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新西京アンダーズ――斎藤誠二の事件簿  作者: FUKAMIEIJI
第四部 意志を継ぐもの

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第二十九話 ホロスコープ

 車で南へと向かいながら俺は綾乃との通話を続ける。

「ではお待ちかねの各犯行予告に入ろう。正直、場所や被害者はわかりやすかった。君もそこはサービスしてくれたのだろう」

「まぁ、そこらへんを複雑にする必要はないもの。だって私の目的はヴォルコフを街から追い出す事。特定の誰かではないわ。ヴォルコフなら誰でも良いし、計画の後半は市民が何人か巻き添えになればそれで良かった。ただ、ペットショップのあの二人は……申し訳ないことをしたわね。でも、どのみち誰かの犠牲は必要だったから仕方ないのよ」

 綾乃の声が少し沈んだ……ように聞こえる。

「そうだな。あの二人が俺の目と鼻の先で死ななければ、俺もここまでこの事件に入れ込むことは無かっただろう」


 ***

(イワン)


 人類が居住する箱(ビル)。居る。奴らが。迷いはない。

 俺は扉を押し開けて中に入る。すると音を立てて鉄の壁(シャッター)光を取り込む穴()を塞ぐ。扉も同じく鉄の壁(シャッター)が降りてきて俺をこの空間に閉じ込める。

 空間内は幾つか巨大なコンテナの並ぶ……綾乃が教えてくれた倉庫、とやらだ。

 俺は半獣化を開始。一秒も経たずして人の姿を捨て、獣と人の境界線上へと――半端な存在へとなる。

 奴らがそこらじゅうのコンテナの影に隠れているのは分かっている。全部臭いが教えてくれる。隠しきれていない狩りの興奮(アドレナリン)の臭いが漂ってくる。

 倉庫上部で炸裂音がすると、胡椒と唐辛子の臭いが俺の嗅覚を襲う。

 俺の鼻と呼吸が機能しなくなる。 

 同時に銃声が倉庫内に爆発する。


 ***

(斎藤誠二)

「そう、犯行予告の本質は時刻と場所だ。それが分からない限り完全には止められない構造になっていた」

 俺は予告文とアルゴスの資料を読み上げる。


 第一のラッパ

 人と魚が海の箱の外を泳ぎ

 兄妹は黄泉の河を渡る


 日時:十一月十五日

 場所:新西京八区 港湾地区の廃倉庫裏

 被害者一:セルゲイ・カラプーゾフ(二十四歳 男性 ヒューマン 港湾労働者)

 被害者二:ダリア・カラプーゾフ(二十二歳 女性 ヒューマン 大学生)

 注:父姓は省略

 状況:両名とも死因は強烈な力による殴打による首の骨折。二人とも口に大量の新西京の記念硬貨が詰め込まれていた。死亡推定時刻午後22時。

 備考:犯行現場は別の場所だと思われる。ダリアはセルゲイの妹。


「人と魚が海の箱の外を泳ぐ。港湾地区だから魚、海、箱は倉庫。そういうふうにとるのが普通だ。二行目はヴェルコフメンバーの兄妹が殺されただけの話だ」

「そうね」

「だが、そうなると時刻がどこにもない」

「その通り」

 綾乃が心底嬉しそうに返事をする。

「人はヒューマンを表していることでほぼ間違いないだろう。つまり、魚、海、泳ぐがそれぞれ時刻と場所のメタファーだと俺は考えていた。しかし。第二のラッパはこうだ」


 第二のラッパ

 豚が金の牛を貪る

 その信仰を汚すために


 第二の事件

 日時:十一月二十五日

 場所:新西京二区 合成豚肉加工工場の巨大冷凍庫

 被害者:ボリス・イワノフ(三十八歳 男性 オーク 無職)

 注:父姓は省略

 状況:死因は首を刃物状のものでの切断。傷口はきれいに消毒、切開してあり微細物質見つからず。メスで改めて切り開いたと推測される

 死体は上半身裸。刃物で逆さマリアの刻印

 備考:殺害後、別の場所でマリアの刻印を彫り付けた後、冷凍庫まで輸送したと思われる。死亡推定時刻午前三時


「第一のラッパと同じく二行目は無視して良い。ただの殺害状況報告に過ぎない。恐らくは警察に悪戯ではなく、全てを知っている真犯人であることを告げる為のおまけでしかない」

「正解よ。二行目は私がマスコミに報道されていない事実を知っていることを示唆するだけのものだったの」

「豚はオーク。金、牛、貪る、がまたもや時刻と場所のメタファーとすると……加工工場が牛なのか? じゃあ金が時刻? 午前三時を意味するのが金? 貪るは? となる」

「ふふふ、そうね」


(誠二。彼女は八区。港湾区の海上に突き出したコテージに居ます)

