直結した、速度の権化。《シュトゥルム・ファルコン》。
迅が、オープンチャンネルで声を発した。
「ショウさん、今日は別の機体なんですね」
爽やかな声。いつもの敬語。
『……ああ。7回辛酸を舐めさせられましたからね。今日は、本気で勝ちに来ました』
周李龍の声は、静かだったが、芯が熱かった。
「……いいですね」
迅の声のトーンが、一段だけ変わった。
「その心意気、僕の全力で応えます」
周李龍は、コンソールの能力パネルに指を置いた。
『……ああ。全力で来い、迅』
試合開始のカウントダウンが始まった。
3。2。1。
ゼロ。
迅が、弾けた。
白い機体が、開幕と同時にスラスター全開で直進する。いつも通りの、開幕の一撃。予選で数百人を沈めてきた、最速の初手。
『出た!! 迅選手のロケットスタート!! 開幕から全速ッ!!!』
残像を引きながら、白い鷹が荒野を駆ける。
迅のサーベルが、周李龍のコアめがけて一直線に伸びる。
周李龍は、動かなかった。
その場に立ったまま、不敵に、笑った。
能力パネルを、起動する。
『――能力発動。G流G流』
空気が、変わった。
迅の機体が、突然、下に引っ張られた。
全速で直進していたシュトゥルム・ファルコンの推進軸が、真下にねじ曲げられる。
「っ――!?」
重力の方向が、変わっていた。
前に進もうとする力が、そのまま地面に叩きつける力に変換されている。
全速のスラスター出力が、そのまま落下の速度に乗った。
ドォォンッ!!
荒野の地面に、白い機体が叩きつけられた。
土煙が爆発的に舞い上がり、地面にクレーターが刻まれる。
『迅選手、地面に激突!!! 何が起きたんですか迫力雀士さん!!!』
『G流G流……! 重力操作の能力ですね。コスト重いんで使う人ほとんどいないんですけど、これを迅対策で持ってきたか。ただでさえ高機動で目まぐるしく動く迅選手ですからね、重力の加わる方向が変わるだけでも操作感は相当鈍るはずですよ。厄介な能力持ってきましたね』
土煙の中。
白い機体が、ゆっくりと起き上がる。
装甲の一部が凹んでいる。HPが、僅かに削れていた。
迅は、土埃を払いながら、笑った。
「……へえ」
その声は、嬉しそうだった。
「重力操作か。面白いもの持ってきましたね、ショウさん」
周李龍は、不敵な笑みを崩さなかった。
『言ったでしょう。今日は、勝ちに来たと』




