9 ギルドマスターの秘密と、ポチの『新・もふもふ能力』
「……というわけで、呼び出しは『午後から』にしてもらったわ」
宿の部屋で、私は優雅に紅茶を飲みながら宣言した。
ドア越しにギルドの使いの人が来た時は焦ったけれど、私がノートに『ーー使いの者は、二人の「午前中はゆっくり休みたい」という要望を快く受け入れ、面会を午後に変更してギルドへ戻っていった』と書き込んだため、事なきを得たのだ。
「しおり、その能力本当に便利ね……。じゃあ午後までは、このポチのサイズをどうにかする方法を考えましょう」
アキが朝食の残りのソーセージをポチの口に放り込みながら言った。
大型犬サイズになったポチは、バグバグと美味そうにそれを咀嚼している。
「ガル(主殿、アキ殿。実は、私にはもう一つ能力が発現しているのだ)」
ポチの声が脳内に響く。
「え、新しい能力? なあに、神狼の咆哮とか、漆黒の炎とか!?」
私が目を輝かせると、ポチはフッ、と知性溢れる笑みを浮かべ(犬の顔なので分かりにくいが)、その巨躯をふるりと震わせた。
ポンッ! と小気味よい音がして、白い煙が立ち込める。
煙が晴れたそこには――。
「……え?」
いたのは、昨日助けた時よりもさらに小さい、手のひらサイズの「超ミニマムな白色の子犬」だった。ぬいぐるみのように愛らしく、短い尻尾をピコピコと振っている。
「キャン!(【サイズ可変機能】だ! これなら怪しまれまい!)」
声は渋い念話のままだが、見た目は完全にチワワ以下の超絶もふもふ生物である。
「かわいいいいいいいいいいいいい!!!」
アキが理性を失った悲鳴を上げてポチを抱き上げ、頬ずりし始めた。
「なにこれ最高! これならポケットに入れてどこにでも連れて行けるじゃない!」
「なるほど、ラノベでよくある『マスコット形態』ね。よし、午前中はポチの愛でりタイムに決定!」
そして午後。
私たちは約束通り、冒険者ギルドの最上階にある『ギルドマスター室』の前に立っていた。
ポチはアキのパーカーのフードの中にすっぽりと収まり、外をキョロキョロと見降ろしている。
「入るわよ、アキ、ポチ」
私がドアをノックして開けると、そこは重厚な本棚と大きなデスク、それに山積みの書類があるだった。
デスクの奥の革張りの椅子に座っていたのは、強面の厳ついおっさんーーではなく、白髪交じりの髪をキッチリと整え、モノクル(片眼鏡)をかけた、仕立ての良いスーツ姿の老紳士だった。
「ようこそおいでくださいました。シオリ様、アキ様。私がこの街のギルドマスター、アルベルト・フォン・ロシュタールです」
アルベルトは立ち上がり、洗練された動作で一礼した。フォンが付いてるから貴族か、あるいは伝説の元暗殺者か。独特の油断ならないオーラを放っている。
「単刀直入に申し上げましょう。昨日のミノタウルスの件、そしてギルドの登録水晶をバグらせた件について……あなた方の詳細を伺いたい」
アルベルトのモノクルが、鋭く光る。
「特に、ミノタウルスとの戦い、あれは一体何なのですか? 我々の記録には、あのような手順は存在しません」
「それは……その、私が『そういう設定』を、ノートに書いたからです」
私はノートを少し見せながら、正直に答えた。隠し通せる相手ではない。
アルベルトは私のノートと、私の目をじっと見つめ、数秒の沈黙の後ーー。
ハァ……、と深くため息をつき、頭を抱えた。
「……やはり、そうですか。『世界の理を上書きする概念能力』。まさか私が生きている間に、本物の【特級・異界人】にお目にかかるとは」
「あれ、怒らないんですか?」
アキが不思議そうに尋ねる。
「怒るわけがないでしょう。街を救ってくれた英雄です。それに、そんな理不尽な能力を持つお嬢さん方を敵に回したら、私の胃がいくつあっても足りません。……ただ、ギルドマスターとして一つ、あなた方に『提案』というか、『お願い』があるのです」
アルベルトは顔を上げ、真剣な眼差しで私たちを見た。
「あなた方の力は強大すぎる。ここで大人しくFランク冒険者をやられては、周囲のパワーバランスが崩壊します。そこで……私の『特命』として、この国の中央都市(王都)へ向かってはいただけないでしょうか? そこで、より高難度の案件を処理してほしいのです。もちろん、相応の報酬と、私の『推薦状』を用意します」
「王都……! きたわね、第2章の舞台が!」
私のお気楽な脳みそが一瞬で活性化する。
「ガル(王都か。美味い飯が多そうだな)」
アキのフードの中から、ポチの渋い声(念話)がアルベルトの脳内にも直接響いた。
アルベルトは一瞬目を見開いたが、すぐに納得したように苦笑した。
「……なるほど、フードの中の愛らしい小犬(?)は、神狼フェンリルでしたか。サイズを変える隠蔽能力までお持ちとは、恐れ入った。どうです? この提案、乗っていただけますか?」
私はアキと顔を見合わせ、お互いに不敵な笑みを浮かべた。
「いいでしょう、ギルドマスター。その特命、受けて立ちます!」
こうして、私たちはただの新人冒険者から、ギルドマスター直属の『特命冒険者』へとスピード出世(?)し、次なる舞台ーー王都へと旅立つことが決まったのだった。




