第21話 正攻法
予選二日目。
ドウジマ・ジ・エンドの《プロトコル》は、二十四戦目を迎えていた。
フィールドは石畳の古城。高い天井と、等間隔に並ぶ石柱。見通しが良く、中距離での撃ち合いに適した地形だった。
対面に立つのは、小柄なモンスター型。
猫の耳、しなやかな四肢、そして右手に握られた細身のレイピア。ケット・シー――アイルランドの妖精猫を模した、俊敏な剣士型の機体だった。
プレイヤーネーム、『シャムロック』。
(……モンスター型の剣士か。珍しい構成だが、基本はフェンシング系の近距離型だな)
ドウジマは、開始前の数秒で相手の機体構造を読み取っていた。
猫の俊敏性によるスピードボーナス。細身のレイピアによる突き主体の攻撃。体格が小さいぶん、被弾面積が少ない。
厄介ではあるが、対処法は明確だ。
(距離を維持して、ライフルで削る。近づけさせない。テンプレ通りにやれば、負ける要素はない)
試合開始。
シャムロックが、猫特有の低い姿勢から一気に踏み込んできた。石畳を蹴る足音すら聞こえない、音のない加速。
速い。
だが、ドウジマは慌てなかった。
アサルトライフルを構え、三点バーストを放つ。胴体ではなく、進行方向の床を撃つ。
着弾の衝撃で石畳が弾け――シャムロックが跳んだ。
(……!)
破片を踏む前に、空中へ。ドウジマの牽制パターンを、初見で読み切った。
天井の梁を蹴り、角度を変えて急降下。レイピアの切っ先が、ドウジマの右肩を掠めた。
ギィンッ、と装甲が削れる。浅いが、確かな被弾。
(……読んできたか)
ドウジマの目が、わずかに鋭くなった。
経験が浅いと判断していた。だが、この猫、反射だけは本物らしい。
すぐに石柱の影へ滑り込み、中距離の間合いを確保する。
(テンプレ通りに崩す。……ただし、もう一段丁寧にやる必要がある)
ドウジマは、教科書通りの距離管理を繰り返した。
近づかれそうになればシールドを構えてレイピアを弾き、後退しながらライフルで削る。ロボット型の防御バフが乗った装甲は、猫型の突きでは容易に貫けない。
じわじわと削られていくシャムロック。だが、時折、ドウジマの射線を読んだ鋭い回避が混じる。
一方的ではない。ドウジマが、丁寧に間合いを管理し続けているから、一方的に見えているだけだ。
シャムロックのHPが、三割を切った。
その瞬間、猫型の機体が、ぴたりと動きを止めた。
(……?)
ドウジマのライフルの照準が、静止したシャムロックを捉える。
だが、引き金を引く直前――空気が、変わった。
ケット・シーの全身から、淡い緑色の光が溢れ出す。
小さかった四肢が軋み、膨張し始める。背骨が伸び、肩幅が広がり、頭部の輪郭が鋭角的に変形していく。
可愛らしかった妖精猫の面影が、野性的な獣のそれに塗り替えられていく。
『――深化しんか』
咆哮。
石造りの古城が、振動で軋んだ。
そこに立っていたのは、もはや小さな剣士ではなかった。
体高が二倍以上に膨れ上がった巨大な獣。全身を覆う筋肉が脈動し、瞳は金色に燃えている。右手のレイピアが、獣の巨腕には不釣り合いなほど小さく見えた。
(教科書通りの深化だ)
ドウジマは、冷静に分析を開始した。
(全ステータスの底上げ。加えて、瞳の変化……動体視力にもバフが乗っているな。猫をモチーフにした深化なら、視覚強化は妥当か)
これまでの弾丸の軌道を目で追えるようになっている可能性が高い。
つまり、先ほどまでのライフルによる削りが通用しなくなる。
深化したシャムロックが、地面を蹴った。
速度が、段違いだった。
(っ――!)
ドウジマが反射的にシールドを構える。
巨大化した獣の突進と、レイピアの刺突が同時に叩き込まれた。
ガギィンッ!!
シールドごと、ドウジマの機体が数メートル後方へ押し込まれる。石柱に背中がぶつかり、亀裂が走った。
(重い……っ!)
シールドの表面に、深い亀裂が入っている。あと二発、同じ攻撃を受ければ割れる。
だが、ドウジマは押し込まれながらも冷静だった。
(深化の持続時間は有限だ。ステータスが上がっても、動きのパターンは変わっていない。……経験が浅い分、深化後の自分の体を使いこなせていない)
巨大化したことで、リーチは伸びた。だが、石柱の間を縫うような繊細なステップは、大きくなった体では再現できない。
ドウジマは、シールドを構えたまま、石柱の密集地帯へと誘い込むように後退した。
『逃がさないっ……!』
シャムロックが追撃する。巨大な前脚で石柱を薙ぎ払いながら、力ずくで突進してくる。
――その時。
薙ぎ払われた石柱の破片が、ドウジマの視界を一瞬だけ塞いだ。
その死角から、レイピアが真っ直ぐに突き出されていた。
(……っ!)
咄嗟にシールドを割り込ませる。間に合った。だが、シールドの亀裂がさらに深くなる。
(今のは……巨体で視界を塞いでから刺突を合わせたのか?)
偶然か、それとも。
ドウジマの背筋に、わずかな冷たさが走った。
(……なるほど。深化に慣れていないのではなく、深化の中で学んでいる最中か)
甘く見ていた。この猫、成長が速い。
だが。
(それでも、間に合わない)
深化の発光が、少しずつ弱まっている。
あと数十秒。
ドウジマは、亀裂の入ったシールドを構えたまま、石柱の影で、ただ静かに待った。
やがて。
緑の光が消え、巨獣の体が急速に萎んでいく。
元の小さなケット・シーに戻ったシャムロックが、膝をつく。深化の反動で、全身のフレームが悲鳴を上げている。
ドウジマは、ライフルを構え直した。
「……その深化、まだ扱えてないな」
短く、呟く。
引き金を引く。
『――Winner, ドウジマ・ジ・エンド』
古城に、システムアナウンスが響き渡った。
◇
同時刻。予選の観戦掲示板。
『ドウジマ強えな。深化を完全に受け切ってる』
『テンプレ型のロボットであの安定感はヤバいわ。防御の厚さが段違い』
『てか深化って最近話題だよな。しろっぷのあれも深化だろ? 全然見た目違くね?』
『深化の出方はビルド次第だからな。あっちのチューナーが相当イカれてるって話だ』
『しろっぷのチューナーって、最近ランクマに出てきてる「凪」だろ? あいつもヤバいぞ。杭と糸でめちゃくちゃなビルドしてるのに全勝してる』
『ビルダーが自分で乗って勝ってんの? マジかよ』
◇
同時刻。凪のガレージ。
凪は二十八戦目を終え、ポイントの推移を確認していた。
「ねえ凪、そろそろでしょ」
しろっぷが、自分のポッドから顔を出して言った。
『……ええ。三十戦を超えれば、上位帯のプレイヤーとマッチングし始めます。ポイント差が開いてくる頃合いですから』
「楽しくなるじゃん」
『……楽しいかどうかは、相手次第ですが』
凪の視線が、ランキングボードの上位に並ぶ名前を静かになぞった。
「ま、誰が来ても同じでしょ。全員ぶっ壊すんだから」
しろっぷは、にやりと笑って、ポッドの中に潜り直した。
凪は、次のマッチングボタンに、指を伸ばした。




