第三話 見落としていた役割
一月十四日 午後二時
新西京 三区 大黒天通り 斎藤誠二探偵事務所
(斎藤誠二)
「ちょっと待て! 話が全然違うだろうが!」
俺はホロ通話相手に怒りを剝き出しにした。
通話している相手は五十代の褐色の肌をしたヒューマンの男。豊かな肥満体型を白いダブルのスーツに押し込み、見事なまでに磨き上げられた禿頭が光っている。こいつは新西京の裏側を繋ぐ仲介屋、トルネロだ。
「そうは言ってものぉ誠二。できなんだもんはできなかったとしか言えんじゃろうが?」
「無理でしたが許されるのは社会に出るまで。社会に出たらできませんでしたは許されないって幼稚園で習わなかったか?」
「どんな殺伐とした幼稚園出身なんじゃ?」
「例えだよ!」
俺はいらいらと事務所内を歩き回り始めた。
「いやな、それがな。ちゃんとハイ・シドを手配しようとしたんじゃがな。目を付けとった偽造ハイ・シド、わしの提示した価格の三倍でかっさらわれてしもーてな? ありゃ企業じゃろうて。あれと競り合ったらどうなっていたことやら……それでも良かったんか?」
「…………」
経費で落とすとしても限度とか良心というものがある。いや、ルーブならいくらでも払えそうだが、それはさておき俺の良心が……。俺はソファに座った。
「だからまぁ、こっちのミドル・シドで我慢しとけ」
そう言いつつトルネロは何やらガラスのコップで飲み物を飲む。
「わかったよ」
まいったな。ハイ・シドしか立ち入れない区画があるから、影ながら護衛どころか火星から見守る事態になりかねん。だが、手に入らなかったものは仕方がない。事前にルーブに事情を説明はしておこう。送られてきたCIDを確認する。いや、待て。
「おい! お前。これ就労CIDじゃねーか! 何だこの船内コック補佐ってのは?」
思わずソファから立ち上がる。
「ん? じゃから船内でコック補佐としての身分証だが?」
「お前、そもそもの俺の依頼を聞いてた? 大丈夫か? もうボケ始めたか? いい老人ホームを紹介してやろうか?」
「豪華客船に乗る護衛対象がハイ・シド持ち。だから一等区画に立ち入れるようにハイ・シドが必要。じゃろ?」
「わかってるなら、どうしてそれがミドル・シドに化けた挙句、なんで俺が船でコックの手伝いしなきゃならねーんだ! 納得のいく説明してみろ! 五文字以内で述べろ!」
俺は気づいたらまたうろうろ事務所内を歩き回っていた。
押しかけ事務員の五十嵐結衣――ヒューマンの女性、大学生。茶色の髪をポニーテールにしてアーモンド形の茶色の瞳をした新西京のギャル――彼女が、勝手に占拠している俺の事務机から面白そうにこちらを見ている。
いや、俺は何も面白くない。怒りがマキシマムドライブだ。
「甘い! 甘い甘い甘いのぉ誠二や。ティラミスに生クリームと栗きんとんとはちみつかけてあんこ載せて食べるくらい甘い」
「ストロベリーソースを忘れてるぞ」
俺の突っ込みを無視してトルネロは得意顔で続ける。
「従業員としてなら一等区画だって立ち入れるじゃろ? このワシの慧眼、平伏してよいぞ」
「なるほど」
はっ、一瞬納得しかけてしまった。騙されるな誠二。
「いや、おかしいだろう。ならなんで給仕とかじゃないんだ? コック補佐ってキッチンからあまり動けないよな?」
一応CIDの内容を確認すると一等区画立ち入り権限はある。多分、これ、給仕が足りなかったりコックを呼べ! とか言われたときのためなんだろうな。笑えてきた。シーリーがバイキングでデザートを取りに来たら、いないはずの俺が笑顔で『お嬢様、こちらのケーキなどはいかがですか?』なんて声かけたりして?
ふふふ、ははははは! 今からでもキャンセルできんのかこの依頼。
「他になくてのぉ……何かそっちも結構買われとって……」
トルネロは目を泳がす。何が慧眼だ。節穴の間違いだろうが。
「まぁいい。今更どうにもならんだろうし……武器のほうは?」
「あぁ、一応買収できたから銃一丁、マガジン二、三本くらいならなんとか持ち込めるじゃろ」
少ない。何かあったとして対応できるのか? 不安しかない。
「わかった。じゃあ任せた」
幸い厨房にいるから刃物はそこで調達できるだろう。先行き不安すぎる。
「じゃ、そーゆーことで頑張れよ誠二。なぁに、なんだかんだいっていつも何とかしとるじゃろ? じゃあの」
トルネロは逃げるように通信を切断した。ちっ、この仕事はいつだって配られたカードで勝負するしかないが、いくら何でもこれは酷い。
***
(リーナス)
まったく、誠二という名の愚かなる人類はいつものように冒涜的な大声をあげておる。
それしか能が無いのか?
