第一幕 呪いの芽吹き ―鄭の宮廷―
春は、いつも彼女を裏切った。
鄭の宮廷に桃の花が咲き乱れる頃、夏姫はまだ自分の顔というものを、水面以外で知らなかった。池の縁にしゃがみ込み、揺れる水鏡を覗き込むと、そこには目の縁が少し赤みを帯びた、幼い娘の顔があった。悪くはない、と彼女は思った。それだけだった。美しさとは他者の目の中にしか存在しないものだと、当時の彼女はまだ知らなかった。
侍女たちの態度が変わり始めたのは、十三の春だった。
それまでは笑いながら一緒に石蹴りをした娘たちが、どこかよそよそしく、しかし熱を帯びた目で彼女を見るようになった。父君の宮に仕える文官の老人が、廊下の角で彼女とすれ違いざま、ぴたりと足を止めて振り返った。その目の色を、彼女はうまく言葉にできなかった。空腹を覚えたときの色に似ていると思ったが、それよりもずっと暗く、粘り気があった。
なぜ、あのような目をするのだろう。
理解しようとするたびに、胸の奥が薄暗くなった。
やがて彼女は、宴席に呼ばれるようになった。父君・穆公の傍らに座らされ、鄭の貴族たちの前に差し出された。父君は誇らしそうに笑い、客たちは盃を傾けながら彼女を眺めた。その視線のいくつかが、じりじりと肌に触れてくるような感触があった。絹の衣の下で、彼女はひそかに腕を抱き締めた。
愛されるということは、こういうことなのだと彼女は自分に言い聞かせた。
しかし愛と欲望のあいだには、深くて暗い川が流れている。子どもの頃の彼女はその川岸に立ち、向こう岸が見えないことに気づきもしなかった。気づいたとき、彼女はすでに川の真ん中に立たされていた。
ある夜、彼女は自分の寝室の窓から月を見上げた。
月は美しかった。冷たく、白く、万人に見られ続け、それ自身は誰にも触れることができない。
あれは私に似ている。
そう思った瞬間、身体の芯から寒気が立ち上った。十四の娘にしては重すぎる予感だった。
やがて父・穆公の決断は下された。
夏姫は陳の大夫・夏御叔のもとへ嫁ぐことになった、と侍女から聞かされた夜、彼女は泣かなかった。ただ、自分の顔が既に自分のものではないのだと、改めて知った。父君が彼女を遠ざけようとしているのだということも、幼い彼女にはなんとなく分かった。この顔は宮廷に置いておけば禍いの種になる、と父は判断したのだろう。
春が来るたびに桃の花は咲き、人々は彼女の美しさが増したと囁いた。その言葉が贈り物のように聞こえていた時期は、とうに過ぎていた。今や彼女にとって、美しさとは皮膚の上に貼り付けられた刃物だった。自分では脱ぐことができず、触れる者すべてを傷つけ、しかし最も深く傷ついているのは、それを身につけた自分自身だということを、誰も知らなかった。
Claude sonnet 4.6 Lowで作成
no+e「小説 傾国の花 ―夏姫伝―」
https://note.com/norifumi07/n/n819e6a51a6b6?magazine_key=m48308acc548a




