第29話 ドウジマ①
最終日、午後。
ドウジマ・ジ・エンドの《プロトコル》は、百五十八戦目を迎えていた。
フィールドは渓谷。眼下に広がる断崖を背に、中量級のロボット型が崩壊していく。
『――Winner, ドウジマ・ジ・エンド』
勝利。だが、ドウジマの表情は晴れなかった。
右肩の装甲に、浅い斬傷が残っている。以前なら、絶対に食らわなかった角度の一撃だった。
(……また、ズレた)
サーベルの切り返し。〇・一秒の遅延。
凪を追放した後、チームに新しい調整係チューナーを入れた。腕は悪くない。言われたことは正確にこなす。だが、凪のように「言われる前に直っている」ことはない。ドウジマ自身も気づかないような微細なノイズを、凪は黙って消していた。
今の調整係では、そこまで届かない。自分で触ろうとしても、別の場所がズレる。
(問題ない。この程度の誤差は、テンプレの安定性が吸収する)
事実、勝ち続けている。ポイントは着実に積み上がっている。テンプレの戦術は、小さな綻びがあっても、全体の安定感で勝利を拾える。それがテンプレの強さだ。
ドウジマは、ランキングボードを開いた。
15位 ドウジマ・ジ・エンド 11,519pt
(……14位との差は、300程度。倍率込みで、あと数戦勝てば追いつける)
視線が、一つ上の名前で止まった。
14位 凪 11,842pt
凪。
自分が追放した裏方。オカルト信者の理屈屋。結果も出せなかった調整係。
それが今、自分のすぐ上にいる。
(……くだらない。あいつのピーキーな機体が、ここまで持っているだけだ。いずれ限界が来る)
だが、ドウジマの指は、無意識にランキングの隣の戦績欄を開いていた。
凪の予選戦績。勝率。使用機体の概要。
そして、最新の一戦――『DEFEAT』の赤い文字。
(……負けたか)
連勝ボーナスがリセットされ、ポイントの伸びが鈍っている。
(当然だ。ああいう独りよがりの設計は、対策されれば脆い)
ドウジマは、戦績欄を閉じた。
だが。
閉じた画面の向こうで、ドウジマの頭の中には、別の思考が回り始めていた。
(今なら、追いつける)
(……違う。追いつくだけじゃない。あいつを、下に落とす)
否定する。それは計算の問題であって、感情ではない。
(テンプレの正しさを、直接証明する機会だ)
テンプレートとは、先人たちの研究の結晶だ。
数千、数万のプレイヤーが、膨大な試行錯誤の末にたどり着いた「最も多くの人間が、最も安定して勝てる形」。それは個人の才能やセンスに依存しない。誰でも再現できる。だからこそ強い。
凪のような人間は、それを否定する。
「完成度」だの「思想」だの、聞こえはいい。だが、その実態は、天才だけが扱える独りよがりの特注品ワンオフだ。凡人には再現できない。広まらない。環境を変えない。
テンプレは違う。
テンプレは、弱者が強者になるための道だ。
才能のない人間でも、正しい型を正しく使えば、勝てる。それを証明することが、ドウジマの矜持だった。
(……あいつの"思想"とやらが、先人たちの研究を超えられるわけがない)
ドウジマは、対戦申請画面を開いた。
検索欄に、四文字を打ち込む。
凪。
指が、送信ボタンの上で止まった。
数秒。
――本来なら、押す理由はない。
押した。
◇
同時刻。
凪のガレージ。
凪は、敗北後の六戦目を終えたところだった。
『――Winner, 凪』
勝利。だが、凪自身が一番よく分かっていた。
調子が悪い。
真摯なキリンに読み切られた記憶が、頭の片隅にこびりついている。右腕の遅延は修復したが、思考のどこかで「この最適解は、本当に最適か」という疑念が、〇・〇一秒だけ判断を遅らせている。
(……引きずっている)
分かっている。だが、自覚したところで消えるものではない。
負けたことが悔しいのではない。
自分の合理性を、そのまま利用されたことが、刺さっている。
ポイントを確認する。
凪 12,418pt
4位のGURENは13,200台。差は約800。倍率込みで、あと数戦勝てば届く。
だが、連勝ボーナスがリセットされた今、一戦あたりのポイント効率は落ちている。余裕はない。
(次のマッチングを――)
その時。
画面の端に、一件の対戦申請が点滅した。
ドウジマ・ジ・エンド。
凪の指が、止まった。
添えられたメッセージは、なかった。
名前だけが、無言で画面に表示されている。
しろっぷが、ソファの上から凪のモニターを覗き込んだ。
「あ」
短い声。
「来たね」
凪は、画面を見つめたまま動かなかった。
「……ねえ凪。これ、プライベートマッチでしょ」
しろっぷが、首を傾げた。
「予選のポイント、つかないよね?」
その通りだった。
プライベートマッチは、ランキングに反映されない。ドウジマが送ってきたのは、予選のポイントとは無関係の、純粋な一対一の対戦申請だ。
最終日の残り時間は限られている。ここでプライベートマッチを受ければ、その分だけ予選のランクマッチに使える時間が減る。
合理的に考えれば、無視して予選を回し続けるのが正解だ。
「あんた、今ポイント足りてないでしょ。ここで寄り道してる余裕、ある?」
しろっぷの問いは、正しかった。
凪にも分かっている。
だが。
画面に浮かぶ、あの男の名前を見ていると、頭の中の計算とは別のところで、何かが動いていた。
(……今、やらなければいけない気がする)
理屈ではなかった。
凪自身、自分のこの感覚が何なのか、正確には分からなかった。
ドウジマへの怒りか。追放された日への決着か。テンプレ至上主義への反論か。
それとも、三年間、あの男の機体を隣で調整し続けた、名前のつかない何かか。
『……受けます』
しろっぷが、凪を見た。
凪の声は静かだったが、迷いはなかった。
『ポイント的には合理的ではありません。でも、これを後回しにしたら……たぶん、明日の僕は、今日より弱い』
しろっぷは、しばらく凪を見つめていた。
それから、ふっと笑った。
「ふーん。あんたがそういうこと言うの、珍しいね」
少しだけ間を置いて。
「じゃあ、ちゃんと勝ちなよ」
凪は、受諾ボタンを押した。
あ
『――プライベートマッチ・成立』
画面が、赤く切り替わった。
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