我が無限に寛大な心を備えておらなければ、奴はすでに百回は消し炭となってこの世から消えていたであろう。
奴のまくし立てている戯言を聞く限り、何やら豪華客船とやらに乗るらしい。仕方あるまい、我が居らねば夜一人でトイレにも行けぬ幼子のために、我もまた旅立ちの準備をすることとした。本当に手のかかることである。
さて、どの偶像を持っていくべきか――
「リーナス。何をしているんだ?」
誠二が見ればわかることをいちいち聞いてきよった。やれやれ、目が見えぬのか?
「見ればわかるであろう。旅のための準備である」
だが、我はあくまでも神的に優しく、奴の愚問に明晰なる回答を与えてやった。
「旅? どこかに行くのか?」
幾ら我が心が宇宙よりも広いとは言え、限度というものがある。
しかし、奴の知能は動物園の猿山の猿程度しかないのでしかたあるまい。
「貴様、豪華客船とやらに乗ってシーリーをこそこそと物陰から守るのであろう? だから同行する我もどの偶像を持っていくか吟味しておるのよ」
「リーナス。豪華客船に猫は乗れないぞ」
「そうか」
ふむ。やはりここはザクを……いや、この間ガンダム坊やから献上されたニューガンダム? それともF-18か……船に乗るのであればやはりここは船。となるとプラモ……武蔵か? 金剛か?
「リーナスさん? ご理解されてます?」
「わかっておる。猫は立ち入り禁止なのであろう?」
何だこやつは。我が深淵なる宇宙の真理への洞察の邪魔をするでない!
「だからお前は留守番だよ?」
「ん? 待て誠二よ。猫が乗れないのであろう?」
我は偶像達から目をあげ、奴にいたわりの眼差しを向けてやる。
「そうだが」
「我は神であって猫ではない。関係なかろうが?」
全く何を訳のわからぬことを言っておるのだ。
我を猫? 目が腐りおちて空洞なのか?
***
(斎藤誠二)
「……お前がどう思っていようが世間一般的には猫なんだ。理解してくれ」
俺は冷たい現実を神気取りの馬鹿猫に教えてやることにする。
「嫌だ! 我は行く! 貴様だけ楽しむなんて許せぬ!」
リーナスはわがままを言い出すといつものように床を転がり始めた。
どうしたものか……
「いやいや、楽しくないよ? 狭い従業員用客室に押し込まれてだな……本当は一等客室にいるはずだったのに……」
「そうだ! せーちゃんずるすぎだし! そんなこといってシーリーさんと浮気でしょ! うちという一生モノのヒロインがいながら――」
五十嵐結衣が何やら甲高い声でリーナスに同意した。
なぜだ、なぜ出発する前からこんなにストレスを感じなくてはならないのか?
(雪風! どうにかしろ!)
(わかりました)
想定外の回答。どうにかできるの?
流石だよ独立型AIは伊達じゃない!
「リーナス。私の計算では、誠二のリュックに大人しく隠れていれば、ばれずに乗船できるでしょう。もちろん何らかの対処、そうですね、殺臭源サプリを飲んで体臭を断つといった処置が必要となるでしょうが。問題はトイレですが、あなたは普段から人間のトイレで器用に行っています。よって、同様に人に見つからないようにトイレで排泄を行えば問題はありません」
待て雪風。それは俺の思っているどうにかではない。
「そして結衣。あなたはここの事務員です」
いや、俺は彼女を事務員と認めた覚えは――そもそも留守はリンクスに頼もうと思っていたのだが……?
