第十七話 真実の作り方
午前十時
四階 警備員詰所(斎藤誠二)
「ナージャさん、リーとの通話に俺を呼んでください」
ナージャさんが頷くと通話に俺が追加される。
目の前に現れたリーは、黒髪を適当に刈り込んだツーブロック。伸びかけの前髪が時々目にかかる。目は少し大きくて黒目がちだが、寝不足かストレスか、目の下にくまがある。瞳そのものは真っ直ぐ。
ゼロシドにしては擦れてない印象の、騙されやすそうを絵に描いたような青年だった。リーダーに任命されたのもなんだかわかる気がする。
「俺は斎藤誠二。私立探偵だ」
「……」
リーは無言。俺を忌々しげに睨みつけている。
「リー。聞こえてるんだろう。にらめっこしている時間はないんだ。結論から言う。山田杏子はかなりの確率でカインだ」
クソッ! 倉田め……絶対知ってただろう。もっとぶちのめしておくべきだった。
「映像を確認したが……倉田はわざわざ弾倉を入れ替えてから撃っている。つまりアレはペイント弾だ。そして山田杏子だけ個別にIFFを外したんだ。なんでこんな手の込んだことを? さっきも話したが、スティールセキュリティのハイ・シドを殺した既成事実を作るためだ。しかも警備を受け持っているアルゴスセキュリティの警備主任がな。
で、死体袋に詰めて運び出したのはお前なんだよなリー。お前と倉田だけは山田杏子がカインって知っていたんじゃないのか?」
俺の推理を聞いてリーは驚いた顔をする。ナージャさんはもっと驚いた顔をする。
「それ……本当なの、リー?」
「……本当、だ」
ナージャさんの真っ直ぐな視線から目を逸らしてリーは肯定した。
「どうせあれだろ? ハイ・シド達が言うことを聞くように一人見せしめで殺しとく必要がある。だから私が犠牲者のふりをするわ。とか言われたんだろ」
「なぜそれを――?」
「嘘をつくコツは、真実を語ることだ。ただし真実を全て語らないのがポイントだ。確かにわがままで調子にのってる馬鹿どもを静かにさせる効果もある。だが、メインはそっちじゃない。でもそれは教えなかった。これが上手な嘘ってやつだ」
「……でも、それはお前の推測だろう?」
リーはそう力なくつぶやいた。
「そうだ。推測だ。だが、さっきも言った通り悩んでる時間はあまりない。早く決めろ。お前達に残された選択肢は三つしかない」
俺はあくまでも冷徹に読み上げる。
「その一。俺の指揮下に入って、ワンチャンスに賭けて生き延びる努力をするか」
人差し指を立てる。
「その二。俺に皆殺しにされるか」
中指を立てる。
「その三。スティールセキュリティに皆殺しにされるか」
親指を立てる。
「死に方を選べ」
沈黙。ナージャさんは辛そうな顔をして黙っている。
「四、俺達は目的を達成――」
リーがそう言いだしたのをナージャさんが遮った。
「リー! 誠二さんの話を聞いて、まだそんなことを!」
「ナージャ、君こそどうしたんだ。彼の言うことが事実とは限らない。全部憶測だ。スティールセキュリティが突入してくるとは限らないだろう」
「私は誠二さんを信じる」
「なぜだ?」
本当だよ。なんでだ?
俺は首を傾げたかった。実際のところ、この交渉が決裂したらシーリーだけ解放してもらうよう交渉しようと思っているのだが。
「彼は、会ったばかりの私を、助けてくれた。マニュアルには絶対に騒ぎを起こすな、と命じられていたから、私は無理やり犯されそうになっても逃げられなかった。でも、誠二さんは助けに行くから。と言ってくれていたから、助けを求めてしまった。そうしたら、彼は、本当に来てくれた」
「そんなことが……」
リーの俺に向ける眼差しに感謝が混じった。いいぞ、その調子だ。なんなら尊敬とかも混ぜてくれて良いんだぞ。
「しかも彼は。私を安心させるために、誠二さん自身から身を守るため、とか言って、スタンガンを用意して私に渡してくれた」
そのスタンガンで逆に俺は襲われたわけだが。と言ってやりたいが俺は黙るべき時を心得ている男だ。沈黙は金、雄弁は銀。
「意味がわからない。狂ってる」
リーがそう言った。
そうなのか? いや、狂ってるは言い過ぎだろう。
「そうよ! 意味が分からない! しかも、誠二さんがここまで戦ってきたのは、たった二人の友人を助けるため。普通のガードマンならそこまでしないわよ! しかもそのうちの一人は私だって言うのよ?」
そうなのか?
