第18話 信仰
通信の着信音が、プライベートルームの静寂を破った。
ドウジマ・ジ・エンドは、コンソールの前で手元のログを閉じ、通話ウィンドウを開いた。
画面に映ったのは、部下の一人――クルスだった。
『……お疲れっす、ドウジマさん』
声は平坦だった。
だが、ドウジマはその平坦さの裏にあるものに、一瞬で気づいた。
上から目線の軽口を叩く男の、いつもの軽さがない。
「どうした」
『……凪に、負けました』
ドウジマの指が、コンソールの縁で、一度だけ止まった。
「……そうか」
『試合のログ、送っときました。ドウジマさんに、見てもらえればと思って』
「ああ」
『それで、あの……』
クルスが、言葉を探すように、数秒、沈黙した。
『……俺、何を間違えたんですかね』
いつもの見下すような口調は、完全に消えていた。
自分のどこが悪かったのか、分析してほしい。そして、その先にある、もう一つの本音。
テンプレは、間違っていないですよね。
言葉にはしない。だが、通信越しにはっきりと伝わってきた。
「……ログを見る。待て」
『はい』
ドウジマは通話ウィンドウを片側に寄せ、送られてきたログデータを開いた。
◇
再生。
画面の中で、漆黒の人造人間が動き出す。
ロボット型。スリムなシルエット。両手に杭と糸。スラスター配置は外装式。典型的な近距離〜中距離特化のビルド――ドウジマはそう結論づけようとして、わずかな違和感に、解析を止めた。
再生速度を、落とす。
〇・五倍。〇・二五倍。
クルスの最初の突進。凪が迎え撃つ動作。ピラリスの先端の「置き方」。
ドウジマの視線が、そこに固定された。
(……無駄がない)
クルスの拳が来る座標に、杭の先端が「置かれている」。いなすでも、受けるでもない。ただ、そこに在る。クルスの拳が、自分から杭に向かって突っ込んでいくような軌道だった。
フレーム単位で確認する。凪のピラリスは、クルスが踏み込む〇・二秒前には、既にその座標に到達している。
つまり、予測ではない。
確信だった。
読み切って、先に置いている。
(反射速度では説明がつかん。こいつは、事前に相手の起動モーションを全部頭に入れている。その上で、機体の重心のわずかなブレから、次の選択肢を確定で絞っている)
ドウジマの眉が、わずかに寄った。
続く糸の三本同時射出。クルスの肩、脚、スラスターへの同時拘束。
拳のコーティングに全リソースを集約したクルスのビルドを、糸の情報収集で一度だけ確認して、そのまま拘束の対象に組み込んでいる。コーティング部位を絞って受けに特化するのは戦略の一つだが、その選択が、相手に「狙うべき部位」を即座に与える形にもなっていた。
そして、底力発動後の凪の対応。
ドウジマは、そこで一度、再生を止めた。
(……底力を、計算に組み込んでいるのか)
ヒューマン型の底力は、テンプレ近距離型の常套手段だ。底力後の凄まじい瞬発力で一気に間合いを詰め、拳の連打で仕留めに来る。だからこそ、上位プレイヤーは皆、底力後の挙動への対策を持っている。
だが、画面の中の凪の対応は、「対策」のレベルを超えていた。
加速も、拳の軌道も、足場の崩し方も、全て事前のシミュレーションに入っていた。
凪にとって、クルスの底力は、未知の変数ではなかった。
ドウジマは、もう一度再生ボタンを押した。
次は、もっと遅く。フレーム単位で、最初から最後まで、全部。
◇
ログを閉じた時、通話ウィンドウ越しのクルスは、まだ黙って待っていた。
ドウジマは、静かに口を開いた。
「クルス」
『はい』
「お前の敗因は、コーティング部位の絞り方じゃない」
クルスが、小さく息を呑んだ。
「底力発動後だ。お前は、底力が来た時点で逆転できると思った。あれがテンプレの基本だからだ」
『……』
「だが、あいつは底力を、ただの想定内の挙動として処理していた。お前の『テンプレ通りの逆転手』が、あいつの台本に書き込まれていたんだ」
『……つまり、俺が――』
「お前が弱いわけじゃない。……あいつが、異常なだけだ」
ドウジマは、そこで一拍、間を置いた。
自分の声が、自分に届くのを確かめるように。
「……だが、クルス」
『はい』
「ああいう機体は、ピーキーすぎる。あの精度を維持するために、設計の至る所で無理をしている。いつか、限界が来る」
クルスの表情が、わずかに動いた。
テンプレは、間違っていないですよね。
その無言の問いに、ドウジマは、明確に頷いた形だった。
「テンプレが安定して強いのは、無理をしていないからだ。誰が乗っても、一定以上の結果が出る。それが環境の最適解だ」
『……はい』
「お前は、自分のビルドを崩すな。コスト集約の方向は正しい。だが、拳でいなした後、相手に間合いを取らせない追撃の手数を増やせ。今のままだと、いなした直後に主導権を渡している」
『……わかりました』
クルスの声に、わずかに血の気が戻っていた。
ドウジマは頷いて、通話を切った。
◇
静寂。
ドウジマは、しばらく動かなかった。
やがて、彼の指が、ゆっくりと、試合ログの再生バーへ伸びた。
もう一度、フレーム単位で、最初から。
糸の射出角度、ピラリスの重心移動、凪の踏み込みのタイミング。全て、数値として書き出していく。
それから、彼は横に並ぶ自分の機体のコンソールを、無意識に開いた。
関節の遊び。サスペンションの戻り。前腕の装甲の配置。クルスの突進軌道が、凪の最初のピラリスに当たって、わずかにブレた、あの〇・二秒のズレ。
あれが、もし自分の機体で起きたら。
どう捌く。
どう潰す。
ドウジマの手が、何かを調整し始めていた。テンプレの枠の中で。ただ、その枠の中で、彼は、自分が何を計算しているのか、正確には認めていなかった。
「……ピーキーな機体は、いつか、限界が来る」
誰に言うでもなく、彼はもう一度、同じ言葉を呟いた。
画面の中で、漆黒の人造人間は、何度目かの勝利を、静かに繰り返していた。




