7 宿と美味しいご飯
「あー、疲れた! 今日はもう絶対に動かないからね!」
ギルドの追手をなんとか撒いた私たちは、私が即興で書き上げた『ーーその街で安全で、清潔なソコソコの宿泊費の宿屋を見つけれる』というゴリ押し設定により、『琥珀の宵待ち亭』という宿屋にチェックインしていた。
鍵をもらい、アキは部屋に入るなり、キングサイズのベッドにダイブして大の字になった。
「バウッ!」
ポチもアキの隣に飛び乗り、ふかふかの羽毛布団に顔を埋めて気持ちよさそうに目を細めている。フェンリルの威厳は完全にログアウト中だ。
「ふふん、激戦の後は『豪華な宿で旅の疲れを癒やす』。これもラノベの定番にして、読者が一番安心する日常パートよ」
私は机にノートを広げ、ルームサービスを頼むためのペンを握った。
「ねえしおり、贅沢ついでに、この世界の美味しいものが食べたい。食堂のパフェは美味しかったけど、もっとこう、異世界ならではのガッツリしたお肉とか!」
「任せなさい。作家の描写力をフル活用して、メニュー表の文字を『限界突破』させてあげるわ」
私は宿のメニュー表に書かれた『オーク肉のロースト』や『コカトリスの唐揚げ』という文字を見つめ、ノートにその味の「設定」を書き加えた。
『ーー運ばれてきたオーク肉のローストは、外はカリッと香ばしく、ナイフを入れた瞬間に溢れんばかりの肉汁が噴き出した。口に運べば、とろけるような脂の甘みと秘伝のタレが渾然一体となり、脳を揺らすほどの美味極まる衝撃が走る。コカトリスの唐揚げは、地鶏を遥かに凌駕するジューシーさと旨味の爆弾であった。』
数十分後。
部屋のドアがノックされ、お仕着せを着た上品な給仕人が、銀のドームカバーを被せた大皿を運んできた。
カバーが外された瞬間、部屋中に暴力的とも言える良い香りが広がる。
「な、何これ……! 匂いだけでお腹が鳴るんだけど!」
アキがベッドから飛び起きてテーブルに突進してきた。ポチもヨダレを垂らしながらお座りしている。
「さあ、異世界の美食を堪能しましょう!」
三人(二名と一匹)で一斉に肉料理に飛びついた。
フォークで刺したオーク肉を口に放り込んだ瞬間、アキの目が限界まで見開かれる。
「んんんんんっ!? 美味しい!!! 何これ、お肉が口の中で溶ける! なのに信じられないくらいジューシー! 日本の高級ブランド肉でも勝てないよこれ!」
「クゥーーーン!!」
ポチも自分用に用意された特大の骨付き肉を、凄まじい勢いでハグハグと貪り食っている。骨までバリバリといい音を立てて砕いているのは、さすが神狼の片鱗というべきか。
「ふふ、私の描写通りの味ね。文字具現化スキルは、こういう『生活の質の向上』に使うのが一番正しいのよ」
私もコカトリスの唐揚げをサクッと齧り、そのあまりの旨さに身震いした。冷えた異世界エールが最高に合う。
お腹いっぱい食べ進め、大皿がすべて空っぽになる頃には、私たちは満腹による昏睡状態に陥っていた。
「あー……幸せ……。もう日本に帰れなくても、毎日これが食べられるなら、ちょっとだけ異世界でもいいかも……」
アキがトロンとした目で呟く。
「ダメよアキ、ここで満足したら物語のモチベーションが保てないわ。次回からはまた、魔王討伐の作戦を練らないと……ふわぁ……」
偉そうなことを言いながら、私も強烈な眠気に襲われて盛大なあくびをした。
お風呂(もちろん私のノートで『自動洗浄機能付きの超快適24時間風呂』に改造済み)でさっぱりと汗を流した後、私たちは一つの大きなベッドに潜り込んだ。
右側にアキ、左側に湯たんぽ代わりのもふもふなポチ。
「ねえ、しおり」
暗くなった部屋の中で、アキが小さく声をかけてきた。
「なあに?」
「明日からも、一応手伝ってあげるからね。……私の100倍反射スキル、結構役に立ったでしょ?」
「ふふ、頼りにしてるわよ、私の最強のヒロイン(ツッコミ担当)さん」
ポチが「すぴー……」と可愛い寝息を立て始める。
異世界に召喚された初日。激動の1日は、最高のベッドと、満ち足りた幸福感の中で静かに幕を閉じた。




