第十三話 死神への招待状
午前九時十五分
三階 従業員用階段踊り場(斎藤誠二)
俺とリーナスは従業員用階段を上っている。俺が踊り場にたどり着くと、正面に四人組、全員ヒューマン、三人が男、一人が女、のテロリスト達が現れた。いや、恰好は警備員のものだが。監視カメラを監視している誰かが、俺がうろついているのを通報したのだろう。
「雪風。監視カメラに俺が認識されてから、奴らが現れるまで何分かかった?」
「五分ですね」
「なかなか優秀だな。問題は最深部の機関室も当然敵が居るだろうから、挟撃の危険性があることなんだよな」
後ろからバタバタと足音がしてそちらも四人組のテロリスト達が現れた。
ほらな。
一人がごついトロールの男、残り三人はヒューマンの男。こいつらはまだ階段の下の方だ。服装は都市迷彩のツナギを着ている。
現状を整理すると、正面三メートル先に四人組の敵。下の方から四人組の敵。完全に挟み撃ちだ。しかも全員サブマシンガンを構えている。いくら俺の対弾コートと強化された生体皮膚、骨密度強化でも九ミリパラベラムを山ほど撃ち込まれたら痛いし当たり所が悪ければ死ぬ。通常なら大ピンチな展開といえよう。
後ろからトロールが叫んでいる。
「おい! そこの赤い恰好をした間抜け! 止まれ!」
「おい! 止まれよ! 聞こえないのか!?」
そう言って周囲を俺は見回した。そしてそのまま正面の四人に近づいていく。
「は?」
正面の四人は混乱しながらサブマシンガンを俺に向けて構える。距離二メートル。
「どこにいるんだ? その間抜けってのは? なぁ?」
そう言って正面の四人にウインクを飛ばす。
俺からみて右端に立ってるヒューマンの女が、容赦なくサブマシンガンのトリガーを引いた。
なんでだ!
そこは俺のウインクの魔力でこちらに寝返るべきだろうが!
「弾がでない?」
他の三人もトリガーを引くがロックされていて弾が出ない。
「お前ら、それなりに訓練を受けたようだが――圧倒的に足りてないな」
俺は右手を左の袖口に差し込み、刺身包丁を順手で抜くとパニックになっている正面の男(俺から見て右から二番目に立っている)の首、右側を斬り裂く。
噴き出した男の血が男の左(俺から見て右だ)に立っている女の顔にかかり目つぶしとなる。
「なっ!?」
圧倒的優位を確信していたのだろうが――俺は今、お前たちのお仲間さんのホロリンクを身に着けている。つまり、俺もまた、データ上はゼロシド革命軍ってわけだ。
「死線を潜った経験がな」
そう言いながら振り切った右手に持った包丁を逆手に持ち替え女の首の横、右側(俺から見て左側だ)に正拳突きを放ち、女の首も斬り裂く。
俺はそのまま右手に進んで今しがた首を斬り裂いた二人を盾にする。
我に返った左側の二人の男は、サブマシンガンを鈍器代わりに殴りかかろうとする。
しかし、俺が盾にした二人が邪魔で動けない。
俺は左手で玉ねぎ汁の噴霧器を取り出すと二人の顔にそれぞれ吹きかける。
「目が、目がああああああああ!」
俺は落ち着いて噴霧器をしまう。
そして悲鳴をあげて目を覆いながらも健気にサブマシンガンを振り回して暴れる二人に近づいて、同じく首を斬り裂き、一人は顔面に蹴りをぶちこんで地面に引き倒す。
