第23話 凪vsカミュ②
ストラトスの全身から、熱が溢れ出していた。
背部のメインブースターが、通常の三倍の出力で火を噴く。脚部の補助スラスターが赤熱し、関節部の排熱口から白い蒸気が噴き出す。肩、腕、膝。機体のあらゆる接合部が、内側から焼かれるように赤く脈動していた。
『――ロボット型覚醒、《オーバーブースト》起動』
カミュの声が、オープンチャンネルに流れた。
『ごめんな、凪さん。これ使うと、俺のストラトス、もう変形できなくなる』
飛行形態用のブースターを、人型のまま強制稼働させている。本来なら変形して初めて使える推力を、人型のフレームに無理やり通している。
代償は明確だ。ブースターが焼き切れれば、この機体の最大の特徴である可変機構は、二度と使えなくなる。
『でもさ。あんた相手に出し惜しみしたら、ビルダーとして嘘だろ』
次の瞬間、ストラトスが消えた。
(速い……っ!)
飛行形態の速度を、人型の機動性で制御している。さっきまでの飛行形態よりも、むしろ厄介だった。急旋回も急停止も、人型の関節があるから自在にできる。
ビームライフルの連射。出力が跳ね上がっている。一発一発が、先ほどまでとは明らかに重い。
凪はピラリスを回転させてビームを弾くが、衝撃で腕がしびれる。
(出力も上がっている。ライフルだけじゃない、サーベルも――)
赤熱したストラトスが、凪の右側面に回り込む。ビームサーベルが閃く。
凪は糸を左の鉄骨に飛ばし、身体を引いて回避する。
だが、前編で学んだ。凪の糸移動は合理的すぎるから読まれる。
(同じ手は、使わない)
糸を飛ばした方向とは逆に、凪は自らスラスターを吹かして右へ跳んだ。糸は囮。
ストラトスが糸の先を追って左へ飛んだ瞬間、凪は右側の煙突の影に滑り込む。
『おっ、学習してる。さすがだな』
カミュは嬉しそうに笑いながら、即座に軌道を修正する。赤熱したブースターが火を噴き、煙突の影ごと凪を抉りに来る。
(……速すぎる。距離を取っても、このスピードでは逃げ切れない)
凪の思考が、一つの結論に辿り着いた。
逃げるのではなく、止まる。
ストラトスが、正面から突っ込んできた。
赤熱したサーベルが、凪のコアめがけて一直線に伸びる。
回避は間に合わない。
凪は、ピラリスを真下に向けた。
全体重を乗せて、杭を地面に叩き込む。
ガァンッ!!
工業地帯のコンクリートに、黒い杭が深く突き刺さった。
凪の機体が、急停止する。
フレームが軋む。杭ブレーキの衝撃が、アルカナ・オブスキュアの右腕の関節に亀裂を走らせていた。
(……持て)
ストラトスのサーベルが、凪の鼻先を掠めて空を切った。
『な――っ!?』
カミュの驚愕の声。
オーバーブーストの速度で突っ込んだストラトスは、凪が急停止したことで、一瞬だけ凪の横を通り過ぎる形になった。
その一瞬。
凪は地面に刺さった杭を支点に、身体を回転させた。
遠心力。
回転の終端で、左手がストラトスの背面を掠める。
左腕のスリットが、青く光った。だが、光が不安定に明滅する。杭ブレーキの衝撃がフレーム全体に波及し、左腕への出力が揺らいでいた。
(……一発。これが、最後の一発だ)
ビーム。至近距離。背面のメインブースターを直接撃ち抜く。
ボォンッ!!
ストラトスの背中から火柱が上がった。メインブースターが半壊し、オーバーブーストの出力が一気に不安定になる。
『ぐっ……! ブースターが……!』
カミュの機体が、速度を失って地面に叩きつけられる。
赤熱していた関節部が、黒く焦げ始めている。オーバーブーストの代償が、加速度的に機体を蝕んでいた。
(……今だ)
凪は杭を引き抜き、地面を蹴った。
カミュは体勢を立て直そうとしていた。サーベルを構え、残ったブースターで距離を取ろうとする。
だが、脚部の関節が赤熱で軋み、反応が〇・三秒遅れた。
その〇・三秒を、凪は逃さなかった。
亀裂の入った右腕で、杭を振り上げる。フレームが悲鳴を上げる。次の動作で関節が壊れるかもしれない。
それでも、ピラリスの先端が、ストラトスのコアに向かって真っ直ぐに伸びる。
『……あは』
カミュが、小さく笑った。
『やっぱ、すげえな、あんた』
杭が、コアを貫いた。
『――Winner, 凪』
爆散するストラトスの残骸が、工業地帯に光の粒子となって舞い散る。
凪は杭を引き抜き、静かに息を吐いた。
亀裂の入った右腕が、力なく垂れ下がっていた。
◇
観戦掲示板が、ざわついていた。
『おい、今の見たか。カミュがオーバーブースト使ったのに負けたぞ』
『凪のほうは覚醒なしだろ? ロボ型なのにオーバーブースト使わなかったのか?』
『使わずに勝てるって、どういうことだよ……』
『杭を地面に刺してブレーキかけてたな。面白い使い方するなあいつ』
『ビルダーが自分で乗ってるって噂マジっぽいな。あの武装の運用、普通のプレイヤーの発想じゃない』
◇
戦闘終了後。
リザルト画面の向こうで、カミュの声が聞こえた。
『なあ、凪さん。一個聞いていい?』
『……どうぞ』
『あんたの杭。あれ、ピラリスって名前だろ。杭で突く、糸で縛る、手のひらで撃つ。全部の武装が、一個も無駄なく噛み合ってる』
カミュの声は、負けた直後とは思えないほど弾んでいた。
『あれ、どうやって設計したの? コスト配分、相当ギリギリだろ。杭の重量と糸の張力のバランスだけでも、俺なら三ヶ月はかかる』
(……こいつ、負けた直後に設計の話をしているのか)
凪は、少しだけ口元を緩めた。
『……企業秘密です』
『えー、ケチだなあ』
カミュが笑う。
『じゃあさ、また戦ってよ。予選中でも、終わってからでも。俺、もっと見たいんだ。あんたの設計』
『……機会があれば』
『絶対な。約束だからな』
通信が切れた。
凪は、リザルト画面を閉じた。
ポイントが更新される。
凪 ―― 三五八〇pt
しろっぷが、自分のポッドから顔を出して、凪のモニターを覗き込んだ。
「今の、面白かったね。あの変形するやつ」
『……ええ。いいビルダーでした』
「ふーん。あんた、なんか嬉しそう」
『……そうですか』
「そうだよ」
しろっぷは、それ以上何も言わず、にやにや笑いながらポッドに戻っていった。