そうなのかばかり言ってるな。おかしい、映画とかだと普通にしている気がするんだが。
「その彼が、私達を助けられるかもしれないって言っているのよ。なら私は彼に私の命を賭けるわ。作戦を一部にしか知らせないような女よりも」
「それは……」
リーは考え込んだ。いや、下っ端に作戦の全貌を教えないのは賢いやり方だぞ。と言ってやりたかったが、俺は黙っていた。ただ、口をへの字にし、眉をひそめたしかめっ面をして頷いていた。
「……。わかった。そこで変な顔をして頷いてる変人はともかく。ナージャ。君が信じるそこの赤いコートの変人を俺も信じるよ」
「勘違いされたら困るが、俺だってお前たちを無理に助けたいとは思っちゃいない」
話はまとまったようだが、これだけは言っておかねばならない。
「なんだと……?」
「そりゃそうだろう。お前達は無差別殺戮をしていないと言ったが……少なくともこの船のアルゴスセキュリティの人間は殺された」
「それでも被害は最小限だ!」
「そこだよ。俺がお前達テロリストのことを嫌いな理由が」
「お前だって僕たちの仲間をたくさん――!」
「そうだ。殺した。だが、俺はそれを仕方ないだの被害は最小限だ! などと言い訳する気はない。可能なら誰も殺したくはなかった。だが、お前達を殺さないと俺が殺されるし、このくだらない革命ごっこに巻き込まれた友人も救えない」
「くだらないだと――!」
リーが怒りに燃える。だが、俺はこの純粋なバカに自分のしていることを直視させなくてはならん。そうでなくては、俺はこいつらを救いたくない。
「くだらないね。まぁ聞けよ。俺が殺した連中の中には、お前達の友人もいただろう。すまないと思っている。俺に力が足りてないから殺すしかなかった。俺もお前と同じ、ただの人殺しだ」
「……っ」
「だがな、お前らはどうだ? 自分が殺した相手の家族や友人の顔を想像したことがあるか? それを正義だの大義だの小奇麗な言葉でラッピングして目を逸らす。卑怯だと思わんか? 少なくとも、俺は自分のやっていることを正義だなんて思ったことは一度もない」
「…………そうでもしなきゃ何も変わらない」
「そこに関して俺は何とも言えない。ただ、この程度でシステムが変わるなら誰も苦労はしないことはわかる。
お前達は理不尽な扱いに反抗して立ち上がったようだが――殺戮をしている時点で、今までお前達を搾取してきたハイシド側と同じ穴のムジナだぞ。少なくともナージャさんはすんなり理解したが。リーダーのお前がこの調子か?」
「じゃあ……じゃあどうすればいいんだよ今更! 殺した人は戻らないだろうが!」
そうだ。人を殺すってのはそういうことだ。まぁ、死と破壊を撒き散らすだけの迷惑な――死んだ方が確実に良いやつってのもいるが。
ただ、結局死んだ方がいいかどうかの線引きも個人でやらざるを得ない。それもまた危険だ。一応そのために法律があるんだが……問題は機能しないことが多々あることだ。
「生き延びろ。そして、二度と騙されるな。理不尽に殺されそうな奴がいたら、殺すんじゃなくて助けてやれ。殺された人は戻らないが、それしかない。それが俺の要求する報酬だ」
「本当に――そんな報酬でいいのか?」
リーの顔が驚きに染まる。
「ああ。自分のやったことを背負って、死ぬまであがけ。で、改めて聞く。やるのか? やらないのか?」
「……わかった。あなたの指揮下に入る。どうすればいいか教えてくれ」
「よし。まず、機関室を押さえているメンバーと通話する必要がある。まず奴らに一仕事してもらわないといかん」
***
午前十時十分
六階 大イベントホール(シーリー・マーティン)
テロリストに占拠されて一時間が過ぎた。まだ一時間しか過ぎてない。
探偵さんは大丈夫なのだろうか? また無茶をしていないか心配だ。
そういえば、リーダーらしきヒューマンの青年がホールから出て行った。アレは何をしているのだろう? 探偵さんが何か……前の時みたいに暴れているのかしら?
