第八話 魔弾の射手
午前一時三十五分
新西京五区オフィス街 新西京トラストニュース
ジェーンはアルゴス・セキュリティとの独占報道交渉を終え、ほくそ笑みながらニュース原稿の最終チェックを行っていた。これでスクープは頂きだ。誠二もたまには役に立つ。
そこに、デュエリスト・オンラインからの通知が入る。
銃豪 斎藤誠二 VS 銃聖 マーカス・マーク・グリムズビー
「はあ? 何してるのあいつ?」
ジェーンは呆れ半分、興奮半分でアプリを立ち上げた。
同刻、百鬼堂
煙管の紫煙が、ゆらりと立ち昇る。久遠寺遥はそれを眺めながら、退屈という名の猛毒を噛みしめていた。
不死者にとって退屈とは、緩慢なる死だ。
探偵さんの土産話を楽しみに待っていよう――そう自分に言い聞かせながらも、遥は物足りなさを感じていた。
もう一人くらい客が来ても良いのではないか?
久々に斎藤誠二が来たのだ。
ならば、斎藤浩一が来ても不思議ではあるまい。彼の方が話をちゃんと聞いてくれる。
ハンターと吸血鬼――本来なら相容れぬ関係だが、それもまた一興だ。
物思いを破る、軽やかな電子音。
件名:決闘が成立しました。
デュエリスト・オンライン運営
至急アクセスしてください。
「おやおや」
遥は煙管を置いた。
「もう報酬を払ってくれるのかい探偵君? 感心だねぇ」
細く白い指がホログラムを操作する。デュエリスト・オンラインの画面が、闇の中に浮かび上がった。
「ああ、これは……面白くなる」
***
午前一時三十六分 新西京八区港湾区廃倉庫街 グリーンヴェノムアジト(マーカス)
僕はデュエリスト・オンラインの規定に則り、周辺地図のアップロードを行う。
地図を読み込んだデュエリスト・オンライン運営から『円卓』――今回の決闘を行うにふさわしい場所――が提示される。倉庫ど真ん中の通路。
僕とあの無能力者――斎藤誠二――はそこで決着をつけることとなる。
賭け金に奴の雇い主の情報を指定した。これで運営が奴の背後関係を洗い出してくれる。
そして僕の前に現れたのは、赤いコートを着、コンバットゴーグルで顔の半分を隠し、フードまで被った――フード?
被っていなかったはずだ。
これから決闘を行うのに視界を制限するとは……僕を舐めているのか?
それとも他に理由があるのか?
いや、違う。
斎藤誠二の申請したクラスは銃豪。銃武ではない。
奴は自分が格闘戦も出来ることを観客に知らせたくないのだ。だから、あのフードはシンプルに顔を晒したくない、そういうことだ。
つまり、あいつはこの僕に勝ってここから立ち去った後のことまで考えている。
自分の手札を出来るだけ晒さずに戦うトリックスター――それが奴の本質。
僕の視界に映る彼の動きは緩慢だ。
そう、僕の魔弾は確実に命中していた。そしてかなりのダメージを与えている。
奴の胸につけているペンダントとのリンクもまだ繋がっている。
要するに――先ほどの奴からの通信と挑発は安全圏に逃れるためのくだらない時間稼ぎ。
いらだちで僕の牙が軋む。
斎藤は決闘以外での勝ち筋が無かった?
だから決闘に持ち込んだのか?
あの状態で勝てるつもりなのか?
いや――そもそも、なぜあの状況で逃げないで僕を決闘に誘導した?
自分の方が僕より速いと思っているのか――奴は僕が決闘で銃豪を何人も倒したことを知らないのだろう。馬鹿な奴だ。
「Heeeeeere We Gooooooo!! 皆さん! デュエリスト・オンライン運営のファストトークMです!! 今回は私が実況を担当させて頂きます!!」
強化舌と脳改造によるマシンガントークが脳内に響く。
これからデュエル開始までの五分間――僕にとって最も退屈な時間の始まりだ。
「ご存じの方も多いと思いますが、デュエリスト・オンライン初視聴の方のために簡単にルールを説明させていただきます!!
