第十二話 手錠プレイ
午前九時十分
一階廊下(斎藤誠二)
俺の後ろに銃弾を抜いたサブマシンガンを構えたオークを従え、俺は自分の部屋へと向かっていた。
これで監視カメラで観察されても、オークが捕虜にした従業員を護送しているようにしかみえないはずだ。
廊下を歩きながら雪風と会議を行う。
(シーリーに連絡を取るべきだと思うか?)
(取るべきでしょう)
(しかし、シーリーのホロリンクが奴らに回収されている場合を考えるとな)
(どうでしょう。今、広域ジャマーが発動しています。ホロリンクが回収されている可能性は低いと思われます)
(どうした? なにごとだ?)
(起きたかリーナス)
(腹が減ったぞ誠二)
(それどころじゃないんだリーナス)
とりあえず馬鹿猫は放っておいて雪風との会議を進める。
(で、シーリーへの連絡はどうしますか?)
(部屋についたらしてみよう)
(我は腹が減った!)
(うるせー! 厨房から持ち出した唐揚げを食わせてやるから少し待ってろ!)
(おぉ……流石にピザポテトは飽きたので丁度良い。気が利くな。我が口を穢すことを許す)
(汚さないで綺麗に食べろよ)
俺のベッドを汚されては困る。
(食べるのは我。掃除するのは貴様よ誠二)
(最悪な役割分担だな。ふざけんなよ)
(誠二。シーリーは?)
黙っていた雪風が圧をかけてくる。最近怖いな。
どうした? ストレスたまってないか雪ぴょん?
(あ、はい。ちょっと待ってください)
自室にたどり着いた俺はオークに電子手錠――俺がナージャさんにかけられたやつだ――をかけてベッドと繋いだ。
オークは床に座り込む。
リーナスに唐揚げ弁当をくれてやる。
嬉しそうに尻尾をふりふりしながらリーナスは食べ始めた。
俺は赤いコートを取り出して羽織る。やはりこうでなくては。
本当はこのオークの服を奪って変装キットでこいつの変装をするべきなのだが……ずっとコック服を着てた俺のフラストレーションは最早限界に達している。
それに、もし、あの女が一人でこの船を制圧した化け物なら、防弾コートは必要だ。変装してもどうせ誤魔化しきれんだろう。
雑魚相手なら変装優先でいいが、本物のアンダーが紛れ込んでいるなら、いつもの赤いコートだ。
シーリーにメッセージを送る。
(シーリー。調子はどうだ? お腹壊したりしてないか?)
(探偵さん! 女の子に何てこと言うのよ! それどころじゃないの、私、私、何もできなくて――)
うーむ、想像以上にテンパっているな。これはよくない。俺の軽やかなギャグも効果が薄い。
(落ち着くんだ。どうした?)
(いきなり警備主任の人がテロリストの一員って名乗って、それで一人、撃ち殺されて、私、私、何もできなくて、私があの時戦ってたら――)
いかん。明らかに悪い方に向かっている。
そして――おかしい、一等客室に宿泊しているVIPが撃ち殺されたってことか?
(落ち着けシーリー。誰かが撃たれたとしても君のせいじゃない)
(でも、でも!)
(俺が君を鍛えたのは君に自殺させるためじゃない。君自身を守れるようにするためだ)
(今、守れてないじゃない!)
メッセージなのでシーリーの声も映像もないが、間違いなく美しいソプラノを震わせて怒っていることだろう。少し俺の胸が痛む。
(いや、守れてる。俺に教わる前の君なら、もしかして感情に任せて突っ走ってとっくの昔に撃たれていたかもしれない。でも、君は俺の言いつけを守って動かなかった。それは感情に任せて動くよりも辛いことだ。大変なことだ。
しかし、時に、生きるために誰かを見捨てなくてはいけないときもある。それで自分を責めるべきじゃない。誰も悪くない。悪いとするならば、撃った奴だ)
(うん……)
(で、確認だが。撃たれたのはハイ・シドか?)