 雪風の通信。もう引き延ばす必要は無い。一気に詰めていく。


「そして第三のラッパだ」


 第三のラッパ

 岩も小人も乙女も地に伏せる

 入れ子人形になるために


 第三の事件

 日時:十二月一日

 場所:新西京三区大黒天通り裏路地のゴミ捨て場

 被害者一:ニコライ・ポポフ(二十九歳 男性 トロール クラブ『スネグーラチカ』の用心棒)

 注:父姓は省略

 被害者二:エカテリーナ・ドミトリエフ(三十一歳 女性 ドワーフ レイン興産の従業員)

 注:父姓は省略

 被害者三:佐藤一郎(四十五歳 男性 人間 山下産業の社員)

 状況:ニコライ、エカテリーナともに三日ほど前から連絡が取れなくなっていた。

 自宅で拉致されたものと推測される。

 両名とも自宅に強力な麻酔薬の痕跡あり。

 睡眠時に侵入され、麻酔で拘束後、連れ去ったと思われる。

 不審な黒いバンを見かけたとの情報有り。

 ナンバーを照会したところ盗難車。

 死因は二名は鋭利な刃物状のものによる首の頸動脈の切断。第二の事件と同じ処置がされている。徹底した証拠隠滅。ニコライは内臓が取り去られており、その中にエカテリーナが詰め込まれていた。

 両名の死亡推定時刻:午前十一時

 佐藤一郎のみがゴミ捨て場で殺害されたものと思われる。

 こちらの死因は強烈な力による殴打による首の骨折。


「今回も明確に岩はトロール、小人はドワーフを意味している。乙女、地、伏せる。これが問題だった。佐藤一郎に関しては、恐らく死体遺棄する際に目撃してしまった不運な目撃者に過ぎない」

 

 シーリーのおかげだ。二区……新西京の北側に人が集まっているからか道路は空いている。人気の無い道路を俺の車は疾走した。綾乃の元へ。


「正解よ」

「もちろん、一般市民にある程度の被害が出ることで世論を動かしたい君にとっては些細な――」

 ハンドルを握る手に力がこもる。

「――被害だったのだろうが」

「そんなことはないわ。私としても可能な限り被害者は選びたいもの。クラブにきて騒ぐだけが能の享楽的な人たち、とかね」

「そしてまた残るのが乙女、地、伏せる。だ。乙女? エカテリーナか? 地? ゴミ捨て場か? だが、第一から第三のラッパまでのこれら全ては罠だった」


 ***

(セルゲイ)


 俺の目の前でイワンが人狼に変身する。

 俄かには信じられん――シェイプシフターが半獣形態だと?

 しかし、奴らの弱点は嗅覚だ。既に閉鎖されたこの倉庫内に逃げ場はない。胡椒と唐辛子で行動不能にした後、嬲り殺しにしてやる。倉庫内に銃声が連続する。

 待て、そこまで撃ったらすぐに死んでしまうだろうが。奴には落とし前をつけさせる必要がある。


 撃ち方止め! と通信機越しに指示を出すよりも前に、悲鳴が通信機から聞こえてきた。


「ボス……! あいつ、ガスマスクで……防いでいます」

「あいつ銃を使っ――」

 銃声。部下の通信が途絶える。

 馬鹿な。()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()だと?


 ***

(斎藤誠二)


「おっと、時間と場所について語る前に、イワンについて語っておこう」

「どうぞ。探偵役はあなたよ。好きな順番で語りなさい」

「俺の目の前で起きたペットショップの事件。イワンは人間形態で客として侵入し、半獣形態でヴェルコフの奴らを殲滅、その後密売されていた動物たちを逃がした後、自らは獣形態になって脱出した。これが消えた犯人の答えだ」

「でも、ワーウルフやライカンスロープは半獣形態のみ。シェイプシフターはは獣形態しかとれないのではなくて?」

「そうだ。だが、君は、イワンをワーウルフに感染させた」

 沈黙。

「監視カメラに敢えてワーウルフ形態を目撃させることで警察の目をそちらに向けさせるのが本当の目的だ。もちろんイワンの戦闘力の底上げも目的だったのだろうが。これが消失トリックの謎の答えだ」

「正解よ。良く分かったわね」

「いや、何となく仮説としてはあった。君も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろ? だからこそ、俺にイワンを監視させている目の前で、バイオテロを他所で起こさせた。あの時、俺は完全に推理をミスったかと思って完敗の気分だったよ」

「あら、私を守ろうとしてくれたあなたの背中、素敵だったわよ。それに私を抱きしめてくれたし……人生最高の夜だったわ」

「俺にはある意味人生最低の夜だったけどな」

「私を抱きしめられたんだから良いじゃないの」

 自分で全部仕込んでおいてよく言うぜ。

「予告状を解くための鍵。それはあの予告状の時間は二十四時間対応じゃなかったことだ。例えば昔の日本だと子の刻は午後十一時から午前一時。と二時間刻みだった」


 ***

(イワン)