もう一人は掴んで階段の下り口に引っ張っていく。
下に居た四人組は戦闘の物音を聞いて階段を駆け上ってきている。
ナイスタイミング。
「ストラーイク!」
俺は掴んだテロリストの顔面に膝蹴りをぶち込むと階段に向かって放り投げた。
哀れ、上ってきていたヒューマンは、後二段で踊り場にたどり着けたのに、投げつけられた肉のボーリングにぶつかって、そのまま階段から転がり落ちていく。
更に後続の二人が巻き込まれ、もつれあいながら階段を落ちていった。
最後尾にいたトロールは転がり落ちてきた三人ともう一人を順番に蹴り飛ばし、踏みつける。
おい、酷いことするな。
一応仲間だろう? 三人全員とも呻いて行動不能となってしまった。
「ストライクとはいかなかったか。どでかいピンが一本残っちまった。これはイカサマだろ?」
「そうだな。じゃあ最後のピンのお前を倒してストライクにしちまおうか」
そう言いながらトロールが階段をのしのし上ってくる。
「俺はガリバー。金のためとはいえ、元々こんなお遊びはくだらないと思っていたんだ。丁度いい遊び相手が出てきてくれて俺は嬉しいぜ」
「俺は斎藤誠二。ただの私立探偵だ」
こいつは両腕がサイバーアームになっている。
身長二メートル四十センチ。俺より六十センチは高い。
やれやれ、そんなにでかいと頭をぶつけて大変だろう。
「そうか。浮気調査は間に合ってるんだよ!」
「そうだな。お前のその顔じゃあ、そもそも付き合ってる相手もいなさそうだからな」
「ぬかせ!」
右のストレートを俺に放ってくる。
単純な動きだ。
問題はこいつの両腕がサイバーアームってことなんだよな。壊しにくい。
俺は左斜め後ろにバックステップしながら右手に持っていた包丁を左手袖の鞘に戻した。あまり下がるとさっき殺した三人の死体と血で滑りかねんからほんの一歩だ。
しかたない、もったいないが右手でアンダーテイカーを引き抜き、奴の右膝を撃ち抜いた。残弾十四発。
「がっ……てめぇ! 卑怯だろうが」
膝をつくトロール。
「おいおい、一対八の方が卑怯だろうが」
俺はアンダーテイカーをホルスターに戻し、左手を右手の袖に走らせ、刺身包丁を掴み居合斬り。トロールの両目を斬り裂いた。
トロールの悲鳴が木霊する。順手から逆手に持ち替え、そのままトロールの首に包丁を差し込む。
飛び下がりながら包丁を引き抜く。
トロールは足を滑らせ、自分が重傷を負わせた仲間たちの上に転がり落ちて行った。
「誠二。我の出番は?」
横からリーナスが何かほざいている。
「手を出すなと言っているだろう。俺一人で余裕だから」
「我も活躍したいのだ!」
「これから十分に――」
言い争っていると、突然警報が鳴り響き、隔壁が高速で下りてくる。俺達は踊り場に監禁されてしまった。
「ほらー!! お前がわがまま言うから!!」
「我のせいにするでない!」
「二人とも、真面目にやってください」
委員長の雪風がいつものように説教を始める。
「俺はいつでも真面目だが? ふざけてるのはリーナスだけだぞ」
「真面目とは何だ?」
「馬鹿なことを言っている間に、結局ガターですよ誠二」
くそ! 上手いこと言いやがって!
