第十四話 説教の多い猫
午前九時二十分
三階 従業員用階段踊り場(斎藤誠二)
「リーナス、隔壁を開けてくれ」
「我が?」
リーナスが嫌そうに尻尾を振り回し始める。いかんな。悪い兆候だ。
「そうだ」
「情報魔術を使えと?」
しつこいな、こいつ。良いから早く使えよ!
「そうだ」
「あれは我が目立たないからいまいち好かぬ」
リーナスはそう言って後ろを向いた。
「……」
落ち着け誠二。深呼吸だ。ここで切れてはいけない。
「雪風ですら開けるのに手間取るんだよ。ここは君が直接すぱっと開けてくれると助かるんだけどなぁ」
「誠二。私でも――」
雪風の外部音声マイクをオフ。そこで張り合うんじゃない!
「ふむ。仕方あるまい。我がおらなくては独りでトイレにもいけぬ幼子どもよ」
「そうなんだよね。本当に困った奴らだよ」
「我が道を遮る障害などあってなきが如く、どけい」
リーナスが隔壁を見つめると隔壁が開き始めた。
よし! 階段を上り、四階の扉の前に着く。当然鍵がかかっている。
「リーナス!」
「仕方あるまい」
鍵が開く。扉を開けて外を伺う。扉を開けて正面は小さなイベントホールになっている広場。左右にも通路。通路の幅は人が三人並んで通れるくらいか。
右側はレストランやバーや売店がある。左側は二等区画客室と、俺のお目当ての警備員詰所だろう。
もちろん左側に行くべきなんだが……敵の対応速度を見る限り、明らかに俺が踊りながら左側に進んでいくと……
映画でよくあるシーンで『はっはー! かかったな間抜け野郎め!』とか言いながらそこら中から敵がわらわらと現れる可能性がある。それは死んでしまうから避けたい。そしてここは大事なポイントだが――俺は間抜け野郎じゃないはずだ。
何なら下の階からも敵が来る可能性もある。
終わりじゃん。
斎藤誠二、最後の事件簿。完。
「奴は何を独りでぶつぶつ言っておるのだ?」
リーナスが俺の足元で俺を見上げて何やらほざいている。
「リーナス、極度のストレス下におかれると、人は奇行に走ると言います」
「奴は常に極度のストレスにさらされておるのか?」
「そうなります」
何か言いたい放題言われているが、突っ込みを入れる余裕はない。
現状、装備があまりにもしょぼ過ぎる。どうしたものか。
「リーナスさん?」
足元のリーナスを見下ろして声をかけた。
「何であるか?」
リーナスが首をかしげて俺と見つめ合う。
「あのー……召喚魔法なんかはいかがでしょうか?」
「……召喚術、だと?」
もう声色が嫌そう。知ってた。
またリーナスの尻尾がぶんぶんと、不機嫌そうに振り回され始めた。
「いや~ほら、目立ちたいのはわかるんだけどね。俺達は一人と一柱と一AIじゃん。敵は残り七十人もいるわけ。数においてはこちらが有利だけど、もう一人くらい欲しくない?」
「欲しくない」
顔を背けてそんなことを言い出した。いかん。
「帰ったらお高いミルク買うから! いや、待てよ? ここの売店にならミルクとかあるかもしれん! あーでもなー俺達がのこのこ出て行くと撃たれるかもなー」
「さっきは撃たれなかったではないか」
背中を向けたまま正論らしきことをリーナスが言う。
「いやー、それがなぁ」
俺は右手首にはめた、オークのブレスレット型ホロリンクを確認。
ゼロシド革命軍からIDが剥がれてるね。つまり、あいつらは俺達を撃てる。
俺はしゃがんでリーナスの首輪にひっかけておいたもう一人のオークのブレスレット型ホロリンクも確認。これもIDが剥がれている。
やれやれ、対応が早いな。
「良いニュースがあるんだが。次は撃たれる」
「……。しかたあるまい。ミルクのためだな?」
こちらを見て不満げに鼻を鳴らし、リーナスは言った。
「あぁ、我ら円卓の猫、聖杯探索の冒険の旅に出ようじゃないか」
俺は厳かに宣言した。
***
(リーナス)
まったく、誠二の奴は愚かな世迷言ばかり並べ立ててくる。仕方あるまい。
階段に引き返し、踊り場に横たわる死体の前に我が神々しき肉体を鎮座させる。
我は高貴にして輝かしき我が声を張り上げ、朗々たる詠唱を開始。
「我が呼び声に応えよ。名もなき時の狭間より這い出で、その知の飢えを、この場で満たせ――猟犬」
異界が、こちらを覗き返した。
異界から情報を引き出す。
我が目の前で無様に倒れている物言わぬ肉塊にそれを流し込む。
肉塊は想い出す――自らの形はこうではなかったことを。
死体が軋む。
本来あるべきだった姿に戻るために――肉塊の内に蠢いている魂の形に従って。
視るがいい! 魂が肉体を規定するその瞬間を!
