第九話 自業自得?
午前二時
三階 警備主任倉田の部屋(倉田)
(主任! 大変です! すぐに詰所まで来てください!)
大野からのメッセージで目が覚めた。ホロ画像は無い。
大野がこの時間に起こしてくるということは、何かあるということだ。
無駄な連絡をする男ではない。
私はぱっと見では普通のエルフ女性だが、実際は重改造者だ。長時間の睡眠は不要。それでも一日四時間は寝なくてはならない。
その睡眠を割ってまでの呼び出し。状況確認が必要だ。私は手早く着替え、装備の状態を確かめる。スタンバトン、ホローポイントを装填した九ミリ拳銃。そして私の機械化された四肢。私は詰所へと向かった。
詰所の扉にCIDを提示。扉が開く。
室内は――馬鹿な。黒いコートを着た、赤毛をボブカットにしたダークエルフの女が一人。その女が机についてこちらを見つめている。八人はどこに消えた?
「どういうことだ?」
室内に入る。背後で扉の閉まる音。
三メートル先の椅子に座っている女が口を開く。
「はじめまして倉田さん。私はカイン。あなたにいい話があるのだけど?」
「いい話?」
「えぇ。この船はもうおしまい。テロリストに占拠される。そこであなたに提案なのだけど……私の軍門に降るのはどうかしら? 新しい就職先はちゃんと用意してあげるわよ。ただ、顔は変えてもらうことになるでしょうけど。今より美人さんにしてあげる」
「……要するに、お前はテロリストの一員ということか?」
「あら、私の提案は無視なのかしら」
目の前の女は小首をかしげる。
「察するに……大野達はもう殺された、ということなのだろうな」
「ふふっ、今頃――お魚さん達も降って湧いたご馳走に大喜びでしょうね。ま、私にはどうでもいいことだけど」
私の中で怒りが膨れ上がる。
「お前達が何人、いや、何匹いるか知らないが。私一人で全て倒せばいい」
「そう。じゃ、死ぬしかないわね」
交渉決裂したにも関わらず、カインと名乗った女は嬉しそうに微笑む。そして机を蹴り飛ばしてきた。横幅一メートル五十センチはある机が宙を舞い、私に飛んでくる。机と扉で私を挟んで潰す算段か。
「無駄だ!」
私は左手で飛んできた机の端を掴み、カインへと投げ返した。同時に右手はスタンバトンを抜く。奴以外にも手下がいるだろう。生け捕りにして計画を聞き出す必要がある。
カインは椅子を後ろに蹴り飛ばす。そして床に寝ころがった。
私の投げた机がカインの上を通り過ぎる。私の両膝に物凄い衝撃。カインが手に握った拳銃――あれはアンダーテイカーか。だが、徹甲弾でも使用しない限り、私の厚さ二センチの皮膚装甲を貫通することは難しい。倒れない私に驚いたのだろう。カインが目を少し見開く。
「敵の目の前で自ら寝ころがるとは。所詮はテロ屋か」
私はスタンバトンを振り上げると――カインの銃弾が私のスタンバトンに命中、バトンは二つに折れ、砕け散った。
恐るべき射撃精度。仕方ない、右腰のホルスターから銃を抜く。破壊されないよう左手で銃をかばう。着弾の衝撃。私は彼女に向かって足を一歩踏み出す。踏みつけるか、銃弾を叩き込んでやる。
「あら、賢いじゃない」
彼女はそう言いつつ銃から弾倉を排出。同時に、寝転がった姿勢から足を天井に振り上げ、後方に一回転して膝立ちの姿勢に移ろうとした。
今だ! 先ほどの膝への射撃の衝撃がまだ残っている。高速では走れないが、可能な限りの速度で私は彼女に駆け寄
――右足が何かを踏み、バランスを崩す。
彼女の銃から排出された弾倉だ。
偶然?
それにしては出来過ぎている。弾倉を滑らせたのか。
体勢を崩した私に向かって、膝立ちの姿勢から彼女が飛びついてくる。
銃で応戦――そう思った時、既に彼女の銃口は私の右目、三十センチ手前に突きつけられていた。
彼女の突きつけてきている銃はホールドオープンされていない。彼女が引き金を引けば、私は死ぬ。
彼女は私の目の前で、これみよがしに銃に弾倉を挿し込んだ。
まさか――最初から最後まで彼女の掌の上だった――?
「自分から寝転がるテロ屋に負けて、チェックをかけられる気分はどうかしら? さて、最後のチャンスをあげるわ。どうするの? ここで死ぬか、私に屈服するか――どちらでも私は構わないわよ?」
喘ぐように語る彼女の目は、濡れそぼっていた。
午前六時前
一階 従業員室(斎藤誠二)
巨大なジャガイモが空から降ってきて地球を滅ぼそうとしている。今、地球を救えるのは俺達しかいない。
「行くぞ! リーナス! 雪風! 今日の晩飯はマッシュポテト祭りだ!」
「我はピザポテトがよい!」
「なんでもいいわ! PPMを5より落とすなよ! アレの存在を許したら世界が滅ぶと思え!」
「真面目にやってください二人とも。演算を開始します。四十秒後に超巨大ジャガイモに最接近。ラストチャンスです。これを逃したら、もうチャンスはありません」
「上等だ!」
「こんなジャガイモ一つ! 我が押し返してくれよう!」
エアロスミスの曲が流れ始――梯子の軋む音。ベッドの軋む音。
俺の意識は急速に眠りの淵から浮上した。
何だ?
