第十五話 同窓会
午前九時四十分
四階 警備員詰所前(斎藤誠二)
まず、このフロアに残っている監視カメラを丁寧にテロリストのサブマシンガンで潰して回った。
そして売店を漁る。本当に何でもそろってるな。白い粉塵の漂う中、俺は服を売っている店から俺の着ているのに似た赤いコートをせしめ、口にハイカロリーメイトのパックを咥えて飲んでいた。
俺と背格好の似た男の死体に赤いコートを着せ、左肩に担いで移動。右手にサブマシンガン、左手は死体を支えている。完全に猟奇殺人鬼か何かだ。
警備員詰所前の両開きの扉はもちろんロックがかかっている。
扉から三歩ほど離れた位置で、俺は左肩に担いだ死体を俺の前に立たせ、盾にする。ったく、腕力強化してなかったらこんな芸当は無理だった。
そして右手に構えたサブマシンガンで扉の鍵穴に向かって連射する。ホローポイント弾だから扉を貫通はしないが、それでも扉に弾痕が穿たれていき――突然、軽やかな音とともに扉が開く。
俺はサブマシンガンを投げ捨てると左手で立たせている肉の盾の後ろに隠れた。室内から銃声が響き肉の盾がかすかに震える。
「ぐあっ……くっ……馬鹿な……」
俺はアカデミー賞ものの演技の声をあげ、死体を前に押すと同時、俺は左に飛んで扉の前から消える。
良い感じに死体が前のめりに倒れる。右手に銃を抜いて待つ。白い霧の中、赤いコートを着た敵が倒れたように相手には見えているはずだ。
「斎……さん……ごめ……さ……」
かすかに女性が、透明感のある声で謝っている。
そして重い足音が響く。
俺の身代わり死体の近くで衣擦れの音がする。
「待て、こいつは斎藤誠二ではない!」
先ほどとは違う、キビキビした、やや低音の女性の声。
俺は扉の影から躍り出る。そしてしゃがみこんでいる黒い制服を着こんだベリーショートのエルフの女の頭に銃を突きつける。
「おっと! 動くんじゃないぞ。お前の脳みそでここの床を掃除したくなかったらな」
俺が警告を発したのと同時、銃を突きつけられていた女は立ち上がろうとする。
俺はその側頭部に容赦なく引き金を引いた。
銃声が響く。残弾十四発。
固い鉄板を叩く音――まさか、こいつ重改造者か?
さらに部屋の奥、こちらに拳銃を構えているもう一人のエルフの女性。
だが、目の前の重改造者が立ち上がることで完全に射線が切れた。俺より少し高い――身長百八十五センチくらいか。俺は連続して銃弾を発射するが――重改造者の皮膚装甲を貫通しない。
目を狙いたいが、こいつ左腕で目をかばったまま立ち上がってくる。
残弾八。
重改造者が右手で腰から拳銃を抜きこちらに照準。
俺は右の回し蹴りを拳銃に叩き込んで跳ね飛ばす。左手で目をかばってるから対応が遅れるんだよ!
「斎藤ォ!!」
この声――まさか倉田か?
俺は蹴り足を戻すが――足が地に着地するまでの隙をついて倉田が飛び掛かってくる。だが、甘い。俺は倉田の顎の下に右手の銃を差し込みトリガーを引く。銃弾のアッパーを食らい倉田の頭が揺れる。貫通しなくても衝撃を完全に殺すことはできない。
残弾七発。
しかしそれは、飛び掛かってきていた倉田の勢いも完全に殺すことができないことも意味する。
蹴り足が地に着くと同時、倉田が俺にぶつかってくる。明らかに体重が百キロは超えている衝撃。
敢えて俺は床に寝転がり、右手の雪風を床に置いて軽く滑らす。そして両手で倉田を掴むと倒れこみつつ左足で倉田の身体を支え、その勢いのまま後方に投げ飛ばす。巴投げ。
俺の背後の壁に倉田の頭が衝突する鈍い音が廊下に響く。
室内のエルフの射線が通るが――この白い霧と倉田が至近距離にいる、まず撃たれないだろう。
それでも念のため右側に転がり銃を掴み、扉の前から移動し跳ね起きる。
倉田も跳ね起きようとするが、頭部に連続で衝撃を食らった影響だろう、動きが鈍い。
俺はマガジンを排出、素早く徹甲弾と入れ替え突きつける。
「倉田、動くな。今、この銃に装填されているのは徹甲弾だ」
ふらふらしながら倉田はこちらに向き直った。
「斎藤、こんなところで出会うとはな」
「俺の台詞だ。なんだってテロに加担している」
俺は倉田の額に銃口を向ける。
「死ぬか、テロに加担するか、どっちかしかないなら――お前はどうする?」
倉田がそう問いかけてきた。
何だそれは。考えるまでもない。
「死ぬね。どうせテロに加担しても死ぬ。なら俺は最後まで善人でいたい派だ」
「なら、もし、テロに加担しても自分だけは生き残れるとしたら?」
「答えは変わらん。それで自分だけ生き延びる? その後、テロに加担した事実を後悔しながらうじうじ生きていくくらいなら、死んでるのと変わらん」
倉田の顔が怒りと羞恥に歪み始めた。
「お前はいつもそうだな。アルゴスを辞めたときもそうだ。綺麗ごとばかりぬかして! それはお前が養う相手も何もいないからだろうが!
