第19話 選抜
《フリーダム・フロント》の全プレイヤー宛に、正式な通知が配信された。
『日本代表選抜大会 正式要項』
『本選出場枠:計8名』
『指定枠(招待):4名』
『オープン予選通過枠:4名』
『本選形式:シングルエリミネーション・トーナメント』
『上位2名が、ワールド・チャンピオンシップ日本代表として出場』
同時に、指定枠として選出された四名のプレイヤーに、個別の招待通知が届いた。
◇
トップランカー専用フィールド。
三体目の残骸を踏み越えた白い機体――《シュトゥルム・ファルコン》のコックピットで、迅・ソニックは、招待通知をぼんやり眺めていた。
「日本代表選抜、指定枠……」
指先で画面をスクロールする。
本選トーナメント。八人。勝ち上がりで四戦。
「四戦、かあ」
少しだけ、つまらなさそうに呟いた。
予選の要項も、横に並んでいた。オープン予選。参加者数は未定だが、おそらく数百人規模になる。トーナメント方式で、上位四名が本選へ。
数百人。
迅の指が、止まった。
「……予選のほうが、いっぱい戦えるじゃん」
誰に言うでもなく、ぽつりと。
本選は四戦。予選なら、トーナメントを勝ち上がるだけで十戦以上。しかも、あの異形のモンスターちゃんのチューナーだった男も、予選に出てくるかもしれない。
「うん」
迅は、にっと笑った。
招待通知の画面を、親指でスワイプする。
辞退ボタン。
何の躊躇もなく、ぽちっと押した。
「やっぱ、たくさん戦えるほうがいいよね」
それだけ言って、迅は次のランクマッチのマッチングを開始した。
白い機体が、再び戦場へと飛び立っていく。
絶対王者にとって、招待枠も予選枠も、区別する意味がなかった。どちらにいようが、勝つのは同じだ。ならば、より多く壊せるほうがいい。
ただ、それだけのことだった。
◇
大手クラン『⤴⤴れぼりゅうしょん』の共有ロビー。
派手に装飾されたホログラムの壁紙と、やたらとキラキラしたエフェクトが飛び交う騒がしい空間。
その中央で、一人のプレイヤーが、クランメンバーたちに向かって通知を読み上げていた。
「はいはーい、みんな聞いてー! アタシ、選抜の指定枠もらっちゃった!」
プレイヤーネーム、ラブマクス。
画面に映るアバターは、ピンクと金のグラデーションで彩られた、やたらと装飾過多なロボット型。リボンやら宝石やらが全身に散りばめられ、戦闘機体というよりはデコレーションケーキのような外見をしていた。
『マジっすかラブさん! やっば!』
『さすがリーダー! 世界行っちゃうじゃん!』
「いやあ、アタシもびっくりよ。でもまあ、実力だから仕方ないわよねえ」
おどけた口調。だが、その声の奥には、不思議な安定感があった。
クランメンバーの一人が、ふと尋ねる。
『ラブさん、他の指定枠って誰なんすか?』
「えーっとね、周 李龍でしょ、戦神覇王でしょ、あと……迅・ソニック」
『迅!? やっべ!』
「ただし、迅ちゃんは辞退したみたいよ。予選に出るんだって」
『……は?』
「ねえ、すごくない? アタシ、ちょっと好きになっちゃいそう」
ラブマクスは、からからと笑った。
「代わりに、繰り上がりで入ったのが――しろっぷ、だって。最近ランクマ荒らしてる、あの異形の子」
『あー、あのバケモノ!』
「そうそう。面白くなりそうでしょ?」
同じ頃。
クラン『エリア666』の薄暗い専用チャンネル。
『……おい覇王、お前指定枠入ってんぞ』
「マジかよ!! 俺!? 俺が選ばれたのか!? ふはははは! ついに運営も俺の力を認めやがったな!!」
『うるせえよ。つーか迅が予選に落ちてきてるらしいぞ、ヤバくね?』
「迅? あー、あの速いやつな。……まあ、俺には関係ないな! 本選で待ってりゃいいだけだし!」
『お前のそういうとこ、嫌いじゃないけど心配だわ』
「心配すんな! 俺を誰だと思ってる! 戦神覇王だぞ!!」
『名前言っただけじゃん』
◇
凪のプライベートガレージ。
しろっぷは、端末に届いた繰り上がり通知を眺めて、ふうん、と鼻を鳴らした。
「指定枠、繰り上がりだって」
『……迅が辞退したそうですね。予選に出ると』
「あはは、あの鳥ヤロウ、予選のほうが楽しいって思ったんだ。わかるかも」
しろっぷは、通知ウィンドウをぱたんと閉じた。
指定だろうが繰り上がりだろうが、彼女にとっては何も変わらない。戦う場所があって、強い相手がいる。それだけで十分だ。
「で、あんたは?」
『オープン予選に、エントリーしました』
「お、いいじゃん」
しろっぷが、にやりと笑う。
「じゃあ、あんたは予選で迅と当たるかもね」
『……その可能性はあります』
「面白そうじゃん」
凪は、コンソールに向き直った。
予選のトーナメント表はまだ公開されていない。だが、迅・ソニックが予選に降りてきたという事実は、凪の計算に新しい変数を一つ追加していた。
(……迅・ソニックとは、いずれ戦うことになる)
ドウジマ・ジ・エンドも、おそらく予選に出てくる。
予選は、本選以上の修羅場になる。
「ねえ凪」
しろっぷが、ダイブポッドの縁に腰かけて、こちらを見下ろしていた。
「選抜の前にさ」
いつもの気怠げな声。でも、目だけが、獣のように鋭い。
「もうちょっと、やろうよ。あんたと」
凪は一瞬だけ、しろっぷを見返した。
それから、静かに頷く。
『……ええ。望むところです』
二基のダイブポッドが、同時に起動する。
白い仮想空間に、漆黒の異形と、漆黒の人造人間が、向かい合って立った。
観戦者はゼロ。ログも記録されない、完全なプライベートマッチ。
しろっぷの口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「いくよ」
『どうぞ』
激突。
異形の尾が空気を裂き、杭がそれを受け止める。
翼の手が死角を突き、糸がその軌道を絡め取る。
――もう一回。
爆散。再起動。向かい合う。
――もう一回。
崩壊。再構築。息を整えて、また。
何度も、何度も。
二人だけの戦場で、二人の異端児は、お互いだけを相手に、際限なく刃を研ぎ続けた。
どちらが勝っているかなど、どうでもよかった。
壊して、直して、また壊す。そのたびに、互いの動きが、ほんの少しだけ鋭くなっていく。
それだけで、十分だった。
ガレージの時計が、いつの間にか深夜を指していた。
「……つかれた。でも、足りない」
『同感です』
「明日もやる?」
『ええ』
しろっぷが、ポッドの縁から身を起こして、大きく伸びをした。
その横顔に浮かぶ笑みは、獰猛で、純粋で、少しだけ満ち足りていた。
「あんたと戦うの、やっぱ楽しい」
凪は、答えなかった。
ただ、アルカナ・オブスキュアの整備ログを開きながら、口元がほんのわずかに緩んでいるのを、自分では気づいていなかった。