でも素直に褒めたくないので俺は心の中でだけ雪風に拍手を送った。
***
午前九時二十分
五階 一等客室
流れ出る湯の音が、室内の静寂を少しだけ乱す。
私はシャワーを浴びてリフレッシュしている。
シャワーから流れ出るお湯が私の身体から血糊を洗い落とし、黒曜石のような美しい肌を綺麗にしていく。折角の美しい肢体だもの、大切にしないとね。
ゼロ・シドとハイ・シド達の命をチップにしたゲームの八割は終わり。すでに胴元たる私の勝ちはほぼ確定している。あとは特等席で玩具たちの様子を見ながら船から脱出すれば今回の仕事は完了。
パーフェクト。
溜めておいたお風呂につかる。お湯が全身を温めていく感覚をじっくりと味わう。
「……退屈ね」
仕事は完璧にこなす主義だけど、どうしても刺激が足りない。
「カイン様」
そんな独り言に応えるように、私の細長い美しい耳に挟んでいるカフス型ホロリンクへと通信が入った。アベルだ。
「どうしたの?」
「リーから通信です」
「出してちょうだい」
私の目の前に黒髪をツーブロックにしたヒューマンの男性のホロ画像が展開される。
向こうにも私が湯船に漬かっている姿が表示されているだろう。
「失礼しま――あっ、入浴中にすみません」
リーはすぐに目を伏せる。あらあら、別に減るものじゃないから良いんだけど。
「どうしたのリー? もう私に連絡はしてはいけないって言ってあったでしょう? 後は計画書の通り進めなさい。三日も粘ればハイ・シドを手配してくるわよ。それで折れそうになかったらミドル・シドかロー・シドに要求を変更すること」
そんなわけはないんだけどね。
「はい。それはそうなのですが……実は想定外の事態が起きていまして」
「想定外?」
少し心が躍る。いけないわ。そんな期待させるようなこと言っておいて、どうせたいしたことないんでしょう?
「えぇ……どこから現れたかわからないのですが……赤いコートを着て、黒猫を連れた男がガリバーと、その部下七名を殺害しました」
「ふーん」
私は無意識のうちに口に手をやり考え込む。
黒猫を連れ、赤いコートを着た男。
ほぼ負ける要素のない戦いでも、気づいたら負けていた――そんな『死神』と呼ばれるアンダーの噂を聞いたことがある。
まさかね。
そんな奴が都合良く船に乗ってるなんてことがある?
とはいえ……一対八で勝ったというの?
「で、そいつは今どこに?」
「今のところ、階段の踊り場に隔壁を落として閉じ込めていますが。イレギュラーな存在なので、一応指示を仰ぎたく思いまして」
なかなか適切な判断じゃない。
「リー。もうリーダーはあなたなのよ? 私に頼っていてはいけないわ」
「す、すみません」
リーは目を伏せたままかしこまる。
「隔壁に閉じ込めたのでしょう? 放っておけば良いんじゃないの?」
「ですが、もし脱出してきたら……IFF登録を悪用して銃がロックされるようで」
「解除したら? あなたにも一部解除の権限はあるでしょう?」
私は首を傾げる。お湯が気持ちいい。
「しかし、フレンドリーファイアが……」
「まぁ、そこのリスクリワードを計算するのもリーダーの仕事よね」
私は腕組みして目を細めた。
「あ、はい。すみません」
リーは更に縮こまる。このまま小さくなって消えてしまいそう。
「私なら解除するけどね。その男、どうせたいした火力は持ち込めていないんでしょう? それか、奪われたIDがどれか分かっているならそのIDを弾けば良いだけでしょう」
「確認出来た限りでは防犯スプレーと拳銃、そして厨房から持ち出したと思われる包丁のみです」
「画像はある?」
「あ、はい」
送られてきた画像を確認。
……。
自然と身体が熱くなってくる。面白い。
こんな男がいたなんて。この男が壊れる瞬間をみたい。絶対に。
あの軽口を叩きながら冷徹に人を処理していく男が、私の足元に跪いて命乞いをする――きっと最高の瞬間になるだろう。
もし壊れなかったら……それでも良い。それならそれで連れて帰って私のペットにしたい。でも、まだ私が遊ぶ価値があるかはわからない。
焦っては駄目ね。
「リー。リーダーはあなたなんだから、あなたの好きなように対処しなさい。私は私でやることがあるの。女にはお色直しが必要なのよ」
「はい、わかりました」
通信が切れる。私は湯船から立ち上がった。私の身体から、湯が別れを惜しむ恋人のように流れ落ちていく。さて、彼には私と遊ぶ資格が果たしてあるのかしら?
私は濡れた髪をかき上げ、鏡に映る自分に、これ以上なく残酷で美しい笑みを投げかけた。




