選抜予選
ガレージのメインモニターに、新たなシステム通知が表示された。
凪としろっぷは、並んでその文面を確認する。
『日本代表選抜 オープン予選 正式要項』
『期間:7日間』
『形式:ポイント制ランクマッチ』
『勝利によりポイントを獲得。連勝ボーナスあり』
『期間終了時点でのポイント上位4名が、本選トーナメントへの出場権を獲得』
『参加条件:ランクマッチにおいて一定以上のレートを保持するプレイヤー』
「……ギリギリだったね」
しろっぷが、凪を横目で見た。
『ええ。間に合ったのは昨日の深夜です』
参加条件のレート。アルカナ・オブスキュアでランクマッチを始めてから、凪はほとんど寝ずに戦い続けていた。クルスを倒した後も、黙々とポイントを積み上げ、条件ラインをぎりぎりで超えた。
「何戦やったの」
『……数えていません』
「嘘。あんた絶対数えてる」
『……八十七戦です』
「バカじゃん」
しろっぷが呆れたように笑った。だが、その目は笑っていなかった。
凪の右手の指先が、わずかに震えているのを、彼女は見ていた。
「ねえ凪」
しろっぷが、ダイブポッドの縁に腰かけて、足をぶらつかせながら言った。
「全員ぶっ壊してきて」
軽い声だった。
いつもの、しろっぷらしい声。
『……ええ。そのつもりです』
◇
翌日。正午。
『――日本代表選抜 オープン予選 開始』
レート条件を満たしたプレイヤーたちが、一斉にランクマッチの海へと放り込まれた。
その中の一人。
プレイヤーネーム『ギガフォート』は、自信に満ちた表情でダイブポッドに身を沈めていた。
(やるぞ。今日が、俺の人生最大の舞台だ)
機体名、《バスティオンMk-III》。
全身を分厚い複合装甲で覆った、超重量級のロボット型。機動力を犠牲に、防御力と火力を極限まで引き上げた要塞機体だ。
両腕に搭載されたビームガトリングガンが、開幕と同時に回転を始める。弾幕の密度は、上位帯でも間違いなくトップクラス。この光の壁を抜ける機体など、そうそういない。
(装甲はAランク以上。火力も十分。ビーム弾幕を張り続ければ、近距離特化にも対応できる。仮に迅・ソニックが相手でも、この装甲なら――)
マッチング完了。
フィールドは市街地。
対面に現れた機体を見て、ギガフォートの思考が、一瞬止まった。
白い。
無駄を削ぎ落とした、白い機体。背部に直結された巨大な高出力スラスター。
《シュトゥルム・ファルコン》。
(……迅・ソニック)
心臓が跳ねた。
だが、すぐに自分を落ち着かせる。
(大丈夫だ。ビーム弾幕を張れ。この密度を正面から抜ける機体はいない)
試合開始。
ギガフォートは、迷いなく両腕のビームガトリングを全開にした。
光の奔流が、白い機体めがけて殺到する。
迅の機体が、正面から突っ込んできた。
(……は?)
避けない。
白い機体の右手に握られたサーベルが、ビームの奔流に突き刺さった。
刀身が、青白い光を散らしながら、ビームの束を縦に切り裂いていく。
耐ビームコーティング。サーベルの刀身にだけ施された、最小限のコート処理。拳にコーティングを集約する近距離テンプレの理論を、この男はサーベル一本に凝縮し、さらに攻撃の軌道そのものに組み込んでいた。
(切って、る……? ビームを、斬りながら進んでる……!?)
密度を上げる。射角を変える。ビームガトリングの銃身が赤熱するほどの連射。
だが、白い機体は光の嵐の中を、ビームを切り裂きながら一直線に加速していた。
(嘘だろ……弾幕の意味がない……!)
迅の声が、オープンチャンネルに流れた。
『いい弾幕だな。密度は悪くない』
軽い。あまりにも軽い声。
次の瞬間、ビームの壁を切り裂き終えたサーベルが、そのままの勢いでギガフォートの左腕を根元から薙ぎ払った。
『あっ――』
火力が半減する。弾幕に穴が空く。
二度目の斬撃。右腕のガトリングも、地面に転がった。
(う、嘘だ。ビームを切りながら、そのまま俺ごと……)
両腕を失ったバスティオンが、ただの的になった。
迅は、急ぐ様子もなく、ゆっくりと距離を取った。
『あのさ』
迅の声が、やけに穏やかに聞こえた。
『装甲、すごく硬いな。正面からだと抜けなかったかも』
それは、嘘偽りのない称賛だった。
だが、同時に残酷な事実を突きつけている。装甲を抜く必要がなかった、と。
『じゃ、おつかれ』
最後の一撃は、見えなかった。
気づいた時には、コアが貫かれていた。
『――Winner, 迅・ソニック』
爆散する要塞の残骸を背に、白い機体は、もう次のマッチングを開始していた。
◇
同時刻。
凪のガレージ。
『――Winner, 凪』
一戦目。勝利。
相手は中堅のロボット型。杭の一突きで、コアを貫いた。
『現在ポイント:120』
五戦目。
『――Winner, 凪』
『現在ポイント:710』
十戦目。
『――Winner, 凪』
『現在ポイント:1,580』
十戦目の相手は、凪の戦績を調べてきていた。
杭を警戒して距離を取り、糸を警戒して高所を避ける。凪の過去の試合から、明確な対策を組んできた中堅上位のプレイヤー。
凪は、三手で仕留めた。
対策された動きの、さらに外側に解答を置く。相手が「読んだ」つもりで踏み込んだ座標に、既にピラリスの先端が待っている。
(……三手)
凪は、ポッドの中で静かに呟いた。
(もっと、削れる)
連戦を重ねるたびに、凪の立ち回りから無駄が削ぎ落とされていく。疲労で精度が落ちるのではなく、戦えば戦うほど手数が減り、決着が早くなっていた。
画面の端で、リアルタイムのランキングボードが更新されていく。
上位の顔ぶれが、少しずつ固まり始めていた。
一位の名前は、最初の一時間から一度も動いていない。
1位 迅・ソニック ―― 3,240pt
2位 マセガキィ ―― 1,890pt
凪は、その差を一瞥した。
一位と二位の間に、すでに千以上の断崖がある。同じ時間で、倍近い。連勝ボーナスの倍率が、すでに別次元に達している。
(……化け物め)
だが、凪の指は止まらなかった。
二十戦目。三十戦目。ポイントは積み上がり、順位はじわじわと上がっていく。
しろっぷは、自分のダイブポッドで練習をしながら、時折、凪のモニターをちらりと覗き見ていた。
ランキングボードの中で、「凪」の名前が、ゆっくりと上へ登っていく。
機体名:バスティオンMk-III
タイプ:ロボット型
HP:160
攻撃:200
防御:200
スピード:60
メイン武装:連装ビームガトリング×2(80)
サブ武装:耐ビームコーティングシールド(50)
補助:高トルクスラスター(70)
総コスト:820 / 1000
余剰コスト:180