(そう。山田杏子さんってダークエルフの綺麗な金髪の人が……)
ハイ・シドが?
そんなことをしたら……要求が通る可能性なんざ元からゼロに近いものが完全にゼロになるだろうに。
そもそもIFF登録でハイ・シドは撃てないようにされているはずだろうが。
何かがおかしい。
俺の名探偵としての勘が警報を鳴らしている。
「おい」
ベッドにつないでいるオークに声をかける。
「お前らのお仲間がハイ・シドを撃ち殺したらしいんだが……それも計画のうちか?」
オークは驚いたように顔を上げた。
「いや……ハイ・シドには手を出すなと言われている。嘘だろう?」
「そうだよな」
俺の発言にオークは頷いた。
「でも、ハイ・シドのダークエルフの女が一人、撃ち殺されたらしいぞ」
「馬鹿な! できるだけ民間人は殺さないはずだろう!」
ふむ。典型的な自分は正義と思い込んでる正義の味方症候群テロリストの言動ではあるな。
そうはいってもこの艦にいた警備員はこいつらに皆殺しにされているわけだが……いや、ナージャさんを見捨てるような奴らだ、死んでも仕方ないかもしれん。
(シーリー。今そっちはどうなっている)
(えっと……多分、ハイ・シド持ちは全員六階のイベントホールに集められているわ)
朝まで待ったのは――イベントホールにハイ・シド持ちを自主的に集めて管理するためか。
夜のうちに警備を乗っ取り。
朝になってハイ・シド持ちをイベントホールに誘導……朝食会場とか、特別イベントとか、まぁ幾らでも言い訳はできる。
まさか、二階、三階は隔壁封鎖で手間暇かけず封鎖か?
じゃあ何故一階の厨房は制圧に来たんだ?
「おい」
再度捕虜にしたオークへの質問タイムに戻る。
「まだ何かあるのか?」
うるさそうにオークが顔を上げた。
「なんで一階の厨房を制圧に来たんだ。隔壁封鎖したらそれで良いだろうが」
「あぁ……長丁場になったとき、俺達や人質たちに食事を提供させるためだ」
「そこらの売店で適当にピザポテトでも買って来いよ」
「できるだけいい待遇を提供することで、ハイ・シド達を落ち着かせておきたかったらしい。いいご身分だよな、人質になってもいい物食えるってのは。で、俺達もたまにはいい物を食べさせてもらおうって話だ」
成程な。人質とテロリスト、合計すると二百人近い。会場内だけでも百人は超えているだろう。そうなると、いちいち百人分の食い物や飲み物を運送するだけで手間だし、ゴミも相当出る。
厨房を制圧して丸投げしたくなるのはわからんでもないな。問題は、こいつらは長丁場になると思っていても、実際は怪しいことだ。
(シーリー。だいたいわかった)
俺はオークを見下ろしたままシーリーとのメッセージのやり取りを再開する。
(うん)
(じゃあそこで大人しくしていろ)
(どういうこと?)
(特殊部隊が乗り込んできて、皆を救出してくれてこの事件は終わりだよ)
(探偵さんは?)
(俺は船に乗っていないから何もできない)
(……。また、危険なことをするんでしょう?)
