8 朝起きたら、もふもふが巨大化していた件について
「……うーん、よく寝たぁ……」
翌朝、窓から差し込む心地よい太陽の光で、私は目を覚ました。
宿のベッドは最高だった。昨日の疲れなんて完全に吹き飛んでいる。
「ふあぁ……。さて、ポチ、朝だよー。起きてーー」
寝ぼけ眼のまま、私は左側にいるはずのポチへ手を伸ばした。
しかし、手に触れたのは「ぽてっとした子犬」の感触ではなかった。ゴワゴワとした、まるで高級なじゅうたんのような、圧倒的密度の巨大な毛並みだった。
「……あれ?」
目をごしごしと擦り、視線を左に向ける。
そこには、昨日の「柴犬サイズ」から一回りどころか三回りほど巨大化し、大型犬(秋田犬)クラスのサイズになった白銀の獣が、ベッドの半分を占領して丸くなっていた。
「……ッ!?」
声にならない悲鳴を上げていると、私の隣で寝ていたアキが、もぞもぞと起き上がった。
「ん……しおり、朝からうるさ……って、ええええええええええええ!?」
アキが文字通りベッドから転げ落ちた。
その絶叫に驚いたのか、巨大化した白銀色の獣が「ふあぁ」と大きなあくびをしながら、のっそりと身体を起こした。
獣は、くりくりとした知性溢れる瞳で私たちを見つめると、低く響く声で鳴いた。
「ワン……いや、ガルル(おはよう、主殿。アキ殿)」
「「しゃ、喋ったァァァァァァァ!!!???」」
私たちの叫び声が、部屋に木霊した。
「ちょっとしおり!! 何これ!? あなた昨日、ポチの成長設定でも書いたの!?」
アキが半狂乱で私の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「書いてない! 書いてないわよ! 昨日の夜は『ぐっすり眠る』って書いただけで、ポチの育成設定は弄ってない!」
私は慌ててノートを開き、昨日のページを確認したが、確かに変なことは書いていない。
すると、巨大化したポチが、のっそりとベッドから降りて私の元へ近づいてきた。
その巨躯は迫力満点だが、動作は相変わらず甘えん坊そのもの。私の膝に大きな頭をぐいぐいと押し付けてくる。重い。めちゃくちゃ重い。
「ガル(主殿の文字の加護、美味であった。一晩でエネルギーが満ち、少しだけ本来の姿に戻れたのだ)」
「……え? あ、私の書いた『文章』を間近で浴びたから、神獣としての成長が覚醒しちゃったってこと!?」
「ワン(その通り。感謝する)」
どうやらポチは、声が直接脳内に響く『念話』のような形で、私たちの言葉を完全に理解して会話ができるようになったらしい。
「理解したわ……。私のスキル、ただ現実を改変するだけじゃなくて、能力を強制的に引き上げる副作用があるんだわ……」
私は冷や汗を流しながらノートにメモを取った。
『設定:ポチ。一晩で大型犬サイズに進化。念話が可能。主の文章を食べて育つ、燃費の悪い大食い神狼』
「ガル(燃費が悪いとは人聞きが悪い。私はこれでも燃費が良い方だ)」
「ポチ、私の脳内メモにリアルタイムでツッコミ入れてこないで!?」
アキが壁際で頭を抱えている。
「大型犬サイズのフェンリルなんて連れて歩いたら、昨日以上に大騒ぎになるじゃない……。どうするのよ、これじゃ街の観光もできないよ!」
「大丈夫よアキ、こういう時は『従魔用の認識阻害アイテム』をギルドで買うか、私がノートに【周囲の人間にはただの可愛い子犬に見える】って書けばーー」
その時、部屋のドアがノックされた。
「朝早くに恐れ入ります、冒険者ギルドのギルドマスター代理の者です! 昨日のミノタウルス戦の件で、お話が……ッ!」
ドアの向こうから聞こえる声。
「……あ、フラグ回収(お迎え)が来ちゃったわね」
私はノートをしっかりと握り直し、アキとポチを見つめた。
「よしアキ、観光は後回しよ。朝イチのイベント(呼び出し)が発生したわ。ポチ、その大きさのまま、私たちの『威嚇担当』として後ろに控えてて!」
「ガル(御意に)」
「もうやだーー! 穏やかなスローライフの朝を返してーーー!」
アキの涙目のツッコミと共に、私たちの異世界2日目が、早くも波乱に満ちて幕を開けるのだった。




