第30話 凪vsドウジマ②
フィールドがロードされていく。
暗転した視界に、光が差し込む。
見覚えのある風景だった。
すり鉢状の巨大なスタジアム。
観客のいない、空っぽの闘技場アリーナ。
(……ここか)
凪は、静かに息を吸った。
ここで、すべてが始まった。
しろっぷがクリサリスで暴れ、りんごぉに敗北し、凪が観客席の最上段から「ズレている」と呟いた、あの場所。
あの日、凪は裏方だった。
今日、凪は戦う側にいる。
フィールドの反対側に、1機の機体が立っていた。
中量級のロボット型。《プロトコル》。
ライフルとシールドとサーベル。三年間、変わらない武装。変わらないシルエット。変わらない、テンプレの王道。
プライベートマッチ。観戦者はゼロ。ログは記録されない。
二人だけの、空っぽの闘技場。
沈黙が、数秒、続いた。
沈黙を破ったのは、ドウジマだった。
「……悪いが、付き合ってもらう」
短かった。
余計な言葉は何もなかった。挑発も、弁明も、感傷もない。ただ、戦え、と。
凪は、ピラリスを構え直した。
『……ええ。望むところです』
試合開始。
先に動いたのは、ドウジマだった。
ライフルの3点バースト。中距離から、正確に、凪の足元を撃つ。
牽制ではない。移動先を潰す射撃だ。
凪が右に動けば右を撃ち、左に動けば左を撃つ。凪の移動ルートを射線で塗り潰しながら、プロトコルが一歩ずつ距離を詰めてくる。
(……攻めてくる)
凪は、ピラリスを構えながら後退した。
ドウジマのテンプレは、守備型ではない。ライフルとサーベルの矢継ぎ早の攻撃で敵を押し込める、攻勢のテンプレだ。
距離が詰まる。ライフルからサーベルへの持ち替え。その切り替えに、隙がない。
サーベルが閃く。
凪はピラリスで受けた。
ガギンッ!
重い。
だが、それ以上に正確だった。サーベルの軌道が、教科書から切り取ったように無駄がない。振り、戻し、次の振り。すべてが型に沿っている。
凪はピラリスで弾き返し、カウンターの突きを放った。
シールドが、完璧な角度で割り込んだ。
杭の先端が、盾の表面を滑って逸れる。
(……硬い)
続けて糸を放つ。ドウジマの右脚を絡め取ろうとする。
ドウジマは糸が巻きつく前に半歩退き、ライフルに持ち替えて射撃。凪の糸を射線で制圧し、強制的に引き戻させた。
(杭は盾で受け、糸はライフルの射線で潰す。……全部、対処法が用意されている)
テンプレとは、そういうものだ。
数千のプレイヤーが、数万の試合を経て磨き上げた「正解の動き」。杭使いへの対処。糸使いへの対処。ビーム持ちへの対処。すべてが体系化され、型として確立されている。
凪の武装は確かに独自だ。だが、武装の系統としては近接+拘束+ビームの複合型。テンプレの教科書には、複合型への対処の章がちゃんと存在する。
(読める。全部読める。次に何をするか、どう動くか、すべて予測できる)
だが、読めても崩せない。
予測通りの動きが、予測通りの精度で、予測通りのタイミングで来る。型通りだからこそ、崩す隙がない。
これが、テンプレの強さだ。
ドウジマのサーベルが、再び迫る。上段からの振り下ろし。
凪はピラリスで受け、押し返そうとした。
だが、ドウジマは押し返される前に半歩引き、サーベルの角度を変えて横薙ぎに繋ぐ。
凪の左腕を掠めた。装甲が薄く削れる。
(……速い。手数が多い。反撃の隙を、一切与えない)
ライフルで押し、サーベルで詰め、シールドで守る。三つの武装が絶え間なく回転し、凪に息をつく暇を与えない。
三年前、一人の天才プレイヤーが、この戦い方の原型を作った。
プレイヤーネーム、S・ハカー。
当時の環境を完全に支配した伝説のテンプレ。ライフル、サーベル、シールドの三種の武装を高速で回転させる攻勢型の立ち回り。それを誰でも再現できるように体系化し、環境に広めた男。
S・ハカーはとっくに引退している。だが、彼が残した型は、今もなお環境の基盤として機能し続けている。
ドウジマは、その型の継承者の一人だった。
三年間、同じ機体で、同じ型を、ただひたすらに磨き上げてきた男。
伊達じゃない。
凪のHPが、少しずつ削られていく。
八割。七割五分。
攻めているのはドウジマだ。凪は、防戦に回っている。
ビームを撃とうとした。左腕のスリットが光る。
だが、ドウジマはビームの射線が通る前に、シールドを構えてライフルの連射で凪の姿勢を崩していた。ビームを撃つ暇がない。
(……左手のビームすら、封じられている)
凪は、歯を食いしばった。
(テンプレは弱いなんて、一度も思ったことはない。思ったことは、ない。だが――)
ドウジマのサーベルが、凪の右肩を浅く切り裂いた。
火花が散る。凪が後退する。
ドウジマが、初めて口を開いた。
「……お前の機体は、確かに面白い」
低い声。息も切れていない。
「杭、糸、ビーム。独創的で、完成度も高い。……だが、独創的なだけだ。テンプレの前では、独創性は弱さになる」
ライフルを構え直す。
「型があるから、対処ができる。対処ができるから、崩れない。お前の"思想"とやらは、先人たちが積み上げてきた数万の試行錯誤を、超えられない」
凪は、削られた右肩を庇いながら、ドウジマを見返した。
その瞳の奥で、何かが静かに動いていた。
(……0.1秒)
見えている。
ドウジマのサーベルの切り返し。三振り目の戻りが、0.1秒だけ遅い。
かつて凪が、何も言わずに直していた場所。
今も、そこにある。
だが、今ここで突いても、ドウジマは対応する。あの安定感は、一つの穴を突かれた程度では崩れない。すぐに型を修正し、次からは同じ隙を見せなくなる。
(……待て。この猛攻を凌ぎながら、作るんだ)
あの0.1秒が、最も致命的に開く瞬間を。
『……続けましょう、ドウジマさん』
ピラリスを握り直す。
アリーナの中央で、黒い機体と、テンプレの王道が、再び間合いを詰めた。




