第十一話 見せしめ
午前九時
六階 大イベントホール(シーリー・マーティン)
倉田という人が銃を撃ってから静まり返ったイベントホール。
巡回してきた警備員の姿をした、ゼロシド革命軍の人達が、イベントホールにいる人々の所持している貴金属や宝石を回収して回っている。
結局お金目当てってこと……?
私も杏子さんも装飾品を付けてないから特に何も獲られなかったけど、怖い。どうなっちゃうんだろう。そう考えていると杏子さんが私をじっと見つめているのに気が付いた。
私と目が合うと、彼女はつ、と目を逸らし、手を挙げた。
「すみません。あなたがたは結局何をしたいのでしょうか?」
えっ……自分からそんな目立つことを……?
確か、探偵さんはこんなときは……『目立たないように、刺激しないようにして、静かにしていること。絶対一人でブルース・ウィルスみたいな真似はしないこと』って言われてるけど……勇気がある人だ。
「そうだ、何が目的なんだ?」
「金なら出す、解放してくれ」
「命だけは助けて!」
そういったどよめきがさざ波となって室内を揺らす。
倉田が声を張り上げ、室内はまた凪いだ。
「我々の要求は一つ。この船に乗っているゼロ・シド達に、あなたがたと同等のハイ・シドを与えること。それだけです」
「馬鹿な、ゼロ・シドごときが?」
「無茶だ」
「ありえない」
室内がざわめく。
「もちろん、要求が受け入れられない場合……お互いにとって不幸な結果となるでしょう」
倉田はそう言うと会場を見回す。
「我々はあなたがたに危害を加える気はありません。今のところは、ね。既に企業連合会に我々の要求は伝えています」
倉田の言葉が終わると同時、再び室内が騒がしくなる。
「そんなの無理よ……」
「無茶苦茶だ……!」
室内の緊張が高まる。確かに、テロリストの要求を受け入れてCID、しかもよりによってハイ・シドを手配するなんてまずありえない。
それに――仮に手配したとして、その後、この人達はずっとそのCIDが保証されると思っているのだろうか? だとしたら、余りにも杜撰な計画じゃないの? 境遇には同情するけど……とてもじゃないけど正しい手段とは……
また銃声が響く。身体が反射的に震える。怖い。
「静かにして下さい。それとも――誰か死なないとご理解いただけませんか?」
倉田が拳銃を手に辺りを見回す。杏子さんが突然立ち上がると三歩ほど前に進み出た。彼女の背中を私は黙って見つめていた。
「アルゴス・セキュリティの警備主任がテロリストに加担するなんて、堕ちたものね。それとも、大義とやらに目覚めたの?」
「何だお前は? 死にたいのか?」
倉田は拳銃の弾倉を抜き、新しい弾倉に交換。更に拳銃の薬室を引いて弾を排出した。
排出された弾丸がステージに転がる。
私を含め部屋にいる人質たちは、排出された弾丸という実体を伴った死を目撃し、恐怖に身を固めた。
倉田でも、その手に持った拳銃でもなく、転がる弾丸のほうについ視線を飛ばしてしまう――遠くで良く視えるはずもないのに。
「死にたい? 死ぬのはあなたがたよ。対テロ部隊がそのうち乗り込んでくるわ。その前に私達を解放しなさい。そうすれば私達の権力で悪いようにはしないから」
杏子さん、それ以上彼らを刺激するのは……倉田はその言葉を聞くと、何も言わずに杏子さんに拳銃を連射した。
すべての弾丸が杏子さんに命中。
視界が真っ赤に染まった気がした。杏子さんの背中がガクガクと揺れ、辺りに血の、鉄の臭いが立ち込める。
「嘘……」
そう杏子さんはつぶやくと、糸の切れた人形のようにそのまま前のめりに倒れた。
えっ……そんな、何の警告も無しに?
私はカッとなって立ち上がろうとする。
同時に、室内に悲鳴が爆発した。
「馬鹿な、本当に?」
「撃った、いやあああああああああああ!」
「自分が何をしたのかわかって――」
「静かに!」
倉田が大声を出した。一瞬で室内が静かになった。
「これで、我々の言っていることが脅しではないことがご理解いただけたでしょうか? それとも、あと何人かこうならないとご理解いただけませんか?」
倉田が合図をすると、倒れた杏子さんに警備員――じゃない、テロリスト達がかけより、死体袋に彼女の遺体を詰め込む。まだ少し痙攣している。
でも、あの出血じゃあ……悔しい、何もできなかった。恐怖と、悔しさと、何もできなかった自分への怒りで涙が溢れてきた。
探偵さんは一人で絶対に無茶をするなと言ったけど……もし、次、私が引き金を引けなかったら、今度は誰が袋に詰められるの?
