第34話 自由
プライベートマッチの余韻を引きずったまま、凪は予選に戻った。
最終日の残り時間は、あと数時間。
ポイントは12,418。4位圏内まで、まだ距離がある。ドウジマとの試合で予選の時間を使った以上、ここから一気に稼がなければならない。
次のマッチング。相手は中量級のロボット型。テンプレ構成のライフル+シールド持ち。
凪は先手を取った。糸を右の柱に飛ばし、振り子加速で側面に回る。ピラリスの突き。
だが、突きの軌道を選ぶ瞬間、脳裏にドウジマのシールドの角度がよぎった。
(……テンプレの対処で、この角度は――)
0.03秒の逡巡。
突きがわずかに遅れた。相手のシールドが間に合い、杭が弾かれる。
カウンターのライフルを、糸で身体を引いてギリギリ回避する。左肩を掠めた。
(……考えすぎている)
その後、凪は勝った。だが、勝つまでに3分以上かかった。普段なら1分で終わる相手に。
『――Winner, 凪』
試合後、ガレージに戻る。
しろっぷが、ソファに寝転がったまま、天井を見上げていた。
「ねえ凪」
『……はい』
「さっきの試合、つまんなかったでしょ」
凪の手が、止まった。
「私が見ててそう思ったんだから、あんた自身はもっとそう感じてるはず」
凪は、答えなかった。
答えられなかった。
「ドウジマのおじさんのこと、まだ考えてるんでしょ」
『……少し』
「テンプレが正しいとか、自分の道がどうとか」
『……ええ』
しろっぷは、ソファの上で寝返りを打った。
「あのさ」
天井を見ながら、いつもの気怠げな声で言った。
「あんたの機体、好きだよ。私のクリサリスも、凪のアルカナも」
『……』
「あんたが作った機体は、全部、自由じゃん」
凪は、しろっぷを見た。
「好きな形に作って、好きなように動かせる。杭で殴ってもいいし、糸で縛ってもいいし、手のひらで撃ってもいい。なんでもアリ。……それって、このゲームそのものでしょ」
しろっぷが、ごろりと横を向いて、凪の目を見た。
「フリーダム・フロントだよ? 自由に作って、自由に戦う。どんな機体でも作れるし、どんな戦い方でもできる。ビルド次第で、できないことなんてない」
退屈そうな目。だが、その奥に、揺るぎのない確信があった。
「テンプレが正しいとか間違いとか、そんなの知らないよ。でもさ」
しろっぷは、少しだけ笑った。
「所詮ゲームじゃん。でも、ゲームだからこそ本気で楽しめる。……あんたが一番分かってるでしょ、そういうの」
凪は、しばらく動かなかった。
所詮ゲーム。でも、ゲームだから。
自由に作って、自由に戦う。
(……そうだ。僕は、そのために設計してきたんじゃないか)
テンプレが正しいかどうかなんて、答えを出す必要はなかった。
ドウジマにはドウジマの道がある。凪には凪の道がある。
どちらが正しいかじゃない。
どちらが楽しいかだ。
凪は、小さく、笑った。
『……しろっぷ』
「ん?」
『もう1回、潜ります』
「うん」
『今度は、楽しんできます』
しろっぷが、にやっと笑った。
「最初からそうしなよ」
◇
次のマッチング。相手はスピード型のロボット。
試合が始まった瞬間、凪は糸を3方向に同時に飛ばした。
右の壁。左の天井。正面の床。
3本の糸が、フィールドの空間を三角形に切り取る。
(……普段なら、こんな使い方はしない。糸のストックがもったいないから)
だが、今はそんな計算が、頭の中から消えていた。
3本の糸を同時に引き、身体を空中に吊り上げる。重力を無視した三次元機動。相手のスピード型が見上げた時には、凪はすでに頭上を取っていた。
(……こういうのも、ありだ)
ピラリスを真下に向けて、落下の全体重を乗せた急降下突き。
相手は横に跳んで回避する。だが、凪は杭が地面に突き刺さる前に、もう次の糸を飛ばしていた。
着地しない。
地面に触れないまま、糸だけで空間を渡り歩き、3次元的に相手を翻弄する。
『な……っ、なんだこいつ……!?』
相手のオープンチャンネルから、困惑の声が漏れた。
同じプレイヤーのはずなのに、さっきまでログで見ていた動きと全然違う。型がない。パターンがない。次の動きが、まったく読めない。
凪は、楽しんでいた。
ピラリスが閃く。1撃。コアを貫く。
『――Winner, 凪』
38秒。
◇
そこから、凪は止まらなかった。
『――Winner, 凪』
『――Winner, 凪』
『――Winner, 凪』
連勝ボーナスが再び積み上がっていく。倍率込みのポイントが、一戦ごとに跳ね上がる。
やがて。
『――予選終了。全マッチングを締め切ります』
システムアナウンスが、予選の終わりを告げた。
最終ランキングが、ゆっくりと画面に表示される。
予選通過者――上位4名。
1位 迅・ソニック 18,412pt (敗北数:0)
2位 マセガキィ 15,877pt
3位 凪 15,204pt
4位 さくせすT 14,986pt
凪の指が、ようやく止まった。
(……通った)
3位。予選通過。
最終日の後半だけで4,000近いポイントを積み上げていた。しろっぷと話した後の連勝が、そのまま数字に表れている。
さくせすTは、最後の数時間で一気に上位を食い荒らし、4位に滑り込んでいた。
画面をスクロールする。
ドウジマ・ジ・エンドの名前は、4桁順位の中に埋もれていた。最終日の後半、予選に一度も潜らなかったのだろう。
真摯なキリンは80位。上位の壁を越えきれなかった。
凪の視線が、再び1位に戻った。
迅・ソニック。18,412pt。
敗北数、0。
予選7日間。数百戦。一度も負けていない。
2位に2,500以上の差をつけた、圧倒的な1位。
しろっぷが、凪のモニターを覗き込んだ。
「3位じゃん。やるね」
『……ええ』
「本選、楽しみだね」
凪は、迅の名前の横に並ぶ『0』の数字を、静かに見つめた。
『……ええ。楽しみです』
今度は、嘘ではなかった。




