第十六話 歴史の勉強は大切って話
午前九時五十分
四階 警備員詰所前(斎藤誠二)
俺は警備員詰所の扉の脇から中を伺う。ここで堂々と入っていって撃ち殺されたらギャグでしかない。中ではナージャさんが一人、拳銃を抱えて椅子に座っていた。その表情は虚ろだ。大丈夫そうなので俺は中に入っていく。
「俺を気絶させたのは――俺をこの騒ぎに巻き込まないためだったんですね?」
彼女は無言でうなずいた。
「でも、俺は君の想像をはるかに超えて恰好良く、大活躍してテロリストどもをなぎ倒し、ここまできてしまった」
彼女は無反応。
あれ? なんで? 頷いてくれよ。
「……。すまなかった。君の仲間を大勢殺してしまって。装備がもう少しまともならまだやりようもあったんだが」
「いえ。いいんです。お互い恨みっこなし、ですよね」
彼女は虚ろな顔でそう言う。
「で、私も撃ちますか?」
そう言うと、彼女は初めて俺の顔を見た。
「できれば撃ちたくはない。とは思っている」
俺は肩をすくめた。
「弾がもったいないからですか?」
「それもある。あと、俺が助けたいといった二名の友人のうち一人は君だ」
俺の発言を聞いた彼女は少し驚いた顔をする。
「えっと……私、さっき、あなただと思って撃ってたのに……」
彼女はそう言うと俺が身代わりにした赤いコートを着た死体に目をやる。
「まぁそれはそれ。今は撃ちたいと思っていない。そうだろう? それに、謝ってくれてたしね」
まぁ、もし俺が撃たれて死んでいくときに謝罪されてもじゃあ撃つなよ! とは思うが。でも、死ねよゴミムシが。とか言われるよりは全然良いな。うん。
「でも、どちらにせよ……私達は終わり、なんですよね」
俺の言葉を聞いた彼女は頷いて言った。
「まぁそうなるだろう。倉田が嘘を言っていたのでなければな」
「でも、カイン様の話だと……」
彼女はまだカインとやらの偽の蜘蛛の糸に縋ろうとしているらしい。
「いいか。俺がさっき話していた話なんてね。歴史の勉強をしていれば誰でもわかることなんだ。学校の勉強を何の意味があるんですか? とか馬鹿にしている奴が多いし、歴史? 無駄でしょ。とか言っている奴が多いが、そういう歴史を学ばない馬鹿が――まさしく今回がそうだ――同じ間抜けなことを平然と繰り返す。いかに勉強が大切かわかるだろう。勉強をしなくちゃいけないのはな、社会に出て悪党どもに利用されたり騙されないためなんだ」
ま、成功したテロリズムを歴史では革命と呼び、失敗した革命をテロリズムと呼ぶ、ということが多いなんてところまでわざわざ言う必要はあるまい。
俺の話を聞いたナージャさんは俺を睨みつけた。
「たいていのゼロ・シドは学校になんて――」
俺は頷いて同意をしながら否定する。
「そうだな。なら自分で勉強するしかない」
「そんな不公平があるから私たちは――」
「ずっと世界は不公平だ。君達だけが例外じゃない。突然撃たれるエルフの少女もいる、いきなりダンプカーに轢かれて半身不随になる人だっている、皆、生きていれば大なり小なり、何かしらある」
「詭弁です! スタートから違うのとはまた別の話です!」
いつもクールな彼女にしては珍しく、大声を出した。
「そうか? 自分の力ではどうにもできない理不尽な目に遭う、という点では同じだろう。それが生まれた瞬間に起きるのか、生まれた後に起きるのか。
どちらにせよ、ぶちぶち文句を言ってもどうにもならないという点では共通している。これは選べないこと、という点では一致している。
もちろん生まれた時から辛い境遇にいるのは大変な事だろう。とても不公平なことだし、そんなのたいしたことじゃないなんて俺には絶対に言えない」
俺は目を軽く伏せてそう言った。
「それなら私達は――」
「しかしテロは違う。君達はテロリズムを起こすという行為を選んでしまった」
「……」
「この差は果てしなく大きいんだ。自分の行動の責任は自分で負うしかない」
ナージャさんはまたうなだれてしまった。意地悪言い過ぎたか?
