第25話 迅vs鬼道破邪②
鬼道破邪の踏み込みは、見た目の重さに反して、鋭かった。
白銀と深紅のスーツが草原の風を裂き、コンパクトなハンマーが横薙ぎに振り抜かれる。
迅は右手のサーベルで受けた。
ガギィンッ!!
(……重い)
迅の腕に、想定以上の衝撃が走った。
ハンマーのサイズは小さい。だが、変身後のステータスが乗った一撃は、見た目から想像できない質量を伴っていた。
サーベルの刀身に、細い亀裂が入る。
『もう一発!』
鬼道破邪が、間髪入れずハンマーを振り上げる。
迅はサーベルで受けるのを避け、スラスターを吹かして横に跳んだ。
(受けちゃダメだな、これ。何発か受けたら剣が折れる)
距離を取り直す。だが、鬼道破邪は追ってくる。
速い。迅のスラスターの加速に、変身後のブースターがしっかり追従してくる。
(速度も防御もこの硬さか。コスト一〇〇〇超えは伊達じゃないな。……攻撃とスピードに振ってるのに、なかなか削れない)
ハンマーの連打。左右、上段、下段。小さな武器だからこそ取り回しが速く、振りの間隔が短い。
迅は回避に専念しながら、ハンマーの振りの間隙を縫ってサーベルの切っ先を滑り込ませる。鬼道破邪の左肩を浅く切り裂いた。
『っ……!』
『当たるけど、浅いな。この防御力、厄介だ』
迅は軽く呟きながら、再び距離を取る。
鬼道破邪が、ハンマーを下ろした。
『……やはり、速いですね。このままでは当たりません』
丁寧な声。だが、その瞳は諦めていない。
左手がカートリッジBOXへ伸びる。一枚のカートリッジを引き抜き、ベルトにセットした。
『《幻装チェンジ!》』
ベルトの電子音声が叫ぶ。
ハンマーの頭部が光を放ち、形を変える。コンパクトだった打撃面が鋭く伸び、先端が螺旋を描いて巨大なドリルへと変貌した。
『お願いします、英雄たちの力……!』
鬼道破邪が、ドリルを正面に構えて突進する。
回転する螺旋の先端が、空気を裂いて迫ってくる。
(まっすぐか。読みやすい)
迅は横にステップ。ドリルの突進をかわし、すれ違いざまにサーベルを振る。
だが。
鬼道破邪は、突進の途中でドリルを地面に突き立てた。
回転するドリルが地面を抉る。その反動で、機体が軸を中心にして高速で旋回した。
遠心力を乗せた回し蹴りが、真横から迅の胴体に叩き込まれる。
ガァンッ!!
『おっ……!』
迅の口から、初めて驚きの声が漏れた。
被弾。胴体装甲に浅い凹み。致命的ではないが、確かな衝撃。
『すみません、今のは上手くいきました』
『……謝んなよ。面白いじゃん』
迅は笑いながら、即座に間合いを詰めた。
(このデバイスに変えてから、こういう微調整が楽になったな)
直感入力型の新デバイス。思った通りに機体が動く。損傷箇所の出力配分を、思考するだけで即座に最適化できる。一般のプレイヤーには小さな変化だが、迅のように極限の速度域で戦う人間にとっては、その「小さな差」が致命的な優位になる。
サーベルの連撃。一発、二発、三発。
鬼道破邪はドリルで受けるが、回転武器では精密な防御は難しい。削られていく。
『……まだ、です!』
再びカートリッジを引き抜く。ベルトにセット。
『《幻装チェンジ!》』
ドリルの螺旋が収束し、今度は長い矛へと姿を変えた。
リーチが一気に伸びる。迅との距離を、矛の間合いで管理しようとしている。
(なるほど。武器を状況に合わせて変える。面白い設計だ)
だが、迅は止まらなかった。
矛のリーチの内側に潜り込み、サーベルで柄を叩く。鬼道破邪の体勢が崩れる。
一撃。胴体を浅く斬る。
もう一撃。左腕の装甲を削る。
削って、削って、削り続ける。
迅の攻撃は一発一発が軽い。だが、当たり続ける。
鬼道破邪は武器を変え、角度を変え、必死に迅の動線を読もうとするが、迅の機動はそのたびに微かに軌道を変え、予測の一歩先を行く。
鬼道破邪のHPが、五割を切った。
四割。三割。
『……くっ……まだ、まだ……!』
二割。
そして。
一割を、割り込んだ。
『――システム規定値到達。パッシブスキル《底力》、起動』
鬼道破邪の全身から、赤黒い光が噴き出した。
(……来た)
迅の目が、わずかに細くなった。
(変身型で、底力。そりゃそうだよな。ヒューマン型なんだから、持ってるに決まってる)
だが、迅が予想していたのは、単純なステータスの上昇だった。
現実は、違った。
赤黒い光の中で、グランベイルの装甲が変質し始めた。
両肩にアーマーが追加される。胸部に重厚なプレートが展開する。腕には新たなプロテクターが重なり、脚部にもブースターが増設される。白銀と深紅のカラーリングはそのままに、全身が一回り大きく、より鋭く、より攻撃的なシルエットへと進化していく。
変身の上に、さらなる昇華。
もはや先ほどまでの軽やかなヒーローではない。歴戦の英雄が、最後の鎧を纏った姿だった。
『……マジか』
迅が、初めて、真顔になった。
鬼道破邪が、ゆっくりと矛を地面に突き立てた。手放す。
両手が、空になる。
右拳に、白銀の光が集まり始めた。
底力の赤黒い発光と、変身の白銀の光が、拳の一点に収束していく。
迅は即座にサーベルを振り抜いた。待つ理由はない。
白刃が、鬼道破邪の肩を斬る。
――止まらなかった。
(……は?)
