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第十話 探偵は駐車場にいる

 午前三時

 新西京四区 モスバーガー前(斎藤誠二) 


 目的地に着いた俺は、猛烈な空腹を感じていた。眼前に並び立つ二つの看板。可愛らしいMの字で描かれた看板――伝統の『モスバーガー』。そして、毛筆で荒々しく書かれた漢字の『押忍おすッ!!』……新興の――いや、新西京の暗部にのみ存在する迷店『押忍おすバーガー』だ。


「さて、問題はどちらに行くべきか、だが――」


 いや、悩む余地などどこにもない。俺はモスバーガーでモスチーズバーガーとモスシェイク(ストロベリー)の優しさに包まれたい。

 しかし……最大の問題が俺の足元にいた。


「『押忍バーガー』が良い!! 我は『押忍バーガー』じゃないと嫌である!」


 俺の体感時間で三十分――リーナスが地面をごろごろしながら駄々をこねている。

 馬鹿猫め……まだ寝ていればいいものを……しっかり目を覚まして俺のチョイスに文句をつけてくる。何だ『押忍バーガー』って? 名前からして知能指数が低い。


 いかん……めまいがしてきた……座って休みたい。

 俺は怪我人だぞ? 怪我人の意志を尊重するべきではないか?

 ここは奴の(あるかどうか怪しいが)情に訴えかけるしかない……


「いいかリーナス――ここで危険を冒す必要性は皆無――俺とて新しい味にチャレンジするのは嫌いではない。だが、今の俺の状態をみてくれ。この疲れ切ったボロボロの俺を。ここは確実に一定以上の品質が保証されているモスチーズバーガーで疲れをいやすことが先決。というか個人的にモスを超えるハンバーガー店は存在しない!! わかるんだよ! リーナス!!」


 俺は泣き落としプラスあいつの大好きなアニメネタまで叩き込んだ。完璧な説得術だ。


「だって『押忍バーガー』は今、『アーマード・コア8』とコラボしているんだぞ? 貴様ほどの男が何故それをわからない!! 愚かなり誠二!!」


 リーナスはコラボグッズが欲しいだけだった……何だこいつ……ふざけんな!


「うるせー!! 半分死にかけてる時にコラボ特典とかどうでも良いんだよ!!」


 俺はついに本音をぶちまけた。


「あれだけノリノリで遊んでおいて貴様―ッ!!」


 知るか! それとこれとは別だ!!

 

 頭にきた俺は強硬手段に出た。何やらまくし立てている馬鹿のことはいったん無視。モスの自動ドアを潜る。奴もモスチーズバーガーを食えばコラボの事なんてきれいさっぱり忘れるだろう。それだけのポテンシャルがモスにはある。


「いらっしゃいま――」


 ドワーフの女子店員の笑顔が、南極の氷山も裸足で逃げ出すレベルで凝固した。あの表情を解凍するには超新星爆発並みの火力が必要になるだろう。


 どうした? 俺の背後になにか?

 まさか血に飢えたオーガ(人食い鬼)が俺の後ろでショットガンでも構えているのか?


 しかたがない、ここはいっちょ一肌脱いでやるとするか。

 ゆっくりと少しだけ腰を落としながら振り向く。いや、何もいない。

 再度前を向く。どうやら気のせいだったようだ。


 ……やれやれ、少しだけエキサイトな夜を過ごしたせいか神経過敏に――俺が気を緩めた刹那、両腕がいかつい力で拘束される。いつの間にか右側にオーガ、左側にトロールの、モス制服を着こんだ店員が立っていた。


「申し訳ありませんがお客様――他のお客様のご迷惑になりますので」

「えっ……ちょ、まてよ!! 店内はガラガラだろ――」


 赤子のように軽々と持ち上げられ、外に放り出される。尻餅をついて呆然とする俺を尻目に、オーガとトロールは手を払いながら店内に戻っていく。


「ったく、血まみれで火薬くさくて、あげくにぼろぼろの熊のぬいぐるみを抱えているとか……完全にいかれてるだろ」

「深夜シフトはこういう『超えた』客が多いから嫌なんだよなぁ……」


 深夜午前三時、いかに新西京が眠らない街とはいえ――人通りのほぼ無い中、俺は呆然とモスバーガーを見上げることしかできなかった。

 無慈悲に扉が閉まる。


 あまりのことに愕然とする俺の肩に、肉球の柔らかい感触が伝わってきた。

 右を向くと、リーナスの左手? 左足? が――慰めているつもりなのか――俺の肩に置かれている。そしてふざけたことを言い出した。


「理解したか? 己の現状を? 我はこれを予見していたのだ。貴様の今の風体、最早不審者の域を超えておる」


 絶対嘘だ。それならばそもそも論からして押忍バーガーも入れないはず――




「いらっしゃいませー! 押忍!! あ、お客様。当店、ぬいぐるみといった『なよなよしたもの』の持ち込みは禁止となっております。預からさせて頂いても? 押忍!」


 入れた。入れてしまった。

 空手着を着た、牙がチャーミングなオークの女の子が俺に元気よく挨拶をしてくる。


 俺はぬいぐるみ(チャーリー)を抱えたまま一瞬思考停止。

 いや……待て……ぬいぐるみを持ち込まなければOKなのか!?

 この店の基準がわからん!!


 チャーリーを預けると押忍チーズバーガースペシャル(コラボセットだ)と押忍ポテトのL、押忍シェイクのストロベリーとバニラ、そして平皿を注文し、席――いや、待て。椅子なのかこれは?