「生まれる場所は選べなくとも、生き方だけは選べる。少なくとも、倉田のように銃口を押し付けられてテロに加担しなければ殺す、とは言われなかったはずだし、もしくは途中で逃げるチャンスはあったはずだろう」
彼女がすすり泣き始める。
俺も泣きたくなってきた。
(雪風)
(どうしました? 彼女へのパワハラはもう飽きたのですか?)
(なんでだよ。お前を端末に繋ぐ。とりあえずセキュリティ権限の掌握を試みてくれ)
(わかりました)
俺は雪風と端末をコードで繋ぐ。
ナージャさんがぽつりと言った。
「私達は、どのみち皆、殺されるんですよね」
「このままいけば確実に」
俺は頷いた。
「どうやって私を救うつもりなんですか?」
俺は避難経路を思い出す。
「避難用の潜水具があるはずだ。そいつで逃げればいい。瀬戸内海は企業所有島や無人島がたくさんある。上手いこと上陸して新西京でも何でもいいから逃げ帰ればいい」
「でも、仲間を見捨てることになります……」
彼女は力なくつぶやいた。
「仕方ない。それともお仲間さん達と一緒に心中するか? どうしてもというなら俺は止めないが。悪いが君の仲間達まで助ける義理は俺にはない。君達に同情はするが、そこまでする価値も感じない」
(誠二)
(なんだ雪風。終わったのか?)
(いいえ、まだです。そこは、俺と来てくれ。とか言うべきところではありませんか?)
(あのな……それで俺に依存させてどうする。彼女が自分で選ぶべき事柄だ。というか、これ以上俺に執着する女性を増やしたくない。人は自立するべきだ)
五十嵐結衣だけで手一杯だ。いや、彼女は自立はしているんだが。うん。ただ、何か、やたら俺に憧れているだけで……
「私には……今は選べません……どうすれば良いかわかりません……」
「そうか、じゃあ決心がついたら君だけ潜水具で逃げればいい」
大イベントホールのカメラを確認する。シーリーがいる。良し、元気そうだ。
ゼロシド革命軍とやらは二十名くらいか。ハイ・シド達へのIFFがあるからハイ・シドを敢えて背後に背負って戦えば有利に立ち回れるか?
それか他に何か……消火器でまた視界を潰すか……多分ハイ・シドがパニック起こしそうだが、どのみちIFFで撃たれないから死人がでるまでにはならんだろうし――
(雪風。そういえば警備用ドローンはどうなっている?)
(確認します。銃器を取り外され、破壊されています)
(ふむ。外部から再度のハッキング・暴走による被害を考えてのことか? 念には念を入れているな)
(ですが、六階にある一台だけオンラインから切り離された形跡があります)
(いつだ?)
(つい先ほどですね)
(気にかかるが――中型警備ドローン一台が暴れる程度ならば、流石にゼロシド革命軍で対処可能だろう)
(同意します)
「誠二さん。私立探偵とおっしゃいましたよね」
突然、ナージャさんが決意に満ちた声を出した。
「ん? あぁ、そうだが。新西京一ハードボイルドな私立探偵とは俺のことだが」
俺はハードボイルドに頷く。
「あなたを雇わせてください」
「……え?」
「ゼロシド革命軍の皆を、可能な限り救ってください」
この女――まじか。さっきまで殺し合いをしていた相手に何を頼んでいる?
「いや、ナージャさん、ちょっと意味が……」
「ゼロシド革命軍の皆を、可能な限り救ってください」
「我々は高いですよ?」
雪風が何やら勝手な事を言い出した。
「お金は……ハイ・シド達から集めた装飾品があります」
「それは換金するときにアシがつきやすいので駄目ですね」
おい、雪風、お前。そういう話なのか?
