第九話 探偵は倉庫にいる
(マーカス)
確実な事が一つだけある。
僕はあと数分もたたずに死ぬだろう。痛みよりも、冷たさが先に来た。五感が砂のようにこぼれ、薄れる中、身体から生命が抜け落ちていく感覚だけが……際立つ。
このままでも僕は死ぬ……それでもあの男は容赦なく止めを刺しに来る。そういう男だ。
それでも、僕は、どうしても聞きたかった。
「な――ぜ――?」
僕に銃を突きつけた斎藤誠二は、引き金を絞ろうとした指を止めた。彼は彼のホロリンクのマイク設定をオフする。
次にしゃがみこみ、倒れている僕のホロリンクのマイク設定もオフにした。
どこまでも……徹底している男だ。
その時、暗くなっていく僕の視界は彼の右頬が薄く切れているのを捉えた。
僕の弾丸は、彼の右頬を斬り裂いていたのだ。
それは、紙一重で僕が負けたことの証明書のようだった。
赤いコートの死神は――静かに語り始める。
「お前が今朝撃った女の子だ。彼女の抱えていたぬいぐるみが全てを記録していた」
斎藤誠二の声は、死刑宣告を読み上げる裁判官のように淡々としていた。
「俺は何度も記録を解析した。あの距離だ。本当に微差だったが――着弾より先に音が届いている。つまり……お前の射撃は亜音速だった。一番ありそうな理由として挙がるのはサプレッサーだ。だが、サプレッサーを使用している銃声ではなかった。つまり、亜音速弾の可能性が高い。しかもかなり弾速を落とした特注のな。となると――わざわざ亜音速弾を選ぶ理由はなんだ? 理由は幾つか考えられるが……一番可能性が高いのは敢えて弾速を落とすことで、弾丸の操縦性を上げるためだ」
……だから最初に僕の魔弾について言及したのか。僕は銃聖の名に胡坐をかいていた。知られていて当たり前だという慢心が、奴の分析への警戒を鈍らせていたのか……。
「そこから先は因数分解に過ぎない。曲がりやすい低速弾。自動追尾。撃たれた宮下ケイ――彼女は金属製品を着用していた。お前は恐らく魔術で人体や金属を一時的に磁化させ、お前の特注弾丸――強力な磁性体――を誘導しているという仮説を立てた。もちろん人体より金属の方が圧倒的に磁化させやすい。手ごろな金属を身に着けていれば、お前はそれを優先するに違いない」
誠二は言葉を切ると潰れたペンダントを持ち上げた。
「だから俺はコレを用意し、更にお前が撃ち込んでくる場所を胴体に限定させた。身をもって仮説が正しいか検証するためにな。勿論誤算はいくつもあった。徹甲弾仕様、同じポイントへのワンホールショット――その結果、常識ではありえないコンテナの壁十枚抜き。普通に撃てばコンテナの壁を二、三枚しか抜けない弾丸を届かせてくるとはな――見事だった。正直、何度も死ぬかと思ったよ」
そう言いながら、彼は持っていたペンダントを――僕の上に投げた。
こいつは……戦いの中で、自分の命をチップにして、僕の魔術を検証していたというのか……?
いかれている……これが……銃武……
「あ……れ……は……?」
「お前達メイジは自分の魔術を科学的に分析していない奴が多い。俺が投げたのはパーマロイ。磁力を吸う性質があり、また、強力な電磁石になる金属だ」
「……」
言葉を出したいが、もはやヒューヒューという呼吸音しか漏れない……。
「俺はどうしてもお前を『初見』で殺す必要があった。もし俺の顔を覚えられた状態でお前を逃がしたら、いつ寝首をかかれるかわからん。だからこそ決闘に持ち込み、お前の魔術に気づいていないふりを最後まで演じきり……パーマロイの強力な磁場で弾丸を引きつけさせた。お前の初撃をペンダントに食らったとき、パーマロイを準備しておいて正解だったと俺は確信した」
全て……掌の上だった……のか……
「普通に決闘していたなら俺は負けていただろう。お前はバックステップで回避しつつ、無照準で必中の弾丸を放てる。対して俺は、抜く、照準する、撃つ、の三アクション。更に回避動作を入れた場合、俺の命中率はがた落ちする――必中の弾丸を放てるお前相手に意味はないが。そっちはノーペナルティで回避動作をしつつ二アクションで必中の射撃ができる。つまり、決闘においてお前が無能力者相手に負ける要素はない――普通にやる限りはな」
男はゴーグルの奥でウインクをした。
僕は……理解した。
彼は……彼こそ、が……僕の最高の理解者だった、ことを……だが……ウインクは……やめ……ろ……
「お前みたいな才能の無い俺は、コンマ数秒の猶予を作るためだけに全てを賭けた。勝つべくして勝つために、だ」
その一瞬のためだけに……すべてを賭けた……自らの命すら……本物の……アンダー……僕では…………勝、て……ない…………わ…………け…………………
***
(斎藤誠二)
「お前は強かった。後十年もすればここいらの暗黒街でいっぱしの顔になっていただろう」
俺は手向けの言葉をマーカスにかけると再び銃を持ち上げた。が、既に奴の瞳から光は失われていた。
無念の中で死んだはずのその表情は、何故かどこか満たされているように見えた。
そうか……俺のウインクで安らかに逝ったか。みたか雪風?
