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第二幕 人形の微笑み ―陳の株邑―

陳の夏御叔の元へ輿入れしたとき、夏姫は十五ほどだった。


夫は穏やかな人だった。大きな声を出さず、彼女を怒鳴りつけることもなく、夜の閨でも乱暴はしなかった。それだけで十分だと、彼女は思うことにした。愛情というものを期待することを、彼女はすでに諦めかけていた。


息子の徴舒が生まれたとき、初めて彼女は自分の身体の中に他者を感じた。


腕の中に収まる小さな重さ、胸に押し当てられる柔らかな頭、ひたすらに乳を求める命の熱さ。夫への愛とも、男たちへの恐れとも違う、もっと根源的な何かが、彼女の胸を満たした。これは自分が選んだものだ、と彼女は思った。この子だけは、誰の命令でも、誰の欲望でもなく、ただ自分の血と肉から生まれた存在なのだ、と。


徴舒を抱くとき、彼女はようやく人間に戻れた。


しかし夫は、息子がまだ幼いうちに逝った。


男という盾を失った今、自分を守るものが何もなくなったことだけは、骨の髄まで理解した。夫の死はしかし、乱の始まりに過ぎなかった。


陳の霊公が彼女のもとへ来るようになったのは、夫の喪が明けて間もなくのことだった。


大夫の孔寧が来た。儀行父が来た。どの男も同じ目をしていた。あの宮廷の文官の目と、あの宴席の客たちの目と、根は同じ、空腹より暗く粘り気のある目を。彼女はその目を見るたびに、自分が毒を帯びた花に似ていると思った。蜜を求めて寄ってくる虫を、蜜そのものが傷つける。しかし花には羽根がなく、どこへも飛んでいくことができない。


君主に逆らえば、自分だけでなく息子の立場まで失う。夏の大夫家としての徴舒の地位は、ひとえに彼女の従順にかかっていた。彼女は身体を差し出しながら、心の扉を一枚一枚、内側から閉ざしていった。息をするように微笑んだ。誰も傷つけない角度で首を傾けた。人形になることを、彼女は覚えた。


三人の男たちはやがて、互いに夏姫の肌着をつけて朝廷でふざけ合うようになった。その話は夏姫の耳にも届いた。彼女は何も感じなかった。いや、何も感じないふりをすることに、これほど熟達していたのだと思い知った。


大夫・洩冶がこの醜聞を霊公に諫言したとき、夏姫は密かに、その男の勇気に心を動かされた。しかし霊公が孔寧と儀行父にそれを告げると、二人は洩冶を殺した。諫言は死を招く。真実を言う者が消される。夏姫は口を噤んだまま、それを見ていた。


私のような女が生きている宮廷では、善い人間が死ぬのだ。


その考えは静かに来て、静かに沈んでいった。


やがて、徴舒は成長した。


息子の目は鋭かった。母を見る目は柔らかかったが、廷臣たちを見る目は刃のように冷たかった。夏姫は問えなかった。問えば、息子の口から真実が溢れ、そしてその真実が息子を動かしてしまうような予感があった。


その予感もまた、正しかった。


前599年、五月。


霊公が孔寧と儀行父を連れて徴舒の邸で飲酒した夜のことだった。酒が進むにつれて、霊公が儀行父を見てにやにやと笑いながら言った。「夏徴舒は、そなたに似ておるな」。儀行父も負けじと答えた。「君にも似ておりますぞ」。


その言葉が徴舒の何かを断ち切った。


霊公が馬車に乗ろうとした瞬間、徴舒は厩の陰から弓を引き、矢を放った。霊公は地に倒れた。孔寧と儀行父は命からがら楚へ逃げ落ちた。霊公の世子・媯午は晋へ亡命した。


徴舒は自ら陳侯を称した。


報せを聞いたとき、夏姫は動けなかった。


喜べなかった。怒れなかった。息子が自分のために怒ったのだとは、分かった。しかしその怒りがどこへ向かうか、彼女には見えていた。君主を弑した者を、大国の楚が放置するはずがない。


案の定、徴舒は楚へ使者を送り、陳侯として承認を求めた。荘王は表向き受け入れ、辰陵で会同を開いた。徴舒が安堵した矢先、前598年の冬、楚の大軍が陳の地に雪崩れ込んだ。


陳の大臣たちはもとより楚を恐れていたため、城門を開いて楚軍を迎え入れた。徴舒は逃げ場を失い、捕らえられた。


栗門での車裂き。


夏姫は、その刑が執行されるときの場所に、いなかった。しかし後から伝え聞いた言葉の断片が、刃のように彼女の胸に刺さり続けた。車裂きとは、牛馬に四肢を引かせて身体を引き裂く極刑だった。


私が生きていたから、息子は死んだ。


その考えは静かに来た。しかし静かであるがゆえに、どこまでも深く刺さった。泣くことさえできなかった。涙は感情が溢れるときに出るものだが、あのとき彼女の中にあったのは感情ではなく穴だった。何かがすっぽりと抜け落ちた、黒くて底のない穴。息子への愛情が宿っていた場所に、今は何もなかった。


それ以来、彼女は自分の顔を見ることをやめた。



Claude sonnet 4.6 Lowで作成

no+e「小説 傾国の花 ―夏姫伝―」

https://note.com/norifumi07/n/n819e6a51a6b6?magazine_key=m48308acc548a

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