骨と肉が、ありえぬ角度で再配置され、粘ついた音とともに形を失ってゆく。
それは生ではなく、死ですらない。
ただ素材だった。そして猛烈な腐臭が漂い始める。
我は周囲の大気の流れを固定。
我が嗅覚を穢すことは許さぬ。
「くっさ! やばい! くさすぎる! シュールストレミングの三倍は臭い!」
誠二が何やらぶつくさ後ろで言っておる。
自分で喚べと言っておいて何なのだこやつは。
青緑色の粘液を垂れ流しながら狼のように見えぬこともない、四足歩行の何か、がそこにはいた。舌は注射針のように尖っており、身体のあちこちの肉が溶けて、中の骨が覗いている。
「で、どうするのだ?」
我は後ろに立っていた誠二に振り返って一応確認を取ってやる。
「左側の通路に突っ込ませて生きとし生けるものを全部殺させろ」
「我らは?」
「右側の通路に行って売店に突撃してミルクを探す」
いつの間にやら誠二は赤い金属の筒を抱えていた。ミ=ゴが脳を収める容器にしてはでかく、細長く、赤い。
ふむ。
よくわからぬが、いつもと違い、我に嘘をついているようではないようだ。
感心な事である。
「行くぞ!」
誠二は赤い筒から白い煙を噴出しだした。
辺りが白煙で包まれる。我は猟犬に命じ左側の通路に突撃させる。
「これ! 何も見えぬではないか!」
「それで良いんだよ」
なぜか中腰の情けない姿勢で頭を手で庇いながら誠二は右側の通路に進む。
我のように堂々と歩けぬのか?
腹でも壊したのか?
誠二はまた赤い筒を壁から引きはがし、白い煙を出す。
白煙が霧のように漂い……突然、銃声とともに霧を切り裂き、銃弾がこちらへと飛来してきた。
「こっちだリーナス!」
誠二がすぐそばにあった扉に体当たりをして店の中へと転がり込み、霧を撒き散らす。中に居た二匹の猿が慌てて銃を向けるが、霧に飲まれて何も見えない。
我は威厳を保ち店に入り、中を見回した。何やら肉を打つ音、くぐもった悲鳴が聞こえる。
「いると思ったぜ!」
誠二が何やら叫んでおる。
騒がしき男よ。
目の前にある食料を冷やす倉庫の取っ手を我は尻尾で掴み開く。
中から超新星爆発のごとき光が溢れ出す――おぉ、見よ!
牛乳の入った瓶と、何だこれは? カルーア?
尻尾で瓶を掴んで裏を確認。
ふむふむ。牛乳とカルーアを混ぜて飲むカクテルという飲み物。
ほう、試してやっても構わぬぞ。
「よし、消火器を見つけた! リーナス! 次に行くぞ!」
誠二が何やら騒いでいるが、我は無視。
カウンターに飛び乗り、コップをカウンターの裏側から尻尾で掴み取り、再び床に戻る。コップに牛乳とカルーアを入れた。
その間に誠二は消火器を掴んで外に飛び出した。
またもや銃声と打撃音、霧を吹き出す音が響く。
我はコップの中身を尻尾で掴んだかき混ぜ棒で混ぜ、飲む。
おぉ……なんという甘露……これは……まさしくギリシャのオリュンポスの神々が嗜んだと言われるネクタル!
