表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリーダム・フロント 〜追放された裏方ビルダー、天才少女の機体を完成させて環境を破壊する〜  作者: ボナンザ・ソバイユ
最悪のバディ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/26

第16話 アルカナ・オブスキュア

 しろっぷがガレージに足を踏み入れた瞬間、空気の密度が、普段と違っていた。

「……おはよ」

 いつも通りの気怠げな挨拶。

 だが、返事がない。

「……凪?」

 コンソールの前に座る凪は、こちらを振り返りもしなかった。両手が光のキーボードの上を舞い、ホログラムのウィンドウが同時に十数枚、空中に展開している。

 ガレージの隅、見慣れない黒い機器が、静かに青い待機ランプを灯していた。試遊会から数日。凪はそれを受け取った日から、ほとんど寝ていないはずだった。

 骨格モデル。関節トルクの試算。装甲の材質シミュレーション。神経伝達の経路図。ビームの出力チューニング。

 彼の周囲だけ、時間の流れが違って見えた。

「……へえ」

 しろっぷは、ソファに身を投げ出しかけて、やめた。

 なんとなく、足音を立てて近寄りたくなかった。

 立ったまま、腕を組んで、彼が黙々と新しい何かを組み上げていく様子を眺める。

 

 しろっぷの端末には、昨日の夕方の通知履歴がまだ残っている。新宿駅前、中規模ホールの試遊会。時間は三十分ほど。彼女はその会場で、一つも本気を出さずに帰ってきた。帰り道、ぼんやりと思い浮かべた光景――あの淡々としたパートナーが、もしあのデバイスを触ったら。

(……やっぱ、ヤバいことになってる)

 彼女は、声に出さずに小さく笑った。

 自分が体験会に行ったことも、そこで感じたことも、凪には言っていない。言う気もなかった。自分の中で、それはそういうもので片付く種類のことだった。

 

 凪が、ようやく指の動きを止めた。

 彼は振り返らないまま、短く言った。

『……しろっぷ。来ていたんですね』

「三十分前からいたけど」

『気づいていました。手が離せませんでした』

「でしょうね」

 しろっぷはつかつかと歩み寄り、彼の背後からコンソールを覗き込んだ。

 ホログラムの中央に、新しい機体のワイヤーフレームが回転している。

 

 人型。スリム。装甲の輪郭はロボット型の典型を踏襲している。

 だが、視線を集めたのはその細部だった。

 全身を覆う艶のある漆黒の装甲。顔面にあたる部分には、のっぺりとした黒いマスクが嵌め込まれている。目元にあたる位置には、ただ一筋の細いスリット。そこから、仮組みの段階で既に冷たい青い光が、静かに漏れていた。

 右手には、身の丈を超える黒い杭。

 先端は鋭く、胴体部分には青い発光線が脈打つように走っている。

 

「……うわ」

 しろっぷは、しばらく黙って眺めた。

 そして、ぷっと吹き出した。

「悪そうなキャラじゃん」

『悪役ですか』

「めちゃくちゃ悪役。仮面被ってて、黒くて、杭持ってて、光ってる。裏ボスでしょこれ」

 彼女は肩を揺らして笑いながら、機体の周りをぐるりと一周した。

 子供がおもちゃの周りを観察するような歩き方。

「ねえ、これなに? なんでこんな悪そうなの作ったの」

『……設計上の最適解を追求した結果です』

「絶対嘘。あんた、これ好きで作ってんじゃん」

 凪は、答えなかった。

 答えなかったことが、答えだった。

 しろっぷは満足そうに目を細めて、機体の背中側へ回り込んだ。そこに並んだスラスターの配置を指先でなぞり、ふむ、と小さく頷いて、また正面に戻ってくる。

「気持ち悪いよ、あんた」

『……そうですか』

「褒めてんの」

 凪の手が、小さく動いた。

 機体の仕上げに入る。人工筋肉の伸縮率、関節の遊び、装甲と内部構造の接続部。彼の頭の中には、これら全てが既に完璧な数式として組み上がっており、あとはそれを現実のデータとして書き出すだけだった。

 一時間。

 二時間。

 

 やがて、ガレージの中央に展開されていた巨大なホログラムが、ふわりと輪郭を取り戻した。

 最後のコマンドを打ち込む指が、一瞬だけ、止まった。

 それは、これまで誰にも見せたことのない、彼自身の頭の中にずっと在り続けたものだった。誰かの機体を調整し、誰かの才能を補完し、ずっと他人の隣でだけ機能してきた彼が、初めて、自分の名前で外に出す形。

 凪は、静かに、エンターキーを押した。

 

『――完成です』

 

 漆黒の機体が、青い光を静かに放ちながら、そこに立っていた。

 杭を右手に携え、左手は軽く開いたまま。仮面のスリットからは、冷たい青い光が一定のリズムで脈打っている。

 しろっぷは、それを数秒、真顔で眺めた。

 そして、また吹き出した。

「かっこいい。けど、やっぱ悪そう」

『そうですか』

「うん。……名前は?」

『《アルカナ・オブスキュア》』

 しろっぷは、その響きを口の中で一度、転がした。

「アルカナ・オブスキュア」

『ええ』

「意味は?」

『隠された秘儀、というような』

 しろっぷの目が、少しだけ細くなった。

 彼女は黒い機体をもう一度、頭のてっぺんから足の先までゆっくりと眺めて、ぽつりと呟いた。

「……あんたらしいじゃん」

 凪は、何も答えなかった。

 

 彼は、初めて自分の機体のダイブポッドへと歩み寄った。

 これまでガレージの隅で埃をかぶっていた、一基のポッド。

 その横に、もう一基。しろっぷ用の見慣れたポッドが並んでいる。二つのポッドが、こうして並び立つ光景は、このガレージで初めてのものだった。

『……試運転に入ります。まずは感覚の同期確認まで』

「ふーん、手伝ってあげよっか」

『いえ、お一人で』

「えー」

『……必要なら、呼びます』

「呼ばなかったら怒るから」

 軽口を叩きながらも、しろっぷはコンソール脇のスツールに腰掛けて、ホログラムモニターの前で待機の姿勢を取った。

 彼女の視線の向こうで、凪がポッドに身を沈めていく。

 ハッチが閉じる直前、彼女はふと思いついたように言った。

「ねえ凪」

『はい』

「試運転終わったら、ランクマ行こ」

 凪の手が、ハッチの縁で一瞬、止まった。

『……早いですね』

「だって、この子、動かしたいでしょ」

 しろっぷは、アルカナ・オブスキュアを顎で示した。

「私も、隣で見たい」

 凪は、数秒、沈黙した。

 それから、マスクのスリットから漏れる光と重なるような、静かな声で応えた。

『……了解しました』

 

 ハッチが閉じる。

 同期開始のアナウンス。

 ガレージに残されたしろっぷは、スツールの上で足をぶらつかせながら、並んだ二基のポッドと、中央に佇む漆黒の人造人間を、じっと見つめていた。

 ようやく、何かが始まってしまった気がした。

 

 モニターの端で、ランクマッチの待機画面が、静かに起動する音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