表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリーダム・フロント 〜追放された裏方ビルダー、天才少女の機体を完成させて環境を破壊する〜  作者: ボナンザ・ソバイユ
最悪のバディ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/23

第15話 試遊


 午後七時を少し回った頃、遠野凪は社内のデスクの端でノートパソコンを閉じた。

「お、遠野くん今日は早いな」

 通りすがりの上司が、意外そうに声をかけてくる。

「ええ、少し用事がありまして」

「珍しいな。デートか?」

「違います」

 凪は即答し、コートを手に取った。

 上司が軽く笑って去っていく背中を横目に、凪は静かに社を出た。

 新宿駅西口の地下通路を抜け、指定された案内に従って、ビル五階の多目的ホールへ向かう。

 ホールの入り口では、黒いポロシャツを着た運営スタッフが受付を仕切っていた。

「《フリーダム・フロント》新入力デバイス試遊会へようこそ。お名前をどうぞ」

「遠野、凪です」

 スタッフが端末を操作する。予約枠。ID確認。簡単な案内。

 ホール内には、同じように予約で集まったプレイヤーたちが十数人ほど散らばっていた。ランカーの姿はない。一般層の、中堅未満の男女ばかりだ。

(ちょうどいい)

 凪は表情を変えずに、空いている試遊ブースの列に並んだ。

 

 ホールの壁際。

 黒いロングパーカーのフードを軽く被ったままの少女が、長椅子の端に腰かけて足をぶらつかせていた。

 ワイヤレスイヤホン。気怠げな目。ぼんやりと天井を眺める姿勢。

(……別に、来なくてもよかったかもしれない)

 真白ましろは、小さく欠伸をした。

 学校帰りに、気まぐれで予約だけ取っておいた。理由は特に覚えていない。いや、覚えてはいる。

(あいつ、絶対試すし)

 ぼんやりと、自分のパートナーの冷静な声を思い浮かべる。彼が新しいデバイスに適応したら、自分の戦闘データの取り方も変わるはずだ。だから、先に一度触っておいたほうが、組みやすくなる。

(……うん、そういうこと)

 それ以上の理由は考えないことにして、真白は欠伸をもう一つこぼした。

 

 列が進む。

 凪が試遊ブースの手前まで来たところで、一人の少女が、前のブースから出てきた。

 フードを被ったまま、ぼんやりした目で通路を歩いてくる。肩が少しだけ、凪の腕に触れた。

「あ」

 少女が小さく声を漏らし、ぺこりと軽く会釈する。

「ごめんなさい」

「いえ」

 凪は短く応え、軽く頭を下げた。

 一瞬、顔が見えた。白い肌、整った目鼻立ち。気怠げな中に芯のある瞳。

(……綺麗な人だな)

 それだけ、頭の片隅でよぎって、凪はすぐにブースへと視線を戻した。

 少女も、そのまま通路を歩いていく。イヤホンに手を伸ばし、小さく欠伸をしながら、出口のほうへと。

 

 凪はブースに足を踏み入れた。

 小型のダイブポッド。壁の案内に従ってシートに身を沈める。

「本機はβ版です。動作はテスト用の白空間に限定されます。体験時間は十五分」

 スタッフの声を聞き流しながら、凪は深く息を吸った。

 

『同期開始』

 

 視界が白く広がる。テスト用の白空間。何度も見た景色。

 次に来るはずの工程――「動きたい動作を意識的にコマンドへ翻訳する」あの重い作業が、なかった。

 

 試しに、凪は自分のアバターの手を見ようと思った。

 視線が、ふわりと移動していた。

 次に、握ろうと思った。

 握っていた。

「……」

 凪の唇が、わずかに動いた。

 

 彼はずっと、自分のことを「論理は早いが、出力が致命的に遅い人間」だと定義してきた。頭の中の設計と、実際の画面の挙動は、常に分厚い壁で隔てられていた。コマンドの翻訳時間、入力デバイスの遅延、指先のもどかしさ。

 その壁が、消えていた。

 

 試しに、簡単な連続動作を組み立ててみる。前方へ三歩、右回転、左手を上げて、右脚で踏み込み。

 組み立てた瞬間、終わっていた。

 全部。

 

 もっと複雑な挙動を意識する。空中跳躍、捻り、着地と同時の後退ステップ、さらに連続した方向転換。

 頭の中で描き終わるのと、アバターがその通りに着地するのが、同じ瞬間だった。

「……」

 しろっぷが、いつも笑いながら口にしていた言葉。

『軽い』『繋がってる』『気持ちいい』

 ああ、これだったのか。

 

 凪の頭の奥で、別のものが動き始めた。

 ずっと彼の中に溜まり続けていた、出力先のない膨大な設計図の山。関節、人工筋肉、神経伝達、荷重分散。頭の中でだけ完成し、誰にも形にできなかった無数の機体案が、一斉に輪郭を帯びていく。

 この操作速度があれば、動かせる。

 あの設計も、あの構造も、あの動きも、全部。

 

(……組みたい)

 

 気づくと、彼はテスト空間でアバターを動かしながら、頭の中で新しい機体の骨格を描き始めていた。重心の置き方、関節配置、バフの乗せ方。試遊用の白い空間など、もはや目に入っていなかった。

『残り、三分です』

 スタッフの声が、遠くから響いた。

 凪は、動かし続けていた。自分の頭の中にあった完璧な設計図が、ようやく、外側と地続きになった感覚を、もう一秒でも長く確かめていたかった。

 

 試遊が終わり、ブースを出た凪は、しばらく通路の端で立ち止まっていた。

 歩きながら、頭の中ではもう、次の機体の輪郭が動き始めている。ヒューマン型をベースにした、新しい案。滑らかで、精緻で、一つの生命として完結した造形。

 エレベーターに乗り、ビルを出る。

 西口の地下通路を、人の波に逆らうように歩きながら、凪は小さく呟いた。

「……組める」

 自分の声が、少しだけ、震えていた。

 

 同じ頃。

 新宿駅の改札の前で、真白はイヤホンの片方を外し、欠伸をしていた。

 試遊は三分で飽きた。クリサリスほど気持ちよくはなかった。自分にはあまり必要ないかもな、と正直に思った。

 でも、とフードの中で彼女はぼんやり考える。

(あいつは、たぶん)

 パートナーの顔を思い浮かべる。

 普段、淡々と機体のログだけを眺めているあの男が、これを触ったらどうなるのか。

 想像して、ほんの少しだけ、真白の口角が上がった。

(……たぶん、ヤバいことになる)

 彼女はイヤホンをポケットに押し込むと、電車のホームへと歩き出した。

 

 改札を抜けて下りのホームへ向かう人の流れと、上りのホームから人の流れが、雑踏の中で一瞬だけ、交差した。

 二人が、それに気づくことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