ふふふ、誠二にも後で教えてやるとしよう。
まさか世界の叡智がこのようなところに眠っておるとは。散歩というのも馬鹿にならぬものよ。
世界が……回っておる……もう……飲めぬ……何故だ?
これが船酔いというやつか?
真っ直ぐに、歩けぬ……
***
(斎藤誠二)
右側通路、中央通路に消火器を撒き散らし、スプリンクラーが作動したのを銃で破壊し、無理やり視界を悪くして近接戦闘に持ち込み制圧した俺。
いくら俺が生体改造者で相手が無改造者ばかりだったとはいえ、流石にきつかった。
二、三発被弾した脇腹が少し痛い。骨は折れていないようだが。
未だに白い灰が漂い、見通しの悪い通路に立って周囲を見回す。このフロアにある消火器はほぼ全部使ってしまったな。
火災が起きたらどうしたものか。
そういえば、いつの間にやらリーナスとはぐれてしまっていた。
召喚獣も倒されてしまったようで、左側から援軍に来た奴らも全部ぶちのめしたが……温存したかった弾丸は、結局十四発使ってしまった。
残ってるのはホローポイント弾のマガジンが二つ、徹甲弾のマガジンが一つ。
ホローポイントのマガジンを装填。残り予備マガジンがそれぞれ一つずつになる。
あいつらがきっちりIFF登録してくれているから銃を奪って使うこともできん。まぁ、おかげで何度も助かったが。
血と硝煙と水と消火剤の白い粉まみれの赤いコートは、もう地獄のような様相を呈している。俺も全身ずぶ濡れだし消火剤の白い粉まみれだ。
「雪風、リーナスは?」
「あなたが最初に飛び込んだバーから動いていないですね」
最初に飛び込んだバー? あの店か?
俺は歩いて向かう。
「何人倒した?」
「二十人です。恐らくこの階に待ち伏せしていた者はほぼ全員倒したかと」
「残りはハイ・シドを捕えているイベントホール、操舵室、機関室、辺りに散らばっている感じか」
「恐らくそうでしょう」
バーに入る。
辺りを見回すと……ふらふらになった黒猫が消火器の灰にまみれて白猫になっていた。床の上で右によたよた、左によたよたしながら何か語り始める。
「誠……二……よ…………どこに、いって、おった?」
おい、こいつまさか――
「フフフ……聞いて驚くがよい…………なんとな、我はオリュンポスの神々の……ネクタルを見つけたのだ。ネクタルだぞ。貴様にも下賜してくれよう……感涙しつつ飲むが……よい」
何やら左右にふらふら揺れながら寝言をほざいている……この馬鹿猫……完全に、酔っぱらっている……俺が一人で死にかけながら戦っている間、楽しくカクテル飲んでやがった!
「雪風」
雪風を呼ぶ俺の声が、心なしか疲れて聞こえる。いや、疲れている。
「えぇ、想定外ですね」
雪風の声も心なしか疲れて聞こえる。
「放っておこう。幸せそうだしな」
「そうしましょう」
意見が一致した俺達は、バーの扉へと向かうべく踵を返した。
「誠二……これ、どこへ行く……我の話を…………聞いておるのか?」
俺の背中を睨みつけてリーナスが何やら怒っている。
「しかも絡み酒だぞ」
「面倒くさいですね」
「はやくそこに座って、飲まぬか!」
リーナスが尻尾を振り回して騒ぐ。
溜息をつき、俺はあたりを見回す。
何かないか?
そういえば、隣の売店にでかいぬいぐるみが飾ってあったな。隣の売店にさっといってデカい熊のぬいぐるみを抱えてくる。でかい、百五十センチくらいはある。
「誠……二!? どこに……いった!?」
「ここにいるから落ち着けリーナス」
そしてそのぬいぐるみをそっとリーナスの目の前に座らせた。
「よいぞ、誠二……貴様はな……いつもそうだ……わかって……おるのか?」
何やら説教を始めたので、そのまま俺はそっとバーから出て行った。
悪いが時間がない。