 人間の機械が提供してくれる、奴らの牙《弾丸》から逃れるための道筋を高速で駆け抜ける。

 嗅覚は封じられたが、知ったことか。殺意が俺を突き動かす。

 コンテナとコンテナの間の通路から二人組の獲物《人間》の一人が火を噴く枝(拳銃)を向けてきた。


「銀の散弾を食らえよ化け物が!」


 もう一人の男が細かい鉄の球をばら撒く筒(ショットガン)を向けてくる。

 回避不能――人類なら。

 俺は三メートルの高さに跳躍しながら、左側のコンテナの側面に足をつけ、そこから右側のコンテナの側面に跳び、前列の男を飛び越え、後列に居た拳銃を持った男にとびかかる。

 男の慌てて発射した散弾のうち数発が俺の脇腹に命中し、鈍い衝撃を感じるが――俺の着たぶ厚い毛皮(防弾ジャケット)を貫けない。内出血が即座に再生される。

 右手の一振りで首を折り、手に持っていた火を噴く枝(拳銃)を奪い、細かい鉄の球をばら撒く筒(ショットガン)をもった男に死をもたらす礫(銃弾)を何発も叩き込んだ。


 ***

(斎藤誠二)


「だが、もちろん、乙女やら地は干支には存在しない。じゃあ何だ? ヒントは既にあった。予告状の大本。ロムルスやレムス。西洋がモチーフだ。西洋で十二支に対応している十二といえば黄道十二宮だろう。……つまり、予告状そのものが一つの巨大なホロスコープだったんだ」

 車は八区に入った。ガラガラの道路を俺の車は走り抜ける。

「つまり、第一のラッパの魚ってのは港湾地区ではない。魚座から目を逸らすミスリードだ。それが示唆していたのは魚座の22時から24時だ。牛は加工工場ではない。牡牛座から目を逸らすミスリードだ。本当の意味は牡牛座の2時から4時だ。これに当てはめればすべての死亡推定時刻と犯行時刻が一致する。」

「……」

 綾乃は無言だが、その息遣いは荒かった。 

「対応表はこうなる」

 俺はホロリンクを操作して彼女にファイルを送りつけてやる。


 牡羊座が0時から2時。

 牡牛座が2時から4時。

 双子座が4時から6時

 蟹座が6時から8時

 獅子座が8時から10時

 乙女座が10時から12時

 天秤座が12時から14時

 蠍座が14時から16時

 射手座が16時から18時

 山羊座が18時から20時

 水瓶座が20時から22時

 魚座が22時から24時

 

 ファイルを確認したのだろう。綾乃が再び話し始める。

「……さすがね。いえ、訂正しましょう。想像以上だったわ。なら、地や金は?」

 その声は謎を解かれることによる悔しさなど何もなく、ただただ、喜びのみを伝えてきていた。

「黄道十二宮が星座なら、残った謎も天体でまとめるのが君の美学だろう。そう考えれば簡単なことだ。新西京は中央区、一区、二区、と八区までが都心とされている」

 八区の突き当たり。潮騒の中に佇むコテージが見えてくる。俺は荒々しくハンドルを切り、ファイルを送信。


 中央区:太陽 一区:水 二区:金 三区:地 四区:火 五区:木 六区:土 七区:天 八区:海


「これが答えだ。もちろん水星の()まで付けたら謎じゃなくなるからそこを省略したのは当然のことだが……よくもまぁこんな面倒くさい予告状を考え付いたもんだ。そうなると第六のラッパはこうなる。祝祭は天秤が傾き陽が落ち、偽りの獲物が生贄となる。陽は太陽、つまり中央区。天秤は天秤座で十二時から十四時の間を表している」

「……完璧だわ。誠二――あなた、あなたこそが、私の、私のずっと探していたホームズだったのね」

 綾乃の感極まった声を聴きながらも、俺は冷徹な指摘をした。

「いや、君はずるをしているはずだ。そして俺はホームズじゃない」


 俺の運転するインプレッサは綾乃のいるはずのコテージの前に、ついに辿り着いた。真の戦いはここからだ。今までのはお遊びにすぎん。俺は急ブレーキとともに車を止め、ドアを蹴開け車から飛び降りた。潮風が俺のコートを激しく翻らせる。赤いスポーツカーが一台走ってきて遠くの砂浜に停車した。クリスマスに恋人と海にでもデートに来たカップルか何かだろう。やれやれ、羨ましい話だ。待てよ? これからの綾乃との対決もある意味デー……こんな血生臭いデートはごめんだな。

 岸壁から細い桟橋が一本だけ伸びていて、その先に浮かぶように建てられた強化ガラスと黒いコンクリートの箱。折角海上にあるのだから恐らく海に面したバルコニーかテラスが向こう側にはあるのだろう。

 今は冬の曇天の下で、荒い波が土台の支柱を叩いている。世界の果てに辿り着いたかのような孤独感が俺を襲う。彼女と決着をつけるのにふさわしい場所だ。

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