斬られた鬼道破邪が、一歩も揺れずに前進していた。
被弾の衝撃を、底力の出力で完全にねじ伏せている。慣性すら無視するような、異常な前進。
『《顕現……英雄の拳ッ!》』
ベルトの電子音声が、技名を高らかに叫んだ。
鬼道破邪が、全身のブースターを一斉に噴射して飛び出した。
(速い……っ!)
迅は右へ跳んだ。
拳の直撃はかわした。
だが。
白銀の拳が空を切った瞬間、衝撃波が発生した。
目に見えるほどの空気の歪みが、円錐状に拡散する。
(衝撃波……!? 避けたのに――)
衝撃波が、迅の右半身を叩いた。
直撃ではない。かすっただけだ。
それでも、シュトゥルム・ファルコンの右腕の装甲が、ひしゃげた。
『……っ!』
迅の表情が、変わった。
(この威力、当たってたら終わってた)
鬼道破邪が、振り抜いた拳を戻し、再び構える。
その瞳は金色に燃え、全身から赤黒い光と白銀の光が同時に放射されている。
二撃目が来る。
迅は回避した。今度は大きく距離を取る。
だが、衝撃波が追ってくる。草原の草が、円形に薙ぎ倒される。
かすった衝撃波で、左脚のスラスターが歪んだ。
(……このままだと、負ける)
迅の頭の中に、その言葉が浮かんだ。
予選に降りてきてから、初めて。
だが。
迅は、笑った。
『いいもの見せてもらった。変身と底力の二段重ね。……久しぶりに、ちゃんと痛い』
迅が、地面を蹴った。
鬼道破邪に向かってではない。横へ。大きく旋回しながら、加速。
サーベルを握り直す。その動作から、先ほどまであった「余白」が、静かに消えていた。
元々無駄のない動きだった。だが、今の迅からは、「もう少し見たい」「もう少し楽しみたい」という遊びすら、削ぎ落とされていた。
迅は、遊んでいたわけではない。
すべての試合に、全力で向き合っていた。
だが、全力の中にあった余白が、今、完全に消えた。
残ったのは、純粋な「最短で勝つ」という意志だけ。
旋回しながら、迅は鬼道破邪の死角に回り込んだ。
鬼道破邪が振り返る。三撃目の拳を構える。
その構えの途中。迅のサーベルが、鬼道破邪の左腰を正確に切り裂いた。
カートリッジBOXが、斬り落とされた。
『あ……っ!』
鬼道破邪の顔が、凍りついた。
散らばるカートリッジ。大剣も、ドリルも、矛も、刀も。すべてが、草原に転がっていく。
(武器を……封じられた……!?)
だが、底力はまだ続いている。拳がある。衝撃波がある。まだ戦える。
鬼道破邪が、右拳を握り直して振りかぶった。
その拳が振り抜かれるよりも早く。
迅の姿が、視界から消えた。
背後。
サーベルが閃く。
一撃目。右肩のアーマーが弾け飛ぶ。
二撃目。胸部のプレートが真っ二つに割れる。
三撃目。左腕のプロテクターが斬り落とされる。
底力フォームで追加された装甲が、一つ一つ、正確に剥がされていく。
『あ……っ……』
四撃目。脚部のブースターが切断される。
(速すぎる。見えない。追えない)
鬼道破邪の底力フォームは、確かに凄まじい出力を持っていた。
だが、迅から余白が消えた瞬間、その出力差は、意味を失った。
最後に、迅は鬼道破邪の正面に立った。
『……ありがとう。楽しかった』
迅の声は、穏やかだった。
最後の一閃。
サーベルが、グランベイルのコアを、静かに貫いた。
『――Winner, 迅・ソニック』
草原に、光の粒子が舞い散った。
◇
戦闘終了後。
リザルト画面越しに、鬼道破邪の声が聞こえた。
『……お強い。本当に、お強い』
悔しさの中に、どこか晴れやかさがあった。
『でも、届いたんですよね。一発だけでも。……僕のこの戦い方が、あなたに届いた』
迅は、少しだけ間を置いて、答えた。
『ああ。届いたよ。……痛かった』
嘘のない声だった。
『……ありがとうございます。また、戦ってください』
『うん。次はもっと速くなってるから、覚悟しといて』
通信が切れた。
迅は、コックピットの中で、静かに天井を見上げた。
胴体の装甲は大きく陥没したまま。右腕もひしゃげている。
HP二割。
予選に降りてきてから、初めてまともに削られた。
『……変身型か。まだ、ああいうのがいるんだな』
迅は、小さく笑った。
『予選に来て、よかった』
白い機体が、次のマッチングを開始した。




