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第十話 世界新記録

 午前八時

 五階 一等客室シーリー・マーティン


 鏡の前で軽く化粧をしながら、私は違和感を覚えていた。

 

 違和感の源は今朝届いたメッセージ。

 再度確認するために呼び出してみる。

 

【一等客室にお泊りの皆様へ:本日の朝食は六階の大イベントホールでのバイキングのみとなります】


 どちらにせよ大イベントホールでバイキングを食べようとは思ってはいたけど……中にはルームサービスを頼んだり、他のレストランのモーニングに行きたかった人もいるはずだ。

 何か船に不具合でも出たのかしら?


 少しだけ不安が胸をよぎる。探偵さんに言われた通りホルスターを右太ももの内側にセットし、銃を収める。


 よし、シーリー。あなたは大丈夫。あんな冷たい男(斎藤誠二)なんていなくても、私は自分で自分を守れる。

 ……あの人、お腹は治ったのかしら?


 私はゆったりした青いロングドレスを着ると、部屋を後にした。



 六階 大イベントホール


 イベントホールに到着。

 ステージ上では手品師だろうか、何かショーをしている。


 とりあえずポテトサラダ、サラダ、パン、コンソメスープ、エッグベネディクト、デザートにフルーツタルトを取って席に着いた。


 なんとなしに周囲を見回すとやけに警備員の人が多い気がする。

 食べ終えたのだろう、帰ろうと席を立った夫妻がイベントホールの出入り口で何やら警備員と揉めている。


 どうしたのかしら?

 不承不承といったていで夫妻は席に戻った。何だろう……何か嫌な予感がする。

 食べながら出入口を観察していると、帰ろうとした人達が皆、出してもらえていない。何……? 

 どういうことなの?


「ご一緒させてもらっても構わないかしら?」


 昨日ステージ上から見かけた、金髪をロングヘアにした長身のダークエルフの女性が目の前に立っていた。今日は白いロングドレスを着ている。


「え、えぇ。どうぞ」

「ごめんなさい。やけに部屋が混んでて……おひとり?」

 そう言いながら彼女は室内を見回す。


 私もつられて室内を見回すと、確かに人が増えてきている。


「はい。一人です」

「私は山田杏子(きょうこ)。きょうちゃんって呼んでくれると嬉しいわ」

「あ、私は、シーリーです。杏子さん」

「知ってるわ。有名人ですもの」


 そういうと、杏子さんは金色の瞳を細めた。綺麗な人だけど――どこか、危険な香りのする女性。

 昔は、私の知らない人が私を知っていることを誇らしく思った。でも、あれは若さゆえの愚かさだった、と今では思っている。

 最近は、どちらかというと私の知らない人が、私を一方的に知っていることが嬉しくなくなってきていた。というか、どちらかというと、なんだろう……嫌だ。

 こんなことなら芸能界に復帰しない方がよかったのかもしれない。歌を歌うだけなら、オンライン上でのみ活動するとか、今の時代ならいくらでも手はあったのに……その場のノリで行動してしまうのは私のよくない癖ね。


「あの、何か、部屋から出してもらえないみたいなんですけど……?」

 杏子さんにも聞いてみよう。

「そうなの? どうりで人口密度が高いわけね」

 彼女は人が出してもらえないことに気づいたように出入口を見つめた。

「どうしたんでしょう?」

「さあ……? でもこの部屋、やけに警備員の数が多いわね」


 つられて私も部屋を見回す。具体的に数えていなかったけど、あらためて数えてみる。確かに昨日は四人ほどしかいなかった。

 今日は二十人ほどいる。いくら何でも多すぎる。通常、警備員は必要最低限――威圧感を与えず、ただし安心感は与える――のはずだ。


 警備員の制服を着ている、黒髪をベリーショートにしたエルフの女性がステージに上がった。いつの間にかステージ上のショーは終わっていたらしい。

「えー、私はこのグレートクイーン号の警備主任、黒田と申します」


「部屋から出してもらえないのはどういうことだ?」

「部屋に帰らせろ!」

「そうよ、帰らせてほしいんだけど」

「何で帰っちゃいけないのよ」

 客席から男性客達の怒号が飛ぶ。女性客達のひそひそ話が始まる。


 黒田と名乗った警備主任は黙ってホルスターから銃を抜くと天井に一発発射した。

 室内は一瞬で静かになる。


「この船は、今現在をもって、ゼロシド革命軍の指揮下に入ります」

 黒田はそう宣言した。


 私はとっさにホロリンクで外部に連絡を取ろうと立ち上げるが――オフライン。


「広域ジャマーを作動させております。現在、この船は電子的に孤立しておりますので船外への通信は不可能です。お手持ちのホロリンクは船内での近距離でのやり取りにしかお使いになれません。ご不便をおかけしますが、了承ください」

 黒田はそういうとお辞儀をした。



 シージャック?

