第五話 フルメタルキッチン
午前九時過ぎ
グレートクイーン号 一階 従業員通路
なんとかグレートクイーン号に乗り込んだ俺たちは、白く塗られた艦内通路を歩き、割り当てられた部屋に向かう。
あ〜頼むから同室に誰もいないでほしい……そんなことを願いながら、俺は従業員用というだけあって、たいした装飾も施されていない通路を進む。通路の両側にはホテルのように扉が並んでいる。
ここか……扉にCIDを提示、自動的に扉が開く。は〜だるい。憂鬱だ……と、目の前に飛び込んできたのは肩まである淡い金髪をボブカットにし、サイドテールにまとめたエルフの女性の下着姿だった。
「〜〜〜〜〜〜!」
声にならない悲鳴を上げてエルフの女性が俺にあれこれ投げつけ始めた。
「いや、待て、何か誤――」
鈍い音がして俺の頭にアイロンが直撃、俺はたまらず廊下に逃げ戻る。……。おかしい。開いた以上あの部屋であっているはずだ。というかクソ痛い。痛覚遮断を起動して痛みを消す。
(誠二……いきなり痴漢ですか?)
気のせいか雪風の声が冷たい。
(待てって。今の見てたよな?)
(何だ? 我の知らぬところで何か楽しげな――)
(今のは明らかに十対零で俺が――)
(あなたが悪いですね)
なぜだ?
(これ! 何があったのだ! 我に教えよ!)
(おい! おかしいだろうが! お前の指摘には論理性が皆無だ! これは明白に部屋を割り当てたヤツのせいだ!)
(強化されているあなたなら即座に扉を閉めてまわれ右をできたはず。にも関わらず、あの被害者の裸体をまじまじと――)
(あのな、いきなりあそこで人間離れした動きなんてできるか! こいつは潜入任務だぞ! 更に言うなら下着姿であって裸体ではない。馬鹿なことを言――)
(おい! 我を無視するでない!)
扉の前で俺、リーナス、雪風の三人で無言で言い争っていると、突然扉が開く。
そこには先ほどの女性が立っていた。
「えっと……すみません。さっきは驚いてしまって。反射的に、つい」
そう語る彼女は、先ほどの白いレースの下着姿からこの船のクルーの制服に着替えていた。
「多分、同室の方、ですよね?」
「あ、あぁ……そのはずなんですけど……一応聞かせてもらいますが、女性、ですよね?」
下着姿を見ておいてなんだが、今時男でも見た目を女に改造するなんてお手軽にできる。念のために確認をする。
「はい。あなたは男性ですよね?」
「もちろん」
俺は控えめに格好よさを最小限にして頷いた。ここで格好良く頷いたら、彼女が俺と同室なのを喜び始めかねん。
「とりあえず、誰かに文句を言ってきますね」
そう言って俺は踵を返した。確か、付き合っているクルーが同室になることは時々あるらしいが、俺と彼女はそんな関係ではない。ふざけるなと言いたい。
「ま、待ってください」
だが、想定外の声が俺の足を止める。待つ? 何を?
「えっと……私は構わないので……あなたさえよければ……」
俺は構うんだよ!
そう叫びたい、が……ここで文句をつけて騒いでもあまりいいことはないのも確かだ。というか、そもそも従業員の男女比と空き船室的にこれしか無理! 文句あるなら船を降りろ。と言われる可能性すらある。
ここまで来て今更船を降りるのもな……彼女もそこのリスクを考慮したのだろう。そう考えると俺は少し軽率だったかもしれない、が……このケースは女性側の意志を尊重するべきだ。そして普通に考えれば嫌がるだろう。でも、その彼女がいいというのであれば、無理に事を荒立てるべきではあるまい。
しかし、彼女の声色に若干の警戒の色が滲んでいるのを俺は察知していた。女性としては至極当たり前の反応だ。いくら俺がイケメンで全身から紳士のオーラが溢れ出ているとは言え、見知らぬ男性と突然同室だと? 不安にならないほうがおかしい。
くそ、誰だこんな部屋割りを……いかん、思考が堂々巡りし始めている。止めよう。
「わかりました」
俺は振り返ると真面目腐って頷く。するとエルフの女性は我慢していたのをこらえきれなくなった様子で、突然笑い始めた。
「えっと、すみません。その、ごめんなさい。あなたの顔が……」
俺のイケメンフェイスがなんだって? 手でおでこを触るとかなり膨らんでいる……さっきのアイロンの一撃か……俺はもう、どんな顔をしたらいいんだ?
