表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/117

第四話 乗船

 一月二十日 午前十時 瀬戸内海 企業私有島

(カイン)


 潮風になぶられすぎ、元の塗装の色が消え去った倉庫の中は、その擦り切れた外観とは対照的に熱気に満ちあふれていた。演説台に見立て、積まれたコンテナを私は登っていく。

 眼下には八十人程のゼロ・シド(無登録者)達。攫われてきたり勧誘されてきたりと様々な出自だが――今や全員、私の可愛い手足となっている。


 ここ最近この任務(ミッション)にかかりっきりで、新西京であった連続殺人騒ぎといった面白イベントを楽しむこともできなかった。やはり井口は後で玩具にして殺すべきかしら?


 私の前に整列しているのは種族も性別も多種多様な集団。濁った黄色の瞳をぎらぎらさせたトロールの男。ボブカットにした銀色よりの金髪のエルフの女。黒髪をツーブロックにしたヒューマンの男。褐色よりの肌をしたドワーフの女。その他諸々。


「ここに来た当初、あなた達は何の力もないゼロ・シドだった。ゴミのようにスラムで生きていく毎日。人手が足りない時だけ就労CIDで一時的に人間扱いされても、無用になればポイ捨てされる。でも今は違う。血を吐くような特訓を経て、あなた達はもはや凶器となった」


 そこで言葉を切りあたりを見渡す。倉庫頭上の天窓から差し込む冬の陽光が彼らの顔を照らし出している。ま、本当に血を吐いて何人か死んだけど、些細な損失。


「今度は我々の番。豪華な椅子にあぐらをかいている醜い豚どもに絶望を突きつけ、奪えるだけ奪う。いいえ。違うわ。取り戻すのよ。生まれた時から奪われ続けてきた全てを!」

 全て――金、人生、そういった諸々――各自が都合の良いように解釈すればいい。直立不動のまま彼らの眼だけがギラギラとした輝きを増す。ゼロ・シド特有の飢えと怒りだ。この飢えと怒りに今は未来への希望が上積みされた。可愛い私の部下達。


「リーダーは……リー。あなたよ」

 黒髪をツーブロックにしたヒューマンの男が顔を上げる。

「わかりました! カイン様!」

 隣のトロールの男、ガリバーがにがにがしげな顔をするが何も言わない。賢明ね。ここで何かほざいたら、また初めて私と会ったときと同じく、半殺しにしないといけなかったわ。とても残念。


「今から作戦ファイルを各自に送付する。作戦開始時までには頭に入れておくこと。頭に入れた後は破棄すること。いいわね?」

「イエッサー!」

 全員が返事をする。

 ま、どのみち時間がくれば自動的に削除されるようにされているしコピーもできないようになっているのだけど。

「では、また本番の舞台で会いましょう。各自、怠りなく事前準備を行うように」

 私はそう彼らに伝えコンテナから降りると、廃倉庫を後にした。


 埠頭に停泊している小型船に向かって歩きながら、アベルと会話を交わす。

「私の演説、どうだった?」

 潮風が私の黒いコートを撫で、去り際に潮の残り香を残して立ち去った。

「素晴らしかったですカイン様」

「ありがとうアベル」

 私のブーツの立てる音が潮風と混じりあって後ろへ飛び去って行く。

「彼らは大義のために躊躇なく死ぬでしょう」

「だといいんだけど。それはそれでつまらないのよね」

「仕事は何事もなく終わるのが一番ですカイン様」

「それはそうなんだけど――だからこそ、仕事中のトラブルが一番私を昂らせるのよ」

 私は小型船に乗り込むと、新西京へと向かうよう指示をし、椅子に優雅に横になった。

 

 一月二十四日 午前九時 

 新西京八区 港湾区

(斎藤誠二)


 でかい鞄をころころ転がしながら俺は埠頭に停泊している豪華客船『グレートクイーン』号に乗り込もうとしていた。いやはや、これはもう客船というよりビルか何かだな。これでも小型だってんだから恐ろしい。


 冷気を伴った潮風が容赦なく俺に切りつけてくるが、この季節のおかげで潮の匂いはまだ上品な香りを漂わせている。夏ともなると個人的には臭い、になってあまり好きじゃない。そもそも嗅覚改造をしていて匂いに敏感なのもあるのだが。


 俺の進んでいく先には、大勢の乗り込み待ちの従業員達が列をなして並んでいる。淡い金髪を肩あたりでまとめたボブをサイドテールにした細身で小柄なエルフの女性や、ツーブロックにした黒髪のヒューマンの青年が並んでいる。


 ここから少し離れた方は二等客と三等客乗り場だ。一等客乗り場はもっと遠くだ。我々のような召使は視界に入れる価値も無いのだろう。


(誠二!)

