第32話 凪VSドウジマ④
第32話 凪vsドウジマ③
オーバーブーストの猛攻が、アリーナを揺らしていた。
赤熱したプロトコルが、先ほどまでとは別次元の速度で踏み込んでくる。ライフルの連射が壁を穿ち、サーベルが閃光のように空を裂く。
凪は後退しながら、ピラリスで必死に捌いていた。
(……速い。手数も重さも、さっきまでと段違いだ)
オーバーブーストの恩恵。防御とスピードにバフが乗るロボット型の覚醒が、テンプレの型をさらに加速させている。3つの武装の回転が、もはや目で追うのがギリギリの領域に達していた。
サーベルの横薙ぎ。凪はピラリスで受けた。
衝撃で右腕がしびれる。押し込まれて壁際まで後退する。
ライフルに切り替え、至近距離からの連射。凪は横に跳んで回避するが、着地を狙ったサーベルの追撃が左脚を掠めた。
HP6割。5割。
削られていく。
「なぜだ」
ドウジマの声が、戦闘の最中に響いた。
「なぜ、お前もオーバーブーストを使わない」
赤熱した機体が、凪を壁際に追い詰めながら吠える。
「お前もロボット型だろう。出し惜しみしている場合か」
凪は、サーベルの一撃をピラリスの腹でいなしながら、静かに答えた。
『……オーバーブーストは、諸刃の剣です。僕は使いません』
ドウジマの目が、わずかに細くなった。
「……変わった男だ」
「なら、このまま押し潰す」
サーベルが加速する。
赤熱した関節が軋みながらも、テンプレの型は崩れない。3年間磨き続けてきた筋肉の記憶が、覚醒の出力に乗って凪を追い詰めていく。
ピラリスで受ける。弾く。受ける。弾く。
左腕のビームを撃とうとする。だがドウジマはビームの射線が通る前にシールドで塞ぎ、そのままサーベルに繋いでくる。
HP4割。
3割。
(……削られすぎている。だが)
凪の視線が、ドウジマの右腕に固定されていた。
オーバーブーストの代償。赤熱した関節部が、黒く焦げ始めている。フレームが損壊し、サーベルの切り返しに、微かな震えが混じり始めていた。
0.1秒のズレが、0.15秒になっている。
(……開いてきた)
凪の頭の中で、機会を待ち続けていた回路が、静かに点灯した。
(待て。まだだ。まだ、最も深く開く瞬間じゃない)
ドウジマのサーベルが、上段から振り下ろされる。凪はピラリスで受け流す。
サーベルの1振り目、2振り目。ここまでは完璧だ。
3振り目。
戻りが、遅れた。
0.2秒。
オーバーブーストの負荷と、3年間蓄積してきたフレームの摩耗が重なり、サーベルの3振り目の戻りが、かつてないほど大きく開いた。
(――今だ)
凪の左腕のスリットが、光った。
だが、指が止まった。
ほんの一瞬。コンマ数秒の、凍結。
(……ここだ。僕が、3年間、黙って直し続けていた場所)
サーベルの3振り目の戻り。この関節の遊びを、凪は何百回と調整してきた。ドウジマが気づかないうちに、ドウジマが最も快適に振れる角度に、毎回、微調整を入れていた。
それを、今、攻撃する。
(直していた場所を、壊す)
(……本当は、直したかった。今も)
(だが、裏方は、もう終わりだ)
左腕から、糸が走った。
3本。
ドウジマの右腕の関節、肩の接合部、そして背面のフレーム接続部。サーベルの3振り目が戻りきる前の、0.2秒の空白に、糸が巻きつく。
「なっ……!?」
ドウジマが引き剥がそうとする。だが、糸は関節の隙間に食い込んでいた。
凪が、糸を引いた。
ブチッ、ブチッ、と。
プロトコルの右腕の神経ラインが、根本から断裂した。
「がっ……!」
右腕が、だらりと垂れ下がる。サーベルが手から零れ落ちた。
さらに、糸は肩から背面へと走り、左半身の駆動系を巻き込んでいく。
ガギギ、と。左脚のフレームが軋み、出力が半減する。
プロトコルの左半身が、完全に沈黙した。
右腕のサーベルを失い、左半身の機動を封じられた《プロトコル》が、片膝をついた。
赤熱していたオーバーブーストの光が、急速に色褪せていく。
凪は、ピラリスを構えたまま、静かに立っていた。
『……ここまでにしましょう、ドウジマさん』
ドウジマは、片膝をついたまま、顔を上げた。
「……断る」
低い声。
右腕は動かない。左半身も動かない。残っているのは、右脚と、左手に握ったライフルだけ。
「まだ、動く」
プロトコルが、片脚で立ち上がった。
左手のライフルを、凪に向ける。半壊した機体が、それでもなお、テンプレの構えを崩さなかった。
(……この人は)
凪は、わずかに目を見開いた。
ボロボロの機体。動く部位のほうが少ない。それでも、ライフルの銃口は、正確に凪の胸を捉えていた。
『……わかりました』
凪は、ピラリスを構え直した。
ドウジマが、ライフルを撃つ。
凪は横に動き、弾を避ける。
もう1発。避ける。
もう1発。ピラリスで弾く。
半壊した機体からの射撃は、先ほどまでの猛攻とは比べるべくもない。だが、1発1発の精度は、最後まで揺るがなかった。
テンプレの型が、この男の骨の髄まで染みついている。
凪は、静かに間合いを詰めた。
最後のライフルの弾を、ピラリスの腹で弾く。
ゼロ距離。
ピラリスの先端が、プロトコルのコアに触れた。
1秒。
押し込んだ。
『――Winner, 凪』
赤い文字が、空っぽのアリーナに浮かび上がった。
プロトコルが、ゆっくりと崩れ落ちる。
光の粒子が、静かに舞い散っていった。
◇
リザルト画面。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
やがて、ドウジマの声が、通信越しに聞こえた。
「……お前には、わかるか」
静かな声だった。怒りでも、悔しさでもない。
「あの0.1秒を、ずっと抱えて戦うのが、どういうことか」
凪は、答えなかった。
「お前がいた頃は、気づきもしなかった。お前が抜けて初めて、あそこがズレていると知った。……だが、俺は直せなかった」
一拍。
「それでも、俺はテンプレを捨てない。お前が正しいとは、思わない」
一拍。
「……だが、お前は強かった」
凪は、静かに口を開いた。
『……ドウジマさん。あなたも強かったです。最後まで、型が崩れなかった』
「お世辞はいい」
『お世辞じゃありません。……半壊しても、あなたのライフルは僕の胸を捉えていた。あれは、テンプレの力じゃない。あなた自身の力です』
ドウジマは、しばらく黙っていた。
「……一つ、頼みがある」
『なんですか』
「しろっぷと、戦わせてくれ」
凪の指が、わずかに止まった。
「あいつは、俺の型に収まらなかった。……お前の型で、どうなったのか。この目で見たい」
凪は、少しだけ間を置いた。
『……しろっぷに聞いてみます。ただ、あいつのことですから、断る理由はないと思いますが』
「ああ。……それでいい」
通信が切れた。
凪は、リザルト画面を閉じた。
空っぽのアリーナが、静寂に包まれている。
勝った。
かつての仲間を、かつて調整していた機体を、自分の手で倒した。
その事実が、凪の胸の中で、静かに重みを持ち始めていた。