***
午前九時
一階 厨房(斎藤誠二)
ぼこぼこにされ、縛り上げられたオーク二名は胡椒と唐辛子による粘膜破壊、玉ねぎ目潰し、ありとあらゆる拷問にかけられていた。
その気になれば厨房には拷問に使える器具が一揃い揃っている。実は世界でもかなり危険な場所の一つだ。
何しろ、口からクソ垂れる前と後にサーをつけないといけない場所でもあるからな。危険じゃないわけがない。
「うん〇ぶ! よくやった!」
総料理長閣下が褒めてくれる。
「神聖なる厨房を手洗いもせず、土足で踏み荒らしよって、許せん!」
そこなのかよ。いや、料理人としては正しいが。
「サー、とりあえず尋問させてもらいます、サー」
そろそろ軍隊ごっこ、違う料理人ごっこも良いだろう。ここからは本物の戦士……じゃない、私立探偵の時間だ。
俺はしゃがむと涙を流しているオークAに話しかける。
オークは涙を流しているが、精一杯俺を睨みつけようと頑張っている。
「やたら見つめてくるが――にらめっこ大会にでも出るのかな? お仲間さんは来ないよ」
(雪風?)
(当然彼らの通信は遮断済みです。問題なく厨房を制圧したと送っています)
お仲間さんは来ないよ。といって遮断できていなかったらどうしようかと思ったが、よかったよかった。
「あんたらの持っているホロリンクとバイオモニターのデータは改竄させてもらった。司令部? には無事にここを制圧したと連絡が行っているはずだ」
厨房の仲間達がひそひそと何やら言っている。
「えっ……うん〇ぶって何者?」「すげぇなうん〇ぶ」「まじで?」
うん。そろそろそのあだ名止めようぜ。
いじめだろ?
小学校でそんなあだ名付けられたら不登校になっちゃうぞ?
「で、あんたらの武器だが……」
ブラックスティール社製のサブマシンガン。スティールサーペント。装弾数三十八発のサブマシンガン。ブラックスティール社は兵器会社の最大手。性能は良いが、もちろんお高い。テロリストが気軽に持てるものじゃない。
(雪風。IFF設定は解除できんか?)
(無理です。ブラックスティール社の最先端セキュリティが用いられています。といいますか、そもそも、IFF変更権限が彼らに付与されていません。ですので、通常の変更手順が無効です。システムそのものをハックするか、変更権限を持つ者を捕らえる必要があります。そもそも、あなたがこの間演算チップをけちったため――)
後半の愚痴は無視。
IFFの設定を確認。
見る限り、この船の一等客であるハイ・シド、自分達、そしてスティール・セキュリティの三勢力が登録されている。
最初の二つは理解できる。こいつらの要求はハイ・シドを手配させることらしい。暴走した下っ端が人質を無駄に殺戮しないように、という配慮だろう。
自分達も当然の処置だ。そのためのIFFだからな。
問題は最後だ。スティール・セキュリティといえばブラック・スティール社の経営する民間警察企業だ。何故?