 何やらリーナスが文句を言っているが無視。

(これ! 揺らすでない!)

(無茶言うな。路面に文句を言え、路面に。この程度の揺れ、パリダカール間ラリーにでも出たと思え)

 無理やりついて来たのはこいつだ。俺の知ったことではない。

(ふっ、いいのか? 我が祝福(ゲロ)でお前の下着と赤いコートが聖別(汚染)されても。我は構わぬが、メルトダウンまで後数秒よ)

(おい!? 止めろ馬鹿野郎!)


 俺は慌てて鞄を手で抱えた。歩み去る俺の背中に声がかけられる。

「せーちゃーん! 浮気したらリーナスちゃんのフィギュアとせーちゃんの本、全部メルカリに出しちゃうからね~!」

 なぜか見送りにきている結衣がふざけたことを言い出した。隣でリンクスは我関せずといった顔をしている。


 鞄が微細な振動を始めた。おい、揺れるなリーナス。

(わ、わ、わ、我の偶像(フィギュア)が!? お、降ろせ誠二! 我はいかぬ!)

(馬鹿野郎! 今ここで鞄開けたら中に詰めてある銃やマガジン、変装用キットまで見られるかもしれんだろうが!)


 周囲の人間が訝し気な視線を投げかけてくる。ええい! 結衣め! 不要なことをいってリーナスを動揺させるとは許せん。いや、俺もそこはかとなく動揺したが。そもそも論からして浮気だと?

 それは恋愛関係にある男女に成立する単語であって、俺と君の間には一切成立しないと強く言ってやる必要がある。俺は踵を返し、調子にのった結衣に声を――


「おい! 結――」

「あれ? 結衣ちゃんにリンクスちゃんじゃない」

 遠くからシーリーの声が聞こえた。


 瞬間、俺は即座に反転。近くにいた人の影に隠れる。そしてそそくさと船の従業員用タラップへと小走りで向かう。その俺の背中に、のんきな会話が聞こえてきた。

「あっ! シーリーさん! こんにちはー!」

「どうしたの? 何か探偵さんの名前を呼んでなかった?」

「えぇ、せーちゃんが……」


 おい、止めろ結衣! 俺の名前を出すな。

 耳だけをそばだてながら俺は従業員入口で持ち物と身体検査を受ける。見た目は頭にランプを載せた、ただの円筒形の金属製の検査用ドローンが各種センサー(嗅覚、金属)をフル稼働してお待ちかねだ。問題がある場合頭のランプが光り、港湾警備員がすっ飛んでくる。


 生体改造者(ゴースト)の俺は身体検査については何も問題はない。問題があるとすれば持ち物の方だ。トルネロがちゃんとしてくれていればいいのだが。あの野郎の手腕、まったく信じられん。俺は身を固くして結果を待つ。


「探偵さんが?」

 シーリーの質問に対し、結衣は俺がすぐそこにいると答えようとした(俺の勝手な予想だが)その時。

「あぁ、誠二がシーリーさんの見送りに来ようとしてたんだけど、腹を壊してしまって。俺達が代わりに見送りにいけって言われたんだ……ですよ」

 リンクスがナイスすぎるフォローを入れる。理由がふざけているがまぁいいだろう。

「あら! そうなの? 昨日からホロリンクのメッセージを無視されてたのはそういうことだったのね?」


 何を言っているんだ彼女は。明日出航だから見送りに来ていいのよ? むしろ来たらいいと思うわ。いえ、是非来なさい。だって護衛として二週間鍛えてくれたんだもの、最後まで見届けるのがマナーよね。とかわけのわからん怪文書、俺でなくとも無視するはずだ。


「えぇ。あいつは昨日からトイレの住人だ。おかげで事務所のトイレが占領されてて迷惑だし臭いのなんのって――」

 帰ったらリンクスにお礼を言いつつぶちのめそう。俺は心に誓う。


 そうこうしていると、俺の思索を断ち切る一言が耳に侵入してきた。

「問題ありません。どうぞ」

 ドローンの合成音が問題のないことを告げる。とりあえずは一安心だ。

 背後で談笑するリンクスと結衣とシーリーの会話を聞きながら、俺は船内へと吸い込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