 座卓と座布団サイズの畳が床の上に置いてある――に付いた。


「あっ! お客様! 正座でお願いします! 押忍!」


 どちらにせよ胡坐をかくだけのスペースなど――無い。

 何故だ……ファーストフードの店で正座だと?

 俺は今、いったい何を経験しているというのか?


 しばらく待つと、空手着を着たオークの女の子がやってくる。


「押忍!! ご注文有難うございました! それでは感謝の正拳付きを――」


 トレイを置くと意味の解らないことを彼女は言いだした。


「いや、結構です」


 俺は丁寧に断る。


「押忍! それは残念です!!」


 元気よく、しかし顔は哀しそうに彼女は答えた。


「何故だ!? 我はみた――」


 リーナスが要らないことを言う。


「押忍! それでは――」


 女の子の顔がぱっと明るくなる。


「結構です」


 俺は心を鬼にして、声の温度を落として彼女を追い返す。 


 手を振って店員を下がらせる。何で残念そうなんだ。とりあえず平皿に押忍シェイク(バニラ)を入れてや――固い、なんだこのシェイクは。ふざけんなよ!!


 最早ソフトクリームですらない、ただの凍った何かだ。

 なんとか手で温めて溶かしてかきだす。嬉しそうにリーナスが舐めだす。


 ニュースを聞こう。現状を把握する必要がある。ホロリンクで新西京トラストニュースのチャンネルを呼び出す。ホロテレビ(立体テレビ)でのんびり見たいが、この殺風景な店内にそんな洒落たものはない……代わりに壁に空手着、瓦割り用の瓦、ぬんちゃく、トンファーが飾ってある。この店、完全にいかれてやがる……


『新西京トラストニュースから緊急ニュースです!!』

 俺が立ち上げたホロに、薄いピンクのスーツを着た緑色の瞳の金髪ロングヘア、グラマラスなエルフの美女――ジェーン――が映し出される。


『元アルゴス・セキュリティの風紀課に所属していた宍戸刑事がなんと、退職時に持ち出した麻薬をストリートギャングに横流ししていたという事実が判明いたしました。アルゴス・セキュリティは即座に宍戸容疑者の身柄を確保し、余罪を追及中とのことです。アルゴス・セキュリティは宍戸刑事がストリートギャングと交渉する際に、既に一週間前に退職しており、一切関与していないとのことです。また、今回の不正は宮下ケイさんの銃撃事件への関与も確認されており――』

 

 さて、ここまでは予想通りだ。というか、こうじゃないと困る。


 俺が宍戸をぶち殺すのは――警官殺しは面倒なことになりがちだ――リスクが高い。もちろん麻薬を持ち出されたことに対する批判は殺到するだろうが……アルゴス・セキュリティとしては最小限の被害で物事を収められたと言えよう。


 そう考えながら押忍ポテトを押忍シェイクに突き刺す。そしてポテトでシェイクをすくい、口に放り込む。


 うむ、美味しいな。何かポテトがやたら固いが。どうなっているこの店。


 さらに、バンズに挟まっているのがハンバーグではなく、ただの分厚いステーキなのはどういう理屈だ。ハンバーガ―とは?

 とりあえずリーナスの平皿にいれたシェイクにポテトを突き刺していく。立ち並ぶ墓標のようだ。


「ほら、正解であっただろう? 美味である♪」


 リーナスが何か言っている……ま、嬉しそうだから良いか……


 そんなこんなで張り込みを続けていると、ターゲットが家に帰ってくるのが見えた。

 俺は立ち上がると店の出口へと向かう。


「ごちそうさまでした。ありがとう店員さん」

「チェストォ!! またのご来店をお待ちしております! 押忍!!」


 チェストは薩摩示現流であって正拳突きとは関係ないよな……?

 背後に響く独自過ぎる接客用語に見送られ、俺は店を後にした。


 そのままターゲットの家の駐車場前に移動。そこに停められている高級スポーツカーを眺めながら考える。そうだな……一時間。一時間だ。一時間待って何も起きなければ、俺は帰ろう。それは祈りにも近い想いだった。




 ***

(???)

 家に帰宅した俺は、荷造りを行っていた。


 本当に必要なものは少ない。すぐに終わる。


「糞が! 俺は勝ち組だ!! 勝ち組なんだよ!!」


 そう自分に言い聞かせる。違和感はあった。だが、俺は勝ち組だ。絶対に負け組――欲しい物も買えない、金持ちが自慢げに見せびらかす高級品を指を咥えて見ているだけの毎日――には戻らない。


 まだ間に合う。今だ、今さえ切り抜ければなんとでもなる……イギリスのアヴァロンに行こう。あそこはエルフの美人や可愛いフェアリーが多いと聞く。しばらく身を隠すのに最適だ。


 新西京八区の港湾区画まで車を飛ばしていって、そこから車を乗り捨てて船をチャーター。大陸に渡ってしまえば何とかなる。金だ、金さえあればたいていの無理は効く。金こそがこの狂った世界の唯一の真理なんだ。そう、何だって買えるんだ。


 外に出て駐車場に止めてある高級車に乗ろうとする。目の前に一人の薄汚れた赤いコートを着た男……誰だ?

 ……なぜかぬいぐるみを持っている……が立ちはだかった。


「おいおい、夜勤明けたばかりなのに――大荷物を抱えてどこに行くつもりなんだ、サル? 少し話そうぜ」

「誠二……!!」


 つい数時間前に……久々に連絡を取ってきた男が目の前に立っていた。

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