「誠二が留守の間、ここを守るのはあなた以外にありえません」
「まじ? うちもパパに頼んでなんとか同じ船に乗ろうとしてたんだけどー、じゃあうちがここを守るしかないよねー」
何やら腕組みして満足げに頷き始めたが。おい、ふざけんなよこのギャル。
しれっと恐ろしいことを言っている。雪風、グッジョブだ。最悪の事態は避けられたかもしれない。
仕方ない。リーナスも含めて打ち合わせをしておこう。
「はーい、集合~。こんな感じになってるらしいぞ~」
俺はソファに座ると豪華客船グレートクイーン号の情報を呼び出した。
上部甲板(屋上):プール。屋外寄りのショッピングモール。出店・フードスタンド(三等区画)一等客専用プール、高級ショッピングモール(一等区画)
最上階(6F):大イベントホール。高級レストラン。高級バー。カジノ(一等区画)
5F:一等客室
4F:一般向けレストラン。バー。小さめイベントホール(二等区画)
3F:二等客室
2F:三等客室
1F:従業員室・キッチン・洗濯室等
最深部:機関室
一等VIP:100名
二等客:300名
三等客:600名
従業員:900名
これが表向きの情報か。さて、俺は1Fに釘付けになるのか?
それかフードスタンドや出店にヘルプに行くこともあるのだろうか……いや、それぞれ個別の業者が入るはずだからそんなことは無いと思うのだが……そんなことよりもこの規模の閉鎖空間……。うん。やっぱり俺要らないだろ……こんなの戦争でも起きない限り問題ないよ。は~行きたくない。
「やっぱ楽しそう……うちも行くしか……」
いつの間にやら俺の隣に来ていた結衣が口を尖らせる。
「良いか結衣。俺は基本的に1Fのキッチンかどこかのフードスタンドあたりにヘルプだろう。つまり、君が行ったところで俺と一緒にきゃっきゃして遊ぶ時間などない」
「え~! じゃあうちの一等客室にせーちゃんも寝泊まりして……きゃっ」
何か頬に手をやってポニーテールを揺らしつついやんいやんしだしたが、ふざけるな。俺の貞操が危ない。
「君は留守番しといてくれ。君にしか頼めないことなんだ」
結衣の目を見つめてそう言ってみる。
「うん! 任せて!」
結衣はあっさり丸め込まれた。ふっ、俺の交渉術もまだまだ捨てたものじゃない。
「我は?」
「お前は俺の放り込まれる従業員用部屋から出るな。なんなら同室の人がいたら、その人が室内にいる間はリュックから出るな」
「なん……だと……?」
リーナスの緑色の瞳が大きく見開かれる。
「当たり前だろうが! バレたらお前は海に投げ捨てられる。俺も放り出されるか、めちゃ怒られる」
俺は眩暈がしてきた。
「行くの止めてよいか?」
リーナスが小首を傾げて何か言いだした。
「そうしてくれ」
なんだよ、聞き分け良いじゃないか。素直にそう最初から――
「いやだ! 我も行くのである!」
やはりか。
「どっちだ!」
「我も行く」
「うん。じゃあ我慢しろよ」
俺は頷いた。
「そのうえで自由に歩き回りたいのだが?」
「ふざけるな」
「しかたあるまい。ではおやつはピザポテト三袋。これ以上は譲れぬ」
俺は無視することにした。
「一等区画に立ち入れるのはVIPのみ。つまりハイ・シド様のみだ。それ以外の奴が侵入したらすぐにセキュリティが殺到して摘み出される。現実的にトラブルが起きた場合はお前も好き放題歩けるだろうが、その可能性は皆無だ。無い。つまりお前はずっと部屋にいるはめになる。俺はキッチンと部屋を行き来するだけになるだろう」
「えー、でもせーちゃん! 6Fのカジノとか楽しそうじゃん! そこで一発あててうちへの給料アップとか考えないわけ?」
何か結衣が妄言を横から垂れ流しているが、そもそも彼女に給料を払ったことなどないのだが?
どーゆーことだ?
「良いか。一発当ててそれで給料を支払っても一過性のものなので、給料アップではなく臨時ボーナスが正しい。というかね、一等区画は基本的にセキュリティが常駐していると考えていい。二等区画や三等区画でトラブルが起きた場合、待機室からセキュリティが派遣される形になるだろう。つまり一等区画は常に誰かしらが警戒の目を光らせている。な? 俺、必要か?」
何度も自問している疑問に立ち返る。そんな俺に冷徹な指摘が行われた。
「絶対に必要です」
機械ならではの冷徹・冷静な声。
何…………だと?
「俺は何か見落としているのか?」
「誠二。あなたには重要な役割があることを忘れています」
流石は雪風。俺には思いつかない角度から物事を分析してくれる。
「何だ?」
「生活のため、ルーブの精神安定剤になることです」
それは、俺が一番聞きたくない正論だった。