「待て。俺は私立探偵だが。金さえ払えば何でもやると思ってもらっては困る。むしろ金を払われてもやらないことだってある。その方が多いかもしれない」
「なら、私を好きにしてくれてかまいません!」
そんなことを言いながら俺を見つめてくる。
ナージャさん、大丈夫か? 追い詰められすぎてメンタルが……
「そんなわけにはいかない」
俺は断固として断った。
「そうですか……私には魅力がありませんか……」
何か落ち込み始めたな。いや、そういう意味ではないんだが。
「いや、そういう意味ではなくて、君は十分に魅力的だ。そもそもおかしいだろう! なんで俺がテロリストを助けなくてはならん!」
「でも、私達が殺したのは警備員と、倉田さんが撃ったハイ・シドの女性一人だけです。無差別殺戮なんてしていません」
「それでもだ!」
ん? 待て。おかしいな。
シーリーもそういえば同じ話をしていた。
すっかり忘れていたが。
『山田杏子さんってダークエルフの綺麗な金髪の人が……』
「倉田が一人、ハイ・シドの女性を撃っただって?」
「はい」
「IFFの登録上、ハイ・シドは撃てないはずなんだ」
「でも、私はリーが撃たれた女性を死体袋に詰めて運び出すのを、カメラで見ていました」
「……その話が事実とするなら。その画像は多分、もう、流されているのだろう。アルゴスセキュリティは今、非難の嵐の真っただ中か。くそっ、アルゴスの株を空売りしておくべきだったか――!?」
俺は絶望の叫びをあげる。
「誠二? 真面目にやってください」
雪風の冷たい声が俺を現実に引き戻した。
「俺は真面目だ。これを仕組んだカインとやらはもう目標達成したも同然だな。で、ゼロシド革命軍を助けて欲しい? わかった」
「やっぱり駄目ですよね。もう私、どうしたら……えっ?」
俺の話を聞いたナージャさんはうなだれ、途中で驚いて顔を上げた。
「ただし、君が仲間達に説明して説得できれば、だ。俺が君の依頼を受けるための条件は一つ。大イベントホールからゼロシド革命軍のメンバー全員の撤退だ。人質を解放しろ。それなら俺にとって手助けしてやる意味も生まれる」
俺の中では一つのプランが出来上がりつつあった。我ながらイカれている。普通の感覚じゃありえない。でも、だからこそカインの裏をかけるかもしれない。
少なくとも現在のままだとゼロシド革命軍が皆殺しにされる結末は変わらない。そう、いつもの、どこにでも転がってる資本主義社会のイソップ物語。強者の争いに利用された弱者が使い捨てにされる。
だが、上手くすれば皆殺しは避けられるかもしれん。完全敗北を少しの敗北にできる可能性はある。たまには違う結末があったっていいんじゃないか?
少なくとも、俺の手が届く範囲ならば。
「わ、わかりました」
ナージャさんは頷くと、リーダーのリーという青年と通話を開始した。
「雪風!」
「はい」
「外部連絡は可能か?」
「この船の通信を踏み台にすれば可能です。ジャマーは別個に持ち込まれたもののようですが、問題はありません。でなければハイ・シドが撃たれた画像を外部に送れていないでしょう。ただ、気になることが……」
雪風にしては歯切れが悪い。
「なんだ?」
「ここを掌握しているはずのブラックスティール社の最新型AIが見当たりません」
「……。いや、カインが首輪付きなら、そいつのAIの可能性が高い。そして俺がカインならもう船を脱出している。ならそのAIも既にこの船に居ない可能性が高い」
「なぜそう思うのですか?」
「倉田がハイ・シドを撃ち殺した時点でもう計画は終わっているだろう。この船に残っていても特殊部隊の制圧に巻き込まれる可能性があるし、俺ならさっさと離脱するね」
「もし残っているならあなたを止めに来ないのも不自然ですよね」
「そんなことはない」
俺は首を振った。
「残っているのに止めに来てないのであれば、尚更ゼロシド革命軍が捨て駒ってことが判明する。俺に殺されようが、スティールセキュリティに殺されようが、変わらないだろ。
もちろんスティールセキュリティが制圧する絵が欲しいのかもしれんが、俺が一人で全員排除できるとは思っていないだろう。俺も思ってない。いや、必要ならやるが」
「成程。それなりに理屈は通りますね」
それなり? おい、素直に認めろよ!