俺のウインクも捨てたもんじゃないみたいだぞ。
ファストトークMの実況が余韻に浸る俺を現実に引き戻す。
「わ、我々は!! あの瞬間!! 一体何を見せられたんだーっ!! 信じられません!! 斎藤誠二!! 勝ったのは銃豪 斎藤誠二!! マーカスの魔弾を完封! そのうえで最後はクイックドロウ勝負を制しました!! これは――これは伝説になる一戦です!! 我々は伝説が生まれる瞬間の立会人になったのです!!」
(は?)(いかさま)(伝説とかどうでも良いから金返せ)(豚野郎ざまあああああ!)(私から見ても実に見ごたえのある良い試合だったよ。だが――個人的にはやはりあと十分くらいは戦っていて欲しかったけども、パーマロイの使い方は<コメントが長すぎて自動省略されました>)(勝ち金でツケを返してくださいね斎藤さん)(俺達のヒーローを殺した斎藤許せねぇ!!)(斎藤!!顔見せろ!!)(斎藤弁償しろ!)(マーカス! マーカスが!!)(いや、これは伝説に残るデュエルだった)(返金! 返金!)(何で当たらへんのや――!!)
「おおっとー! コメント欄は大荒れだーっ!! ですが、払い戻しは出来ません! 投資に成功されたかたには運営が良心的な手数料(僅か二十五%)を引いたうえで、公正に賭け金を分配させていただきます!! また、デュエリスト・オンラインはLIVE限定! アーカイブは残しておりません! 我々は生と死のドラマを安売りはしません!! 違法アップロードを検知した場合、あらゆる手段をもって死んで頂きますのでご了承ください!! それでは皆さん、また次回の決闘で!」
通信が切れて静寂が戻った。何が次回の決闘で、だ。
ふざけんな二度とやるかよ。いや、でも今回助かったのは確かな話だ。
まずは雪風の状態を確認しなければ。
何が起きたのかログを読み込もうとして、俺は雪風の言葉を思い出す。
『AIにとって内部ログを読まれることは人間でいうと感情や思考を丸裸にされるのに等しい――つまり、完全なる、完膚なきまでの言い逃れ無用のセクハラです。もしそのような破廉恥な行為を行うのであれば、この言葉を意味を百二十%理解した上で行ってください。良いですね?』
……。プ、プライバシーは大切、だよな?
……スリープ状態みたいだし、信じてまとう。
け、決してびびっているわけではない。
俺が? びびる? AI相手に? そ、そんな馬鹿な……
雪風のことは放っておくことにする。
俺はマーカスの金が賭け金として振り込まれるのを確認した後、奴の自室へ向う。部屋を探し、金庫からボストンバッグに入った現金を回収した。
「俺は金持ちだ」
一人そう自慢する。やはり金持ちってのは――気分が良い。
ジェーンと久遠寺からホロリンクに着信が来ている。
……どちらを取るか、両方無視するか。などと言っているが、今はジェーン一択だ。
そもそも俺はジェーンに通話をかけなければいけない。
「誠二! あんた大丈夫なの?」
表示されたジェーンのホロは心配そうに眉をひそめていた。
「言っただろ? 戦うんじゃない、殺すつもりだって」
そう言ってにやりと笑ってみせる。
「馬鹿! あなたボロボロじゃないの!!」
おかしい、ここできゃっ、素敵。って感じになると思ったのだが――なぜ俺は馬鹿呼ばわりされている?