しばらくするとリーダーらしき青年が戻ってきた。
突然、くぐもった爆発音が聞こえ、船が揺れる。
人質になっている人々の押し殺した悲鳴がホールにさざめいた。
何? 怖い……どうしたの?
突然、リーダーらしき青年が口を開く。
「私の名前はリーです。ゼロシド革命軍のリーダーをつとめています。これから言うことをよく聞いてください。これから皆さんを解放します」
えっ……どういうこと?
まさか、テロリストの要求が通ったってことなの?
「もちろん、我々の要求は通っていません。我々は、スティールセキュリティによって騙されていました」
辺りがざわめき始める。
「我々が撃った女性が実はこの計画の首謀者だったのです。彼女はスティールセキュリティの社員であり、死を偽装し、既にこの船から脱出しています」
ざわめきが広がり始める。
「ふざけるなよスティールセキュリティ」「いい迷惑だわ」「本当か? 今更そんな話を信じろと?」
「聞いてください! 信じなくてもかまいません! ですが、これだけは事実です。彼女は、この船を脱出する際に、爆薬をしかけていきました。先ほどの振動は、その爆薬が爆発した音です。この船は――沈みます」
私は全身の血の気が引いて行くのを感じた。
何てこと――助からないの?
「安心してください! 我々と、元からいた船の従業員が避難誘導をさせてもらいます! 皆で脱出して生き延びましょう!」
そうは言うけど、今まで私達を殺すと脅していた人達の避難誘導に素直に皆が従うとは――私の思いを裏付けるように、ホールで人質にされていた人々はパニックを起こしつつあった。
***
午前十時十五分
四階 警備員詰所(斎藤誠二)
「誠二さん! 駄目です! 指示を聞いてくれません!」
リーが焦った声で報告してきた。
通信越しに悲鳴が聞こえる。
『助けてくれ!』『どけ!』『閉じ込められてたと思ったら今度は沈没だと? ふざけるな!』『お母さーん! どこ!』
俺の見通しが甘かったか……
「二等客室、三等客室もパニックが起きています……! 我々の言うことを聞いてくれません」
「そうはいっても沈没までの時間はかなり余裕がある。少しずつで良いから避難を進めるんだ。アルゴスセキュリティにせよ、スティールセキュリティにせよ、特別強襲部隊が到着しそうになったら君達は避難民にまぎれて脱出したらいい。救出作業はそちらに委任させるんだ。お前達を追いかける余裕はなくなるはずだ」
「わかりました。やれるだけやります」
通信が切れる。
……。
もう一度隔壁閉鎖をした上で、俺が艦内放送で一発説教を垂れるか?
最後の手段だ。俺はできるだけ表に立ちたくない。
「誠二。人間は皆、あなたのように感情の無い論理的機械ではないのです」
「おい、雪風。お前、いつも俺のことを非論理的とか言う癖に――」
「そもそも、自分で船を沈めておいてそれをカインのせいにするとか無茶苦茶でしょう」
「向こうが無茶苦茶しているんだ。こっちだって無茶苦茶するしかないだろう。良いか? ボードゲームで負けそうになったらどうすればいいか? 相手の作ったゲームの盤面そのものをぶち壊すんだよ。つまり机をひっくり返すんだ」
「そんなことをしていたら誰もあなたと遊んでくれなくなりますよ」
「比喩だ! わかれよ!」
「あの、誠二さん。私はどうしたら?」
ナージャさんがおずおずと聞いてくる。そうだった、馬鹿AIの煽りを聞いている場合じゃない。俺は再度ジェーンに通話をかけた。
「何よ誠二!」
キレ気味のジェーンの画像が表示された。
「報道員CIDは?」
「手配できたわ。送ればいいの?」
「くれ」
ジェーンからCIDのデータが送られてくる。ふむ。新谷ナギ。良い名前だ。
俺はこれをナージャさんに転送。
「えっと、これは……」
ナージャさん、いや、ナギさんが俺に戸惑いの眼差しを向けてくる。
「ナージャさん。君は今から新谷ナギだ」
「えっ?」
俺は彼女の瞳を見つめて考えていたプランを語る。
「君は、たまたまシージャックされたこの船に乗り合わせた新西京トラストニュースのレポーターだ。この船がスティールセキュリティの陰謀で沈みつつあること、そしてゼロシド革命軍もまた騙された被害者であること、そして彼らが避難誘導していることを報道するんだ」
「そ、そんな、自信が……」
ナージャさん改め、ナギさんは自信のなさそうな顔をしてこちらを見つめてくる。
「やるんだ。頼む。できるはずだ」
「なんでここまでしてくれるんですか?」
突然わかりきったことを聞いてきた。
「ん? 友達にやれることをするのは当たり前のことだろう?」
「友達……なんですか?」
今さら彼女は何を言っているんだ?