「で、とりあえずジェーンに繋いでくれ。外部の状況を確認する必要がある」
「わかりました」
俺は説得が難航している様子のナージャさんにも声をかける。
「ナージャさん。今からの通話、お仲間にも聞かせてやってくれ」
「はい、こちらジェーンです」
モニターに金髪のロングヘア。切れ長の知性のひらめきを感じさせるエメラルドグリーンの瞳。淡いピンクのビジネススーツを着用した清潔感ばつぐんだがセクシーなエルフの美女が映し出される。
彼女はジェーン・カタギリ。新西京トラストニュースに勤める看板ニュースキャスター兼ディレクター兼プロデューサーという化け物だ。
背後を見る限りでは新西京トラストニュースの局内にあるオフィスにいるようだな。
「俺だジェーン」
「誠二? あなた、私に命を救っておいてもらいながら何も連絡を――って、それどころじゃないのよ。あなたなんかにかまっている暇はないの」
「シージャック、だろ?」
「えっ!? なんでそれを?」
ジェーンの目が驚きで見開かれ、耳がピンと張る。
「丁度その船に俺が乗っている」
「なんですって!? ちょっとどういうこと!? 船内の状況は? 具体的には何が起きたの?」
さらにジェーンの目が見開かれた。面白いな。
「一つ聞きたい。ハイ・シドの女性が撃たれた画像が送られてきているはずだ」
「えっ? えぇ……」
「その女性の所属企業はブラックスティール社か、その関連企業だな?」
「スティールセキュリティ社――ブラックスティール社の傘下企業――の幹部ね」
「ビンゴー!」
俺が叫んだのを聞いてジェーンは形の良い眉をひそめた。
「何? 頭でもおかしくなった? いや、元からおかしかったわね」
聞こえてるぞ。
「やらせだ。アルゴスセキュリティの警備主任がスティールセキュリティの幹部を撃ち殺す。そうなりゃスティールセキュリティは面子にかけて強制介入すると言い、無理やり制圧部隊で強襲をかける名目が立つ。
スティールセキュリティが特殊部隊の出撃準備をしているはずだ? そうだな?」
「ちょっと待ちなさい……」
何やら端末を操作している。
「本当だわ。スティールセキュリティが丁度今、声明をだしたところ。警備を預かっているはずのアルゴスセキュリティの主任がテロに加担し、当社の幹部社員を殺害したので、当社は実力行使でこのテロリストを制圧する、と。アルゴスセキュリティの特殊部隊の出撃なんて待てないって」
俺は眉を上げてみせる。
「しかも、もうすぐ出撃しちゃうんだろう?」
「そこまでの情報は、我々に入ってきてないわ」
「そうか……ありがとう。またな」
「ちょっと! 待ちなさいよ! あなたそれで許さ――」
俺はジェーンの話を遮り、きっぱりとダンディに宣言してみせる。
「この船は沈む」
「えっ?」
ジェーンが呆気に取られた顔をした。
今日は驚かせてばかりでいい気味だ。
「そのつもりで報道の準備をしておけ。お前んとこの報道特派員CIDを一つ。性別は女性。種族はエルフで用意しといてくれ。ある程度現状で判明したことは送る。これでこの間の貸しはなし、良いな? 今忙しい。また後で連絡する」
「はあ!? 命を助けてもらっておいて――」
ちっ、ジェーンめ。素直に貸し借り無しにしろよ!
時間がもったいないのでとりあえず切る。
「ナージャさん。聞いたな? こいつは完全に出来レースだよ」
ナージャさんはぽかんとしている。
「これでお仲間さん達も少しは信じる気になったんじゃないか? ならんか?」
俺はウインクを一つ飛ばした。