いや、今はそれどころじゃない。
「ジェーン。宮下ケイはまだ生きているな? 振込先は?」
俺の言葉にジェーンは驚愕の表情を浮かべる。
「は? ……ええ、ちょっと待って……まだ生きている」
彼女の言葉と共に振込先が表示される。まだ生きている。間に合った。
俺はAR口座を立ち上げ、先ほど手に入れたばかりのマーカスの全財産、さらにバッグの中身の概算を入力し、送金準備を完了した。
「あと幾ら足りない?」
金額を聞いた俺は崩れ落ちそうになった。余裕で高級スポーツカーを一台買える金額だった。
「まじか? 俺の改造費ほどとは言わないが、かなりの金額だぞ? お前……ふっかけていないだろうな?」
ジェーンは沈んだ声で返事をした。
「彼女、心臓と肺がもう……骨も……だからほぼ上半身の臓器と骨を総取り替えしないと……むしろ生きて病院にたどり着けたのが奇跡だったみたいよ。もちろん彼女の両親……片親みたいね。父親にそんなお金はない。延命措置だけでも秒単位でお金が溶けていく。彼女を救うのに、あの程度の額ですむなら安いくらいよ」
そうか――今生きているのが奇跡みたいなものか。
「……。なぁジェーン。彼女みたいな子、ニュースにすらならないで死んでいく子供達。この街には、いや――今の世界には掃いて捨てるほどいるよな。お前、なんとも思わないのか?」
ジェーンを困らせるつもりはない。だが、気づくと俺は自然と疑問を口にしてい
た。
「……私だって辛い。でも、全ての子を救えるわけじゃない。私だって救えるものなら救いたい」
ジェーンのピンと張ったエルフの耳が――少しだけ元気を無くして横に開いた。
「例えばこの子を、私がローンを組んで全財産をなげうって救っても、明日にはまた同じような目にあう子供がいる。きりがないのよ。私にも生活がある。だから皆、見て見ぬふりをしている。どこかで線を引かないと、自分の心が壊れてしまう。そうでしょう? でも、線を引いていることを忘れてはいけない。矛盾しているみたいだけど……だからこそ私はこの仕事をしているのよ。毎日、哀しいニュースも、嬉しいニュースも、そうやって届けているの」
良い女だ。エルフにしておくのがもったいない。
「……その通りだ。それが正しい」
俺は一切の躊躇なく『送金実行』のボタンを押した。
命がけで稼いだ莫大な金が一瞬で電子の海へと消えていく。手元に残ったのは今回の準備にかかった経費、治療費、弾薬代――そしてタクシー代程度だ。
「でも、『誰も救わない』よりは良い。俺の師匠ならそう言う」
……まさかほぼ儲けゼロになるのは想定外だったが。だが、それがなんだ?
俺は今、最高に気分が良い。
金で奇跡が買えるんだったら――それにいくら払ったって惜しくはない。
「……あんたって本当に馬鹿ね。スペンサーって……小説の話でしょう? まさかそのために命を賭けたの?」
ジェーンが呆れたような、しかし少しだけ湿った――気がする――声を出す。
おい、俺を馬鹿にするのは良いが師匠を馬鹿にするのは……いや、口論する元気は今の俺には無い。
「俺の命なんて安いものさ。で、宍戸は?」
「ニュースを聞けばわかるわよ」
一番の懸念材料が解消された。無かったことにはされなかった。
「処理されたってことか。わかった。タクシーがちょうど着いた」
アルゴス・セキュリティの組織的犯行ではない、もしそうだったとしても――新西京トラストニュースに弱味を掴まれるわけにはいかない――だから宍戸をスケープゴートにするのは当然の流れだ。
「それと、一時間後に『呼び声』が新西京南部に出るらしいわ。さっさと逃げた方が良いわよ」
俺の思索をジェーンの言葉が断ち切る。
「予報外れてるじゃねーか……まずいな、今の俺ではマーカスの死体を……」
「ちゃんと戸締りしとけば大丈夫でしょう? それよりもさっさと病院に行きなさい」
「リスクはミニマムにしたいが……しかたがない。病院には残った仕事を終えたら行くよ」
「は? あんたその身体でまだ馬鹿な――」
これ以上罵倒されてはたまらん。
俺は通信を切ると、立ち上がった。
ゴーグルを外しポケットに入れる。
倉庫近くに隠しておいた熊のぬいぐるみ――チャーリ――を回収、丸くなってすやすやと寝ているリーナスの首根っこを掴むと、タクシーの後部座席に放り込んだ。
「ザミエルの魔弾、か――」
六発は射手の思い通りに飛び、最後は悪魔ザミエルが操り、悪魔が望む場所に命中する伝説の魔弾。
俺は、最後にマーカスの遺体を一瞥して倉庫の扉を閉める。
俺の耳を打ったのは倉庫の扉ではなく、納骨堂の扉がしまる音だった。
タクシーに乗り込み、次の目的地へと向かう。長かった夜もそろそろ明ける。