部屋に入ると二段ベッドになっている。窓はない。まぁそうだろうな。俺達は景色を楽しむのではなく、客を楽しませるためにここにいる。
「あ〜……じゃあ、上を使ってください。寝るときは梯子を引き上げてもらえば少しは安心でしょう? 窮屈なら降ろしておいてもいいですが……後はせめてスタンガンくらいは警備員に貸与してもらうなり、売店で購入してくるなりしましょうか。あなたもそれなら安心でしょう」
俺がそう提案すると、彼女は目を丸くした。
「えっ! そんな気を使わなくても……」
「いや、使いますよ。いくら俺が完璧な紳士とはいえ、女性からしてみれば不安もあるでしょう。あぁ、そうでした、私は斎藤誠二です、よろしくお願いします」
(おい、我を早く出せ)
(完璧な紳士?)
アホ猫とアホ人工知能は無視。
「あ、ありがとうございます」
「一応ホロリンクのアドレス交換しておきましょうか。さっきのような事故はお互い避けたいですから。問題あるときは連絡してもらえれば入らないようにしますし、一等客室あたりで変なVIPに絡まれたら言ってください。同室のよしみってやつです。助けにいきますから」
まぁ、ハイ・シド様がこういう場で就業シドしかもってないゼロ・シドを男女問わず手籠めにするなんてのは掃いて捨てるほどある話だが、俺はその手の話が死ぬほど嫌いだ。俺の話を聞いていた彼女が不思議そうな顔をしだした。
「斎藤さんって……変な人ですね」
「なぜかよく言われますね。俺にとっては俺が変な人と呼ばれることが変なのですが」
「あっ、申し遅れました。私、山下ナージャです。よろしくお願いしますね」
彼女はそういうと淡い青緑色の瞳を細め、お辞儀してきた。これが、細身で小柄で中性的な顔立ちをした彼女との最初の出会いだった。
午前十時
グレートクイーン号 一階 厨房
部屋に雪風とリーナスを置いてきた俺は、厨房で直立不動の体勢を取らされていた。ナージャさんも受け持ちの部署に行ったので、今ごろはリーナスも鞄から出てピザポテトを食べて機嫌を直しているだろう。
制服に着替えた俺の目の前を闊歩しているのはドワーフの爺さん。この船の総料理長、ジョン・下谷だそうだ。ドワーフだが、ヒゲはなく、ムキムキの身体にコック帽が乗っている。どう見てもコックに見えないその眼光は、鋭い光を放っていた。
「まず、最初に貴様らに言っておくことがある」
そう言うとドワーフのジジイは下から俺達を舐めるように見回した。
「その口からクソたれる前と後にサーをつけろ! いいな?」
沈黙。
「返事は? その口は飾りか?」
「「「サー! イエッサー!」」」
俺たち全員が唱和する。おかしいだろう。俺はキッチンではなく海兵隊の訓練施設に迷い込んだらしい。
アルゴスセキュリティの特殊対策班にいた頃、LASの搭乗訓練を受けたときのことを思い出す。あの時もこんなクソみたいな扱いを受けたな。
「おい! そこのたんこぶマヌケ!」
誰だよいきなりたんこぶこさえてる間抜けは……そう思っているとドワーフのジジイは俺の前まで来て立ち止まる。
「貴様だ! 聞いとるのか貴様!」
えっ?! 俺?
しまった。痛覚遮断で痛みを感じないから、たんこぶの存在を忘れていた。
「サー! イエッサー!」
俺は大声で返事をする。調子に乗るなよフルメタルジャケットのハートマン軍曹気取りめ。
「たんこぶ! お前のPPMはいくつだ?」
ちょっと待てなんだそれ。知らない単語が飛び出てきた。業界用語か?
「サー! すみません! 知らないであります、サー!」
とりあえず元気よく知らないことをアピール。
「お前達聞いたか? 俺は自分の耳が今、何を聞いたか信じられんのだが? Peeling Potato Per Minuteも知らないよちよち歩きの幼稚園児が紛れ込んでいるのか? ここはなんだ? 保育所か?」
PPMってのは一分間のじゃがいもの皮むき個数を表すらしい。この業界、イカれてやがる。
「いいか? どうせ貴様らは皮むきもしたことのない◯◯を◯◯った◯◯◯◯野郎どもだ! だがな、この船に全自動皮剥き機なんてあまったれたもんはない! 覚悟しておくんだな!」
なぜじゃがいもの皮剥き一つでこの世の地獄みたいな話になるのか、それが俺にはわからない。
「「「サー! イエッサー!」」」
「声が小さいぞ! ◯◯◯◯ついてんのか!?」
ドワーフのジジイはある従業員の前で足を止めて怒鳴りつけた。
「サー! 私に◯◯◯◯はついていません! サー!」
ヒューマンの女性が大声で答える。止めてやれ。もはやセクハラの域を超えている。俺は泣きたくなってきた。
「魂の◯◯◯◯だ!」
わけのわからんことをほざくジジイ。
既に俺はこのフルメタルキッチンから帰りたくなっていた。
長年の死線で培われた鋭い勘は、ここが俺のくぐり抜けてきたどんな地獄よりも地獄になると、そう囁きかけてきていた。