所詮お前は自分一人の世界で、自分一人だけで完結している。だからそんなことを軽々しく言えるんだ!」
「……それは、そうだな」
「例えば、お前に養っている病弱な子供がいたら? お前が死んだらその子も死ぬとしたらどうする?」
「当たり前のことを聞くなよ。テロに加担する」
俺は一切の躊躇いなく答えた。
「そうだろうが!」
倉田の血を吐くような叫び。つまり、そういうことか。だが、倉田、これでお前に病弱な子供がいなかったらかなり面白いんだが。
「で、俺にどうしろと?」
俺は銃口を一ミリも動かさないまま質問をした。
「斎藤、お前の目的は何なんだ?」
「特殊部隊が乗り込む前にお前らをぶちのめして、乗客たちの安全を完璧に確保することだ」
「スティーブン・セガール気取りか?」
俺は首を振って否定する。
「いや、私立探偵気取りだ」
「尚更引っ込んでいろ。迷惑なんだよ、正義の味方の真似事なんてな」
憎々しげに倉田が吐き捨てる。
「おいおい、俺は自分を正義の味方なんて思ったことは一度もないぞ。ゼロシド革命軍の気持ちや立場はわかる。だが、テロに走った時点でお終いだ。特に、俺がたまたま乗り合わせた船でな。しかし、おかしいな倉田。お前の今の話はおかしい」
俺は警備員詰所の奥にいる、もう一人のエルフの女に聞こえるよう、少し声量を大きくして話した。
「何がだ?」
倉田はいらいらした口調で聞いてくる。
「お前はこんなシージャック、失敗することを理解している。にもかかわらず加担し、生き残れる算段があると語った。その生き残る数ってのはどれだけだ? お前だけか? それともカイン様やリーってのも含めた三人か? まさかゼロシド革命軍ご一行様全員か?」
「……っ」
倉田の顔が凍り付いた。話し過ぎたことに気づいたのだろう。ダメージから回復するための時間稼ぎのつもりだったのだろうが、俺の方が一枚上手だったな。
「つまり、このシージャックは何らかのデモンストレーション。マッチポンプに過ぎない。ゼロシド革命軍とやらは……完全に利用されたってことだな。ありがとう、お前のおかげで予感が確信に変わったよ」
「斎藤……お前……」
行き掛けの駄賃だ。推理をぶつけて反応からどの程度当たっているか推察させてもらおう。
俺は華麗に推理を披露し始めた。
「元から材料はあった。IFF登録にスティール・セキュリティが含まれていること。ブラックスティール社製でそろった武器、そしてこの船のアルゴスセキュリティ警備主任のお前を無理やり引き込ませたこと。
これは、シージャックを利用した、アルゴスセキュリティの権威失墜と、ブラックスティール社傘下の民間警察企業、スティールセキュリティのアピールを狙った壮大なコマーシャルだ。
確かにそこまでわかれば俺はこれ以上暴れる必要は無いかもしれん。だが、この船には大切な友人が二人ほど乗っている。やけくそになったゼロシド革命軍の皆様がその友人に危害を加えない保証はどこにもない。お前が保証してくれるのか?」
「……それは、無理だ」
「だろうよ。どうせお前はスティールセキュリティの特殊部隊が突入する前に脱出するんだろ? で、その後は名を変え顔を変え生きていく」
倉田がポツリと言葉を漏らした。
「……斎藤。お前は昔からはったりが得意だったよな」
「失礼な事を言うな。ポーカーで巻き上げられて下着姿にされて半泣きで逃げ帰ったのをまだ根に持っているのか?」
「お前が徹甲弾を持っていないなら、まだ私に勝ちの目はある。そうだよな?」
倉田はそう言いつつじりじりとこちらとの間合いを測る。彼我の距離二メートル。
「そうだな。だが、間違いなく徹甲弾だ」
俺は銃口を少し逸らすと倉田の右肩に銃弾を撃ち込む。銃声と共に倉田の右肩に弾痕が空き、倉田の身体がよろめいた。
倉田が苦痛の声を上げ、傷口から血が溢れ出す。
残弾十四。
「俺は貧乏なんだ。高い弾を節約してなんとかやりくりしているんだぞ。無駄に撃たせるな」
「……。信じるよ。私の負けだ」
倉田は左手を上げた。
「計画について話せ」
俺は銃口を倉田の額に再びセット。
「お前の言った通りだ。脱出するのは私と、カインと呼ばれている赤い髪をボブカットにした綺麗なダークエルフの女だけだ。リーってのはほぼお飾りのリーダーさ」
倉田のその話が聞こえたのだろう。
警備員詰所の奥から息の飲む声にならない声が聞こえてきた。
「カインってのは?」
「企業子飼いのアンダーだろう。奴は強いぞ。もしかしたらお前よりもな」
「マジかよ、血統書付きのワンちゃんが相手か。帰りたくなってきたな」
「そうした方がいい」
「考えとくよ。もう行っていいぞ」
俺は右手の銃を軽く振る。
「私を――見逃すのか?」
「さっきも言ったが、弾代がもったいない、さっさと行け。その前にセキュリティCIDだけくれ」
左手をしっしっ、と追い払うように振った。
「すまない……」
倉田からセキュリティシドの権限の委譲を確認。
その後、倉田はよろよろと俺の前から歩み去っていく。白い粉塵の向こうに彼女の背中が消えるのを、俺は見送った。
そして俺は警備員詰所内部へと呼びかけた。
「今の話、聞こえていましたよね。ナージャさん」
まったく、私立探偵も楽じゃない。