もとより眠りの浅い俺は、不審な物音がすれば即座に目を覚ます。
目を開けると、ナージャさんが俺を覗き込んでいた。
殺気は――感じられない。
俺と目があうと、恥ずかし気に一瞬目を伏せるが、唇に人差し指を当てて静かに、というジェスチャーをした。
とりあえず頷くが――いや、待て。なんだこのシチュエーションは。
何の冗談だ?
これは俺が襲われているのか?
視界の端に映る時間を確認。午前五時四十分。夜這いにしては時間がおかしい。いずれにせよ、俺は彼女とそういう関係になるつもりは、今のところ無い。
女性のプライドを傷つけないようにどう断るべきか、そう考えながら口を開こうとすると、彼女の掌が口に押し当てられる。すべすべしたきめ細かい肌、そしてひんやりとして気持ちい――誠二、そんなことを考えている場合じゃない。
そのまま彼女が顔を近寄せてきて俺の視界が彼女の顔で埋まる。いかん、彼女が手をどけたらそのままキスされてしまう。彼女がそっと俺の口から手を放す。
「あなたは、正義感の強い人だから――」
彼女がそう囁く。
正義感?
そんなもの、母親の胎内に置いてきた。待て――これは、これから夜這いをかけるときの台詞ではない。多分。かけたことなんてないから知らないが。
「目覚めのキスは間に合っ――」
その瞬間、俺の首筋に何かが触れる。まさかこれは?
俺の全身に電流が――トロールでも昏倒させる量の――流れ、俺は意識を失った。
午前七時
一階 従業員室(斎藤誠二)
「ウ◯コブ――!!」
遠くから俺? を呼ぶ声がする。
うるさ……い……。
「ウ◯コブ! 総料理長が激怒しているぞ!」
誰がウ◯コブだ……ぶっ殺すぞ……
「起きろ! お前を連れてこないと俺が総料理長に皮を剥がれちまう!」
揺らすな……何なんだ……俺は、エルフの美女に夜這いを――いや、違う。夜襲? 朝駆け? を食らったんだ。そうだ! いったいなぜ?
俺はベッドから上半身を起こ――っ!?
右手が引っ張られてベッドに再び引き倒される。俺の右手首に手錠がかけられ、ベッドと繋がれていた。
「何をしているんだ?」
こいつは……オークの男が俺をのぞき込んでいた。
えーと、小山田? 確か厨房での同僚だ。
「これは――同室の女性がちょっと特殊な性癖の持ち主でね。熱い夜を過ごしてたんだ。やれやれ、これでも色男ってのは大変なんだぜ」
俺は片手を繋がれたまま器用に肩をすくめる。
「なんでもいいから早く来いよ。ボスがカンカンだぞ。お前、もう三十分も遅刻しているからな。あと三十分で朝のショーと食事会が始まる」
俺の台詞をガン無視した小山田は、そう言うと部屋からそそくさと出て行った。
「おい! これを外して――」
もういない。早すぎる。
余程総料理長が怖いらしい。俺だって怖い。なんてこった。急がなくては。
手錠を確認。電子錠タイプか。よし、これなら雪風が外せるはずだ。
「雪風!」
「はい?」
なんだこいつ。人の大ピンチに。
「はい? じゃないだろ! どうにかしてくれ! さっさと厨房に行かないとまずいだろう?」
仕方ない、お馬鹿さんには状況が理解できていないらしい。丁寧に解説してやるとするか。
「誠二。状況を理解していますか? 色仕掛けで油断し、『目覚めのキスは間に合っているから要らない』などとスカしたことを言おうとしてたら自分で買ってきたスタンガンを食らった間抜けのために……何故、私が、わざわざ、働かなくてはならないのですか?」
……。言い返せん。というか、ナージャさんはどこへ? 目的は? まさかイケメンの俺を独占するためにあんなことを?
やれやれ、女性の独占欲ってのはこれだから……いや、そんな冗談を考えている場合じゃない。ジョン・下谷の野郎に俺が殺されてしまう。
リーナスに頼むのは?
どうもまだ……寝ているようだな。ほうっておこう。奴がぐーすか寝ているということは……やはりナージャさんは俺に害意をもっていなかったのだろう。
なら、尚更彼女の行動の理由がわからない。とりあえず、雪風を丸め込もう。
「雪風君。これはね、君の仕事だよ仕事。わかるか? シーリーの朝食を守るのも仕事の一環ってわけ。だから、ね?」
「やれやれ、仕方ありませんね。四十秒で支度をして行ってください」
「良いのか? そんなに時間があったら、着替えて顔洗って飯食って昼寝して――」
「誠二?」
「すみませんでした」
電子錠の外れる金属音が響く。
よし。俺は四十秒で支度をし、厨房へと猛ダッシュした。