 大変だ。どうしよう。




 ***



 午前八時半

 一階 厨房(斎藤誠二)


 総料理長にボロカス言われながらも俺は今、絶好調だった。

 PPM6。

 俺は最早神の領域に達しようとしている。


「なんぴとたりとも~俺の前を走らせねぇ!」

「うん〇ぶ、絶好調だな」


 小山田が隣でジャガイモを刻みながら話しかけてくる。

「まぁな。どうも元々あふれんばかりにあった才能が開花してしまったらしい」

 俺は華麗に踊りながらジャガイモの皮を剥いていく。

「何をやっても人並み以上に出来てしまう。いるんだよなぁ~……俺みたいな天才が」

「よくもまぁそんな軽口がポンポンポンポン出てくるな」

 小山田が肩をすくめる。


 やれやれ、凡人のひがみか?

 素直に賞賛しても良いんだぞ?


「うん〇ぶ! しゃべってないで手を動かせ!」

「サー! この船にあるジャガイモの皮という皮を剥き終えてやります、サー!」

「よく言った! やってみせろ!」

「サー! イエッサー!」


 PPM6.5。もうすぐ7に辿り着く。これは前人未到の神の領域では?

 オリンピック種目にジャガイモの皮剥き対決を採用するべきだろう。今の俺なら金メダル間違いない。

 PPM7か。そこに至ったとき、どんな光景が俺の前には広がっているのか――その時、厨房の扉が開き、銃声が響いた。






 騒がしかった厨房が一瞬で静かになる。


 迷彩柄の作業服を着た二人組のオークが、サブマシンガンを手に厨房に入ってきた。


「お前ら! 地面に伏せて大人しくしろ!」

 俺は奴らに気を取られたせいで、一瞬手を止めてしまい――PPMが――あいつら、なんてことを……世界新記録が……神の領域が……ふふふ、はははははは!




 ゆ・る・せ・ん。




 殺そう。




 俺は殺気だった目で観察を行った。


 奴らのいる位置は俺の場所から距離にして十五メートル。

 俺は厨房の真ん中、奥よりのあたりにいる。


 この厨房はでかい棚が壁際に集中しているから、見晴らしがいい。こちらも、向こうも、お互いに良く視え、良く撃てる。俺と奴らに間にあるのは流しが併設された細長い作業机。


 とはいえ俺の銃(雪風)は俺の部屋の鞄の中だ。奴らに人類が未踏の地に至るのを妨害した報いをどうやって―― 



 ん?



 何か静かだな。


 隣の小山田を見ると、既に地面に伏せている。銃声を聞いて、俺以外の全員がしゃがみ込んでいた。


 あれ?

