3)黒猫
聖堂の外に出た私は、とにかく、一度落ち着きたいと思い、周りを見渡した。
雪が降っているし、屋根があるほうがいいな。
どうしたものかと思っていたら、
聖堂の庭の隅に、小さなパビリオンを見つけた。
屋根付きのレンガ造りで、雪を避けて座れそうな古いベンチがある。
うん、とりあえず、あそこに座ろう。
さっきのは、いったい何だったんだろう。
私の記憶?
確かに私はあの光景を知っている。
でも、私……セレスティーナの記憶ではない。
「何をそんなに考えているの?」
「うん、さっき見えた光景が何だったのかって思って……えっ?」
声がした方を振り返ったが、誰もいなかった。
「あれ? また気のせい?」
「おーい、気のせいじゃないよー! 下だよ」
「え? どこ?」
声のした方をもう一度見てから、視線を下に落とした。
「あら、さっきの黒猫ちゃん。こんなところにいたのね。ん?」
「そうだよ。儀式が終わるのを待っていたよ」
黒猫がしゃべっていた。
「やだ、さっきからおかしいことが起きているけど、今度は、黒猫ちゃんが喋っているような気がするわ」
「気のせいじゃないよ」
「えっ!」
頭の整理がつかないまま、次々と起こる出来事にパニックになっていた。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。私は、まず、さっき起きたことから整理したいのよ。だから、あなたのことは、そのあとね」
「うん、わかったよ」
黒猫の了承を得た(?)私は、まずは『洗礼式』で起きたことから、考えることにした。
「さっき見えた光景は、見覚えがある。でも今の私の記憶ではない。ということは、私の古い記憶。んん? 前世ってこと?」
「そうだね」
「ということは、私の前世は、王女ってことよね」
「うん、うん」
あまりにパニックを起こしていたせいか、考えていることが、勝手に口に出ていた。
「って何で、普通に返事してるのよー!」
黒猫が相槌を打っている違和感に我慢ができなくなった。
「ちゃんと、待っているでしょう。ティナ」
な、なんで、私の愛称を知っているのかしら?
さっきの『洗礼式』を聞いていたとしても、愛称は知らないはず。
「どうして、私の愛称を知っているの?」
頭の整理をしようとしていたことも忘れて、黒猫と話していた。
「ティナは、僕のことは覚えていないの?
いつも一緒にいて、君のことを守っていたのになぁ」
僕……黒猫……いつも一緒に……守っていた……
うっすらとした記憶が鮮明になってきた。
頭は黒猫で、体はおとぎ話に出てくる神さまのような人間。
鋭くも愛嬌のある顔をしている。
やさしくて、強い、いつも私の傍にいて守ってくれていた。
私の護衛、守護神のパスヴェト。
「パスヴェト? 私の護衛をしていたパスヴェトね!」
「そうだよ! よかったー、思い出したんだね。
僕は、すぐに思い出したのになぁ」
「ご、ごめんなさい。そもそも、猫の姿だったから、すぐには分からなかったのよ!」
私は謝りつつも、今起こっている現実に、あたふたしていた。
「そうだよね。僕も猫に生まれ変わるとは、思ってなかったよ。
でも、ティナに会えて良かった」
「私も嬉しいわ。とはいえ、今さっき思い出したばかり。
それも、前世の記憶だったと分かったところで、いまいち、頭の整理がついてないのよね。
私は、王女だった? 魔法を使えた? 何かと戦っていた?」
「うん、分かる、分かる。僕もさっきティナの『洗礼式』をこっそり見ていたら、急に頭の中に前世の光景が流れてきてビックリしたから」
「パスヴェトもそうだったのね。じゃあ、一緒に記憶の整理をしましょう!」
私は、微笑みながら提案した。
さて、記憶の整理をと提案したものの、まずは、一番不思議なパスヴェトのことを聞きたかった。
私の隣に座った(?)彼に質問した。
「最初に確認しておきたいのだけど、パスヴェトは、猫よね。ただの猫?
猫って、喋らないわよね」
「そうだね。ただの猫なら人間の言葉は、話せないね」
「そうすると、何? ま、魔獣とか?」
パスヴェトは、ちょっと嫌そうな顔をした。
「まさか。ティナ、魔獣じゃないよ。聖獣だよ」
「聖獣!!! そうか、そうよね。聖なる動物、私たちを守ってくれる存在よね。あれっ? でも聖獣って、聖教国にのみいるって思ってたけど、違うのね」
私が住むカルーナ王国の東側にある聖教国は、細長い形をした隣の国。
ラーナ教の聖本部と、巨大な大聖堂が存在する。
カルーナ王国の王都にも、大聖堂はあるけど、聖教国大聖堂は、大きさや豪華さが、比べ物にならないくらい、すごいらしい。
ラーナ教を信仰している我が国では、誰もが一度は訪れてみたい、憧れの場所である。
自然が豊かで、緑の木々や草原、清らかな水の流れる川が多い。
そんな聖教国には、私たち人間を守ってくれる存在である聖獣が住んでいると学校の授業で習った。
聖獣といえば、ハヤブサ、ライオン、ジャッカルなどの見るからに力強そうな動物で、かわいい黒猫とか……話すとか……は、習った覚えがない。
「うーん、聖獣って、前世ではいなかったし、まだ詳しいことは、良く分からない。
ただ、自分が聖獣ってことは、何か分かるんだよね。」
パスヴェトも、さっき前世のことを思い出したみたいだし、猫なんだから、今の知識とかは、あまり無いかもしれないわね。
「そっか、分かったわ。とにかく、今は聖獣で、話せるってことね!」
「そうだね!」
パスヴェトとは、以前も、こんな気軽な感じで会話していたなぁと、思い出していた。
☆☆☆☆☆
前世の記憶……
黒猫の頭に、体は人間。可愛い愛嬌のある顔で、線は細いが筋肉質な身体。
いつも細長い、杖のようなキラキラとした剣を帯同していた。
剣の腕もすごかったけど、反射神経が抜群に良かった。
さらに、どんな狭い所にも、体の柔らかさから、スッと入れてしまう。
そして何よりもすごかったのは、悪霊を退治できる魔法を使えたこと。
そんな、すごい護衛だったけど、彼は、いつも私にやさしかった。
まだ幼かった私のかくれんぼにも、よく付き合ってくれた。
「ねぇ、パスヴェト。私がどんなに狭いところに隠れていても、すぐに見つけてしまうわよね。
いったい、どんな嗅覚をしているの?」
「ティナはいつもお菓子の匂いがするからね。すぐに見つけられるよ!」
小憎らしい笑みを浮かべていた。
「な、なによ。まるで私がいつもお菓子を食べているみたいじゃない。」
「あれ? 今、その後ろの手に持っているのは、お菓子じゃないのかな?」
つい、後ろに隠したお菓子も見つかってしまった。
「パスヴェトは、意地悪ね!」
ふくれながら答える私を、彼は、やさしく見つめながら笑っていた。
☆☆☆☆☆
「じゃあ、次は、私のことね」