ファストトークMが高速でルール説明をまくしたてる。
一対一、距離五メートル、勝利条件は対戦相手の死亡のみ。逃走は死、遅延も死。シンプルで野蛮なルールだ。
僕の視界に重なってARのコメントが流れていく。
(知ってる)(良いから選手の詳細はよ)(どっちに賭ける?)(マーカス)(斎藤誠二? あの野郎まだ生きてたのか!)(探偵さん、頑張ってくれたまえよ。個人的わがままを言わせてもらえば可能な限り戦闘時間は長い方が私個人としては望ましいのだがもちろんそれ<コメントが長すぎて自動的に省略されました>)(マーカスは俺達オークのヒーロー!!)(何してるの誠二? 馬鹿なことは辞めて逃げなさい!)(ヒューマンは皆殺しだ!)(豚野郎はハムになるのがお似合い)(ツケを払う前に死なれては困るのですが……)(俺はマーカスの勝ちに有り金全部賭けるで!! 斎藤さんすまん、香典は友人としてコーラ一本分は包むから許してや)
***
(ファストトークM)
ファストトークMが盛り上げるために声を張り上げる。
「後三分で生死を分ける戦いが始まります! 視聴者の皆様はどちらに賭けられたでしょうか? ベットは零カウント寸前まで可能! さぁさぁここで一発稼ぎましょう!! しかしどちらに賭けるべきか? 皆様の公正なベットのためにデュエリスト・オンラインに残されている戦績を紹介しましょう!!」
「銃聖 マーカス・マーク・グリムズビー!! 彼はデュエリスト・オンラインにて六連勝!! 六連勝中です!! 素晴らしい!! まさに銃聖!! 彼の魔弾は絶対に標的を外しません!!」
「対する銃豪 斎藤誠二は――一勝のみ!! しかもかなり昔の記録だ! この一戦、どのような一戦だったのでしょうか!! しかも今の彼は血まみれでぼろぼろだ! 決闘成立前に何があったのか!!」
(は?)(マーカス!!)(マーカスしか勝たん)(つまんね)(誰か斎藤に賭けろよオッズが死ぬぞ)
読み上げてからファストトークMは気付いた。
おいおい、あいつのデータ残っていないぞ?
どうしろってんだ?
こんなの全員がマーカスに賭けて賭けが成立しないだろうが……仕方がない――少しだけかますか。
「いや――まさか――!! あの男は――あの、伝説の一戦を生き延びた男か? そうなのか斎藤誠二―ッ!! 信じられません! 伝説となった決闘一戦で姿を消した彼が!! また戻ってきました! 確かに彼は決闘に戻ってきました!!」
(まじ?)(おい、誰か詳細知っているのか?)(知らん)(ふかしじゃね?)(いや、あれは伝説にのこる一戦だった。俺は視た)(はい知ったか乙)
***
(マーカス)
実況の煽りに、コメント欄がざわつく。
その間、僕は向かい合っている斎藤誠二が億劫そうに胸に付けた防具――ところどころ砕けたセラミックブレストプレート――を外して床に投げ棄てるのを見た。
あれのおかげか。何とか生き延びたのは。
アレを外したということはつまり――あいつの狙いはスピード勝負。速さで僕を凌ぐつもりなのだろう。
銃豪の基本戦術。
奴の指定賭け金は僕のもっている金……やはり金目当ての薄汚い殺し屋か……つまらない、余りにもつまらない男だ。
「君に美学は無いのかい?」
今度は僕が心理戦を仕掛ける番だ。決闘開始までの残り時間、精々揺さぶってやろう。
「徹底的に手札を伏せ、詐術に頼る。銃武の名が無くよ」
斎藤誠二の体が少し震えた。よし、効いている。
「そしてフードを被り、コンバットゴーグルを着用して顔の上半分も隠す。こそこそしているゴキブリそのものじゃないか」
斎藤誠二はホロリンクを操作すると通話を開始した。
何だ?
何をしているんだこいつ……僕の話を完全に無視……だと……?
「あー、もしもし。新西京八区港湾区廃倉庫街まで迎えのタクシーお願いします。番地を送信します。どれくらいで着きます? 五分くらい? あぁ、ちょうど終わる頃だ。じゃあそれで」
「いや、待ちたまえよ斎藤君」
僕の声は少し震えていた。
「君は既に――僕に勝ったつもりなのかい? 今まで手も足も出なかったのに?」
ファストトークMの実況が鳴り響く
「おおっとおーーーーっ!! 斎藤誠二!! まさかの! まさかの帰りのタクシー予約だーっ!! 私、長年デュエリスト・オンラインの実況をさせてもらっていますが、ここまで対戦相手を舐めたデュエリストを見たことがありません!! 斎藤誠二! こいつは異常だああああああああああっ!!」
「僕を、僕を視ろ斎藤誠二!!」
何なんだこいつは?
