凪vsカミュ①
予選二日目。
凪の三十一戦目。
マッチング画面に、対戦相手の情報が表示された。
プレイヤーネーム『カミュ』。
現在ポイント、三七〇〇。
(……初めて、自分より上のポイントだ)
凪の現在ポイントは三五〇〇。ここまで連勝を重ねてきたが、三十戦を超えてようやく、同格以上の相手とマッチングし始めた。
フィールドは、高低差のある工業地帯。鉄骨の足場と、巨大な煙突が林立する立体的なステージ。
対面に立つ機体を見て、凪の視線が一瞬、止まった。
人型。中量級。ロボット型。
ここまでは普通だ。
だが、そのシルエットには明らかな違和感があった。背部に折りたたまれた巨大なウイングユニット。脚部のフレームに仕込まれた補助ブースター。肩の装甲パネルが、わずかに浮いている。
(……可変フレームか)
変形機構を持つ機体。
設計コストが膨大で、通常のビルダーにはまず組めない。パーツの干渉、変形時の重心移動、二つの形態それぞれのバランス調整。すべてを両立させるには、尋常ではない設計能力が要求される。
試合開始。
カミュの機体――《ストラトス》が、真っ直ぐ踏み込んできた。
右手のビームライフルが火を噴く。中距離からの正確な射撃。
凪はピラリスを回転させ、ビームを弾く。
同時に糸を一本、左の煙突に飛ばし、身体を引き寄せて射線から外れる。
『おっ』
オープンチャンネルから、無邪気な声が漏れた。
『うわ、なにそれ。杭で弾いた? すごいな、あの回転速度で軸がブレてない』
凪は答えず、煙突の影から次の射線を組み立てる。
ピラリスを煙突の縁に引っかけ、振り子のように加速して死角から突進。杭の先端をストラトスのコアに向けて突き出す。
カミュはビームサーベルを抜き、杭の軌道を逸らした。
鍔迫り合い。
『へえ。この杭、重心が先端寄りだろ。突きに特化してるのに、さっきは回して防御にも使ってた。自分で組んだ?』
近い。
感心と好奇心が混ざった声。
『……ええ』
凪が短く答えた瞬間、カミュが弾かれたように後退した。
距離が開く。十メートル、二十メートル。
そして。
ストラトスの全身が、動いた。
腕が折りたたまれる。脚部が後方へ跳ね上がり、背部のウイングが展開する。肩の装甲パネルが左右に開き、内部の補助スラスターが露出する。
全身の装甲が、まるでパズルのピースのように精密に組み替わっていく。
骨格のフレームが前傾し、流線型のシルエットへと収束する。
ロボット型の人型が、わずか一・二秒で、鋭い楔形の高速飛行体へと変貌した。
(……美しいな)
凪は、一瞬だけ、純粋にそう思った。
変形機構。理論上は誰でも設計できる。だが、二つの形態の重心バランス、関節の干渉回避、変形シーケンスの最適化。それらをこのレベルで成立させるには、膨大な試行錯誤と、何より機体構造への深い理解が必要だ。
(これを設計した人間は、相当な――)
思考を切り裂くように、楔形の飛行体が突っ込んできた。
速い。
人型形態とは比較にならない加速。鉄骨の足場を縫うように急旋回し、凪の死角から一気にビームライフルの連射を浴びせる。
凪は煙突を蹴って高所へ逃れるが、飛行形態のストラトスは三次元的な軌道で追いすがってくる。上、横、下。地上戦の間合い管理が、根本から通用しない。
(……対空戦は、想定していなかった)
ピラリスを振り回し、ビームを弾きながら、凪は高速で計算を走らせる。
飛行形態の弱点。変形中の隙。旋回時の慣性。ブースターの燃費。
糸を右の煙突に飛ばし、自分の位置を強制的に変える。
だが。
凪が糸を飛ばした先――着地するはずだった煙突の上に、すでにストラトスがいた。
(……っ!?)
飛行形態から、一瞬で人型に戻っている。
凪が糸で移動する先を読み切り、飛行形態の速度で先回りし、着地点で人型に変形して待ち構えていた。
ゼロ距離。
ビームサーベルが、凪の胴体装甲を斜めに切り裂いた。
(がっ……!)
火花が散る。HPゲージが大きく削られる。
凪は咄嗟にピラリスの柄で距離を取り、煙突の反対側へ転がり落ちた。
『あっ、ごめん。でも糸を飛ばす先って、読みやすいんだよね。あんた、糸が届く範囲の中で一番合理的な場所に移動するから』
無邪気な声。だが、射撃の精度も、変形の速度も、一切ぶれていない。
(……読まれた。合理的な移動を、逆手に取られた)
凪の脳内で、カミュの戦術の全体像が組み上がっていく。
飛行形態で追い詰め、逃げ先を予測し、人型に戻って近接で仕留める。変形を攻守の切り替えではなく、「移動と攻撃を一体化させた戦術」として使っている。
これは、テンプレの発想ではない。
(この変形機構は、既存のテンプレパーツの組み合わせじゃない。全パーツが、この変形のためだけに、一から設計されている)
凪の思考が、一つの確信に辿り着いた。
(……この男、ビルダーだ)
同時に。
煙突の上に立つストラトスのコックピットの中で、カミュもまた、ある確信に辿り着いていた。
(この凪ってやつ、立ち回りがおかしい)
飛行形態で上を取り、糸移動の先読みまでやった。地上の敵は本来、ここで崩れる。
だが、凪は崩れなかった。
被弾した直後から、もうこちらの旋回パターンを修正している。一手ごとに対応が変わる。同じ軌道を二度使えば、三度目には杭が「置かれている」。
機体の限界出力、旋回半径、ブースターの燃費。それら全てを、戦闘中にリアルタイムで把握して、最適解を更新し続けている。
(この精度は、プレイヤーの反射じゃない。機体の構造を、内側から理解してる奴の動きだ)
カミュの口元が、ゆっくりと緩んだ。
『……なあ、あんた』
ストラトスが煙突の縁で人型のまま立ち、凪を見下ろしている。
『ビルダーだろ? 自分で組んで、自分で乗ってるタイプ』
凪は、胴体の斬傷から微かな火花を散らしながら、静かに答えた。
『……ええ。あなたもそうでしょう』
一拍の沈黙。
『あはは、バレた?』
カミュの笑い声が、工業地帯に響く。
『やっぱそうだよな。あの杭と糸の連動、あんな設計、自分で乗ること前提じゃなきゃ絶対組まない。俺と同じだ』
ストラトスが、ふわりと滞空する。
『なあ、凪さん。俺さ、ずっと思ってたんだよ』
無邪気で、真っ直ぐな声。
『自分で作った機体は、自分で動かさなきゃ意味ないって。……あんたもそうなんだろ?』
凪は、ピラリスを握り直した。
『……ええ。あなたの変形機構、見事です。コスト配分は相当厳しいはずですが、二形態の重心移動が完璧に両立している』
『うわ、戦いながらそこまで見てんの? やっぱビルダーだ、怖いなあんた』
カミュの声は弾んでいた。
だが、その目は笑っていなかった。
ストラトスの機体が、微かに震えている。
ブースターの出力が、じわりと上がり始めていた。
『――じゃあさ、本気で行くよ。俺の全部、見てくれ』
工業地帯の空に、ストラトスのブースターが、今までとは異質な光を放ち始めた。