俺の表情筋が軽く引きつる。
(危険? その言葉は俺にとっては十年来の親友みたいなものだ。しかし、そもそも俺は船に――)
(嘘。だって船内しか通信できないもの)
シーリーの突っ込みは、俺の心臓を貫いた。その通りだ。
「誠二……」
雪風が憐みのこもった声を出した。
(えーと……あれ? そうなの? なんで繋がってるんだろうなぁ。俺は確かに今新西京に――)
必死に誤魔化そうとする。
(あなたも無茶しないでね。あなたとの約束を守って、私、大人しく待ってるから)
俺の誤魔化しを完全に無視して、シーリーは通信を切った。
ばれてた。なんてこった。俺は部屋の床に崩れ落ちた。
「誠二、あなたはシーリーを見誤っています」
雪風が冷たく突っ込んでくる。
「どうやらそのようだな」
俺は気を取り直して立ち上がった。
「で、どうしますか?」
「隔壁封鎖された場合、解除は?」
「できなくはありませんが、ダイレクトハッキングになるので接続に多少時間がかかるでしょう。封鎖されるたびに、あなたが扉と私を直結する必要があります」
それは実に面倒だな。
「追加でいえば。この船のセキュリティを掌握している敵AIに私の存在が感づかれる危険性が高いです。
そうなると私の行動はオフライン通信、もしくは超短距離通信に限定されるため、活動に制約がかかります」
「そういえばそうだった……となると、ますますダイレクトハッキングの連発は不味いな。特殊部隊が到着するまでの時間の猶予もわからんし。さっさと現状を把握しないといけかん」
俺と雪風のやり取りを聞いていたオークが口を挟んできた。
「特殊部隊だと? 馬鹿な、企業連合会は我々の要求を無視するってのか?」
「当たり前だろうが。お前らは皆殺しにされる。どうあがいてもな」
「人質がいるんだぞ!」
必死で喚き散らすオークを冷たく見下ろしながら俺は思考を巡らせる。さっきも説明したはずだが……まぁ良い。
「だからさぁ……人質を取りました。俺達の要求を聞け。聞きました。そうしたらどうなる? 人質を取れば何でも言うこと聞いてもらえるじゃん! ってなっちゃうだろう? つまり、一回でも成功事例を与えたら駄目なんだよ。
わかるか? しかも、シージャックだと? その場にいないとできないテロだ。効率が悪い。時代遅れも甚だしい。百年前にもう廃れていた手法だ。馬鹿としか言いようがない」
オークは黙ってうなだれた。そう、今時シージャックなんて馬鹿のやることだ。
だが、この計画は馬鹿が立てるような計画じゃない。
手際がいい。余りにも。
これだけ理解しているやつがシージャックだと?
…………。
今考えても仕方ないことは後回しだ。どのみち外部との通信を確保できれば……そうだな、五分でいい。
五分確保できればわかることだ。そのためにはやはりセキュリティルームを制圧して、一時的にでもジャミングを解除する必要がある。
ここはリーナスの出番だな。
リーナスにここで魔力を浪費させるのはどうかと思うが――仕方がない。
「行くぞリーナス。散歩の時間だ」
「何? やっとこの船も我に巡回される栄誉を賜るべきであると気づいたのか?」
唐揚げ弁当を舐め回していたリーナスが顔を上げた。
「そういうことだ」
「仕方あるまい。ちょっくら散歩してやるとしようではないか」
鼻息荒くリーナスが言い出した。こいつもこいつでずっと室内でストレスが溜まっていたらしい。いや、自業自得だが。
「その前にコレをつけてね」
オークから奪ったホロリンクその一をリーナスの首輪にひっかける。
その二は俺が装着している。
「なんだこれは?」
「リーナス神の降臨を知らせるためのものだ」
「成程。大切なことであるな。特別に許そう」
リーナスは鷹揚に頷く。
「じゃ、行くぞ」
俺はホルスターを装着。アンダーテイカーをホルスターに収納。
マガジンはホローポイントが二つ、徹甲弾が一つ。今、アンダーテイカーに収められている弾丸はホローポイントだ。
包丁は両手首に鞘を固定。ポケットには胡椒と唐辛子の瓶、玉ねぎ汁をタッパーから香水の噴霧器に入れ替える。
完全武装だ。
これだけあれば軍隊とだってやりあえる。
「おい! 俺は?」
繋がれたオークが何かわめいている。
「そこで一人で手錠プレイでもしていろ」
言い捨てると、俺は廊下へと踏み出した。