何もかもがおかしい。僕の想像をことごとく外してくる。
ここまで僕のことを馬鹿にしたやつは――こいつが始めてだ。
僕の中に今までの人生で一度も味わった事の無いレベルの、怒りと羞恥が沸き上がる。
斎藤誠二――殺した後、ばらばらにして鮫の餌にしてやる。
(マーカス完全に馬鹿にされてて草)(うける)(デュエリストオンラインでこんなに笑ったの初)(これは放送事故)(この煽りスキルは見習いたい)
「さぁ後十秒!! 果たして『デュエル』の舞台となる『円卓』から生きて還ることができるのはどちらなのか!! 入るのは二人! 出るのは一人!! 直前まで賭けは受け付けております!!」
(斎藤)(マーカス)(マーカス)(マーカス)(斎藤)
「現在マーカスが七、斎藤が三!!」
奴が死ぬまで十秒を切った。
雑音でしかない実況、カスどものコメント、怒り、羞恥、倉庫内の硝煙と血の臭い、あらゆるものが透き通り始める。
全神経を目の前の赤いコートを着た男に集中。
この『円卓』の中で、世界は僕と彼の二人だけになる。
残り十秒――魔術を使わないで早撃ち勝負をするか、それとも魔術を使うべきか。
残り九秒――僕の決闘全戦、魔術を使用して勝っている。使うべきだ。
残り八秒――そもそも銃豪相手に速さ勝負はややリスクが高い。
残り七秒――しかし、あいつはずっと手札を隠してきた。何か仕込んでいるのか?
残り六秒――だが、無能力者に魔術を理解できるのか?
残り五秒――僕の魔術は弾丸の方が本命。鉄製、亜音速、徹甲の特注。僕の弾は最初から曲げる前提で作ってある。
残り四秒――彼は速さ勝負のために防具を捨てたはずだ。それすらも罠か?
残り三秒――僕の魔術に気づいているなら、標的となる胸のペンダントをそのままにしている説明がつかない。
残り二秒――開始と同時にペンダントを引きちぎる? 無理だ、ペンダントを掴む、振る、手を開く。遅すぎる。
残り一秒――僕は抜く、撃つだけだ。奴は間に合わない。僕の魔弾の方が速い。
零―――――死ね。
カウント・ゼロ。
僕は左斜め後ろに大きくステップしながらデザートホークを引き抜く。
「マーカス! 大きく後ろに飛びながらのクイックドロウだーっ!! 斎藤はホルスターに手を伸ばしていないっ!! 動いていないのか!? 試合放棄かーっ!?」
斎藤はホルスターではなく、コートのポケットに手を伸ばす。『何か』を取り出す。
それが切り札か?
だが、もう遅い。
「魔弾――ザミエルの魔弾!!」
そのまま無照準で六連射。もしもの時の一発を残して撃ち切る。僕の勝ちだ。
同時に斎藤はポケットから取り出した『何か』を手首のスナップを効かせて頭上に放り投げる。
ばらばらに飛んでいた弾丸が斎藤を包み込むように軌道変更する。
逃げ場はない。
僕は地面に着地した。
後は彼が倒れ、その瞳から生命が失われていくのを眺める――いつものルーチンワークをこなすだけだ。
(斎藤終了)(誠二!?)(よっしゃ大儲け! 今夜は豪遊確定!)(は? クソゲーすぎるだろ)(はいマーカス勝ち)
斎藤の胸のペンダントと弾丸が惹かれ合い、奴の胸に弾丸が殺到する
――瞬間、弾丸が更に急激な軌道変更、彼の投げた何かに収束。
馬鹿な、僕の魔弾が外した――!?
弾丸が金属を穿つ音が円卓を満たし『何か』は砕け散る。
今は、奴を殺す事に集中しろ!
爆ぜる火花の下で。
斎藤誠二はまるで友人に手を振るような気軽さでホルスターから銃を抜き放とうとしていた。
まだだ、僕にはまだ弾丸が一発残っている。
業が破られたのであれば――直接弾丸を奴に叩き込むだけだ。
銃を持ち上げて斎藤誠二を照準。
ほぼ同時。
いや、僕の方が速――その瞬間、僕の全身に彼の放った弾丸が突き刺さった。
銃聖より銃豪の方が――コンマ一秒、速い。
僅かコンマ一秒
――だが、決闘においては永遠に等しい時間。
急速に、僕の中から何かが抜けていく。まだ、痛みはない。
倉庫の床に何か重い物がぶつかる……僕の耳はその音を拾う。
右手から、銀色に光るカスタムメイドのデザートホークが――僕の愛銃が――別れを告げる恋人のように、滑り落ちた音だった。
身体が、言うことを聞かない……後ろ向きに床へと倒れていく。
その瞬間に気がついた。
あいつの言葉――『ご自慢の魔弾とやらもたいしたことはないな?』
奴は――僕を――知って、いた?
地面に崩れ落ちた僕は、僕の魔弾を吸い寄せた金属片が雪のように宙を舞うのを、ただ茫然と見上げていた。