「お前、このIFF登録はどういうことだ?」
「IFFって何?」「さぁ? PPMみたいなわかりやすい略語使えよ」「オタクかようん〇ぶ」
背後で同僚たちがふざけたことを抜かす。おい、IFFの方がPPMよりも明らかに一般的な用語だろうが! いや、そんなことで言い争っている場合じゃない。
「お前に関係あるのかよ?」
オークがそう吐き捨てる。
「いや、スティール・セキュリティが登録されているのおかしいだろう」
オークの目が見開き、少し泳いだ。こいつ――
「お前、まさか、把握してないのか? 知らなかったのか?」
尚更意味が解らん。
「おかしいと思わないか? IFF設定変更権限がお前達に付与されていないなんてな。はめられたんだよ」
適当にかまをかける。
「はめられた? はっ! CID持ちに俺達の崇高な理念なんぞわかるかよ!」
オークは怒りに顔を歪めて言い返してきた。
「テロリズムに走った時点でな。崇高も糞も無いんだよ。死ぬ覚悟はできているんだろうな?」
俺はあくまでも冷たく切り捨てた。
「もちろんだ。俺達はゼロ・シドを救うためにやっている。そもそも、我々の計画が失敗するわけが無い。カイン様とリーが必ずやお前達特権階級を破滅させる!」
「いやいや、論理的に考えて見ろよ。IFF変更権限もない武器を渡されて豪華客船をシージャック。こんなの、えーとこの船はアルゴス・セキュリティと契約していたか。ならアルゴス・セキュリティの特殊部隊が突入してきてブラッドバス確定だろうがよ。なんなら、スティール・セキュリティが突入してきてみろ。お前達は一発も撃てずに死ぬ。そして基本的にテロリストの要求は呑まない。これ、世界の常識ね。次のテストに出るからメモっとけよ。生きてればな。で、そのカイン様とリー君はどこにいるんだ?」
「し、知らん」
俺の言葉の内容を理解したオークは、目に見えて平静さを失い始めた。
「そうか」
俺は黒コショウの瓶を手に取る。
「ほ、本当に知らないんだ!」
フーム。あながち嘘でも無さそうだな。上手い手だ。下っ端には情報を出来るだけ与えない。
この計画を立てた奴……カインだかリーだか知らないが、かなり切れる。それだけにやはり何かおかしい。
「じゃあ全員で何人くらいいるんだよ」
「八十人近い勇士がお前達に罰を下すためにこの堕落した船に乗り込んできている!」
知っていることは割とぺらぺら喋るようだな。
「どうやって侵入した?」
「従業員に紛れ込んでいる同志と、船の警備員を制圧した後に乗船してくる同志の二部隊に分かれていたんだ。俺達は後発組ってわけだ」
成程。その時に武器をたんまり持ち込んだってわけか。俺は奴等のサブマシンガンに目をやる。
「船に元からいた警備員は?」
「従業員に紛れ込んでいる同志たちが排除して既に入れ替わっている」
だろうな。
しかし、おかしい。武器を持ち込まないで武器を持っている警備員を制圧?
最低でも指揮所、甲板組、恐らく二十人くらいは排除しないといけないはずだ。それを騒ぎを起こさずに?
もちろん、俺にも可能だ。しかし――俺水準のプロがそうそういるとも思えない。そう思いたい。だといいな。
現実的に考えると最低でも一人は凄腕のアンダーがこの船にいるはずだ。……まさか昨晩の?
「指揮所は?」
「何だそれは」
ダメか。この船のセキュリティを司るモニタールームがあるはずだ。まずそこを落としたい。
(雪風。セキュリティルームの位置は?)
(彼らのメッセージ送信先から見るに四階と推測されます)
(ハッキングは?)
(無理です。少し探ってみましたが、高性能な人工知能――ブラックスティール社製の最新鋭AIとみられます――が陣取っています。あなたがもっと高性能な――)
また始まった。小姑か何かか?
(物理的に制圧するしかないな)
(そうですね。そうすればある程度は戦えるでしょう)
「じゃあ皆。ここで静かに待っていてくれ」
俺は厨房内を見回して声をかけた。
「うん〇ぶ……お前は何者なんだ?」
総料理長が聞いて来た。
「時代遅れの私立探偵ってやつでね。まぁ、ちょっくら解決してきますよ」
「一人でか? 無茶だろ」
小山田が心配してくれる。おぉ、友よ。
「なぁに、この船を救うよりジャガイモを剥く方が俺にとっては大変だ」
それに、こいつらは致命的なミスをしている。あまりにも大きなミスを。
俺はこいつらのホロリンクを取り上げる。そして厨房から鞘のある刺身包丁を二本、胡椒と唐辛子粉末の瓶をそれぞれ二個、玉ねぎのすりおろし汁を詰めたタッパーを身に着けた。
「うん〇ぶ。死ぬなよ。貴様がいなくなったら、誰がジャガイモの皮を剥くんだ」
総料理長閣下が優しい言葉を……いや、何か後半不穏な言葉が混じっていたな。聞こえなかったことにしたい。皮剥きだけは勘弁な。
「最後くらいはうん〇ぶじゃなくてですね……」
「こら! 口から糞垂れる前と後にはサーをつけんか!」
「サー! イエッサー!」
反射的に返事をしてしまった。俺はもう駄目かもしれん。