 俺だけ危機管理能力の無い間抜けみたいじゃないか。


 俺は落ち着いて中華鍋を二つ手に取ると、一つに油を注ぐ。

 コンロを最大火力にし、油の入った中華鍋をおき、火にかけた。

 もう一つはすぐ手に取れるよう、手元近くの台に置く。


 そのまま両手をくるくる回し(バスケットボールの審判がトラベリングをとるときのように)ながら身体をくねらせ三歩後退、両手をさっきとは逆回転で回しつつ三歩前進。


「おい。そこのお前!」

 片方のオークがサブマシンガンをこちらに向けてくる。

 雪風から送られてくる弾道予測を確認。あれじゃあ当たらない。

 俺は無視して歌を歌いつつゆっくり前進と後退を繰り返す。


 シーリーの『買えない笑顔』だ

「闇の中 独り膝を抱えていた」

 これ以上変なあだ名を増やされてはたまらんので、少々ずるだが、喉の声帯調整機能をフル活用して無駄に完璧な音程で歌う。


「聞いているのか!」

「存在さえ 否定された 空っぽのゼロ」


 俺は無視して歌いつつ踊り狂う。

 ぶちぎれたオークがこちらにのしのしと近寄ってくる。距離八メートル。あのあたりには――誰もいなかったはずだ。


 俺は煙がうっすらと上がり始めた中華鍋を手に取り、近寄ってくるオークに投げつけた。


 雪風が提供してくる危険予測値が跳ね上がり、視界が赤く染まる。

 同時に台に置いておいた中華鍋を掴み、もう片方のオークの方へ向ける。

 中華鍋にもう片方のオークが放った銃弾が命中。上手く防いだ。


「差し込んだ 光に、手ーを伸ばーしたーけど~」


 俺の投げた中華鍋はスピンしながら飛んでいったが、オークは身をひるがえして避ける。


「うおっ!!」


 中華鍋が硬いものにぶつかる音。

 中華鍋が後ろの台に当たった時に跳ねた油と、投げつけられる過程で飛び散った油がオークにかかった。




「あちいいいいいいいいいいいい!」



 200度近い油を被ったオークは転げまわる。ありゃやばいな。いや、当然の報いだが。


「野郎!」

「指の間を すり抜けていく~」


 十五メートル先にいるもう片方のオークが、俺にサブマシンガンを連射するが――俺は雪風の送ってくる奴の射撃予測位置にあわせて中華鍋で綺麗に全部の弾丸を防ぐ。


 調理の音ではなく、弾丸が金属に衝突する音が厨房に跳ねる。



 「産まれる場所も〜死に方さえも〜選べないのがさだめだというのなら〜」


 そしてそのまま撃ってくるオークへと駆け寄る。正直、徹甲弾を使われていたら防げなかった可能性がある。だが、この狭い船内で徹甲弾を採用することは無い(同士討ちの危険性や大切な設備を傷つけるリスクが高い)という俺の判断はやはり正解だったようだ。


「何で当たらないんだ!」

 オークの悲鳴。

「お前の使ってる戦術AIがしょぼいんだよ。それとも人力のみか?」


(いえ、私が優秀すぎるのです)

 得意気な雪風。

(はいはい。その通り)

 俺はとりあえず同意してやる。


 オークのサブマシンガンの弾が切れたのを確認。


「遠くに見える 背中をおってイモだらけの今日を這いずっていく〜」

 サビの直前で中華鍋を投げつける。

 ついでに歌詞も俺の悲惨な境遇に合わせて改変。


 慌ててサブマシンガンをリロードしようとしたオークは中華鍋を避ける。

 サビを歌いながらオークの目の前に到達。


「誰に否定されたとしても 俺の生まれた意味だけは 誰にも否定させはしな〜い」


 俺はオークに金的をぶち込み、右手で喉に突きを入れ、そのまま喉を掴み、左手の肘撃ちを顔面に叩き込み、左手を戻しざまに奴の後頭部に左手を差し込み、巻き込んで下に引きずりおろしつつ左の膝蹴りを顔面に連発。


 更に右の肘撃ちを後頭部にぶち込む。


「叫びが闇をきり裂いて! 明日へ一歩歩き始める!」


 視界の端に捉えていたもう片方のオークがこちらにサブマシンガンを向けてきたので(火傷がとても痛いだろうに感心なことだ)ぶちのめしているこのオークを盾にする。


 その時、サブマシンガンをこちらに向けているオークの後ろに小山田がフライパンを振り上げて迫っていた。


 オークの後頭部にフライパンが叩きつけられる鈍い打撃音と、オークの悲鳴が厨房に響く。



「かかれ野郎ども!!」

「「「サー! イエッサー!」」」



 総料理長の号令とともに、雄たけびをあげた厨房の他のメンバー達が殺到した。

 オークの哀れな悲鳴はフライパンの打撃音や包丁が振るわれる音にかき消され……っておい、怖すぎる。ちょっと同情するなアレは。

 いや、この豚野郎どもは人類の宝、PPM世界新記録達成を妨害したんだ。あれくらいの報いでも軽いくらいだろう。


「この手につかんだ買えなーい笑顔 絶ー対にー離しはしない!」


 俺は盾にしていたオークに右のボディブローを打ち込み、地面に叩きつけて右手をねじりあげ、顔を足で踏みつけて制圧。



 さてと。


 ……この船でいったい何が起きている?

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