「……え? 俺は少なくともそう思っているが……君はじゃあ……何だ。イケメンの他人とか思っているのか?」
「えっと、いや、そういうわけでは……」
何やらサイドテールをいじって顔を伏せてるが……時間がない。とりあえず納得してくれたことにしよう。
「友達が辛い境遇にいるならお節介でも手を貸すのが俺のポリシーだ。迷惑だったなら遠慮なく言ってくれ。すぐに止めるから」
「いえ、そんなことはありません……。ただ、どうやったらこの恩を返せるのかなって……」
「俺は友達相手に恩を返すだの返せだの考えない主義でね。なぁすぐ俺に借りだの貸しだの言ってくるジェーンさん?」
ジェーンに嫌味を飛ばしてやる。
「誠二、あなた……また新しい女の子をひっかけてるの?」
ジェーンが何かふざけたことをほざいているが無視。
また?
何がまた、だ。俺は女の子をひっかけたことなど一度もない。
逆に悲しくなってきた、深く考えるのは止めよう。
「でもそうね。ナギさん。あなたのその中性的な綺麗な顔立ち。透き通った声。落ち着いた雰囲気。レポーターとしての素養は十分にあるわ。後は、落ち着いて客観的に報道しているふりをすること。ものによっては今後もずっとうちで働いてもらっても良いわよ」
「えっ――」
ナギさんが驚く。そうだ、君はもうゼロ・シドじゃなくなる。機会は与えた。後は自分の力で掴んでくれ。
「ふりって何だよジェーン。マスコミ様は偏向報道していることを認めちゃうのか?」
俺はニヤリと笑って茶々を入れる。
「馬鹿ねー誠二。あなた本当にお馬鹿さんねぇ」
ジェーンがわざとらしく眉をひそめる。だが、耳が左右に開いている、あれは面白がっている時や元気がないときのサインだ。今回は前者だろう。
「は? この一か月に一人の天才に向かって――」
「全ての報道は、一次情報をこちらから伝達する時点で二次情報、つまり伝言ゲームになるのよ。どうしても何らかの歪みは避けられないわ。
例えば、殺人事件があったとして、深刻な顔で、きちっとした服をきて報道すれば大事件になる。どうでもよさそうな顔で、白い粉にまみれた赤いコートを着たうさんくさいおっさんが報道すればたいしたことない事件になる。
内容は同じでも、印象というものにどうしても左右されるものなのよ。それを理解していない人間にマスコミに所属する資格は無いわ。あなたは失格ね。誠二」
何かめっちゃ嬉しそうな顔をして俺をボロカスに貶してくるジェーン。要らないことを言うんじゃなかった。
「そもそもあなたの提案してきた内容が、デタラメじゃない」
「おいおい、そんなことはないよ。半分くらいは事実だ」
「まぁ良いわ。ナギさん。船内報道、よろしくね」
「お前こそ、ブラックスティール社に睨まれないよう気をつけろよ」
「あら、大丈夫よ。アルゴスセキュリティがフォローしてくれるわよ。私達はたまたま陰謀の舞台になった豪華客船に乗り合わせた当社の記者がリアルタイム中継しているだけなんだから。ね?」
成程。俺の考えた台本が流れればアルゴスセキュリティはそれに全力で乗っかるだろう。そうじゃなければ大打撃を免れ得ないからな。
「というわけだ。ナギさん。頑張るんだ。うまくいけば、君は少なくともミドル・シド持ちだ」
「は、はい」
ナギさんはサイドテールを揺らして頷いた。
「ナギ。これからあなたの上司になるジェーン・カタギリよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ナギさんはてきぱきとうなずいた。
「後、そこの斎藤誠二という男は女たらしの変態野郎だから気を許さないこと」
「はい、わかりました」
ナギさんはなぜか深く頷いた。
おい、ちょっと